例えていうのなら
あの人はそんな存在

其れには形というものがなくて
だから捕まえることが出来ない

其れには色彩というものがなくて
だから染まることがない

俺だけを捕まえて
俺だけを染めて
流れていってしまう

あの人は穢れなき水のような人‥














その日は珍しく前の日に雪が積もっていて、気温も低くて。
寒いのが苦手な俺にとっては最悪な日だった。
「センパ〜イvvv せっかくの日曜日ですし、俺とデートしましょ〜vvv」
男らしくもなくVマークをいっぱい飛ばしながら
抱きついてきたのはサッカー部の後輩の藤代 誠二。
「嫌だね。誰がこの寒い中出かけるかっての。行きたいんなら一人で行け」
「そんなこと言わずに〜せっかく雪積もったんだし〜」
だから行かねぇんだよ!
「嫌だって言ってんだろ!笠井とでも行け!」
しっしっと犬を追い払うようにして。俺は藤代に背を向けた。
「センパ〜イ。そんなつれないこと言わないで〜
 買い物付き合ってくださいよ〜。ね?」
「あぁ〜うっとうしい!語尾をのばすんじゃねぇ!」
とかいざこざを繰り返したが、
結局俺が折れて買い物に付き合うことになった。
もちろんそれ相応の見返りを要求する気だからだが。





寮を出た当初から曇り空だったが、
買い物を済ませた頃には遂にパラパラと雪が降り出した。
「おい。降り出したから早く帰ろうぜ」
と声をかけて足早に寮を目指す。
さて。見返りになにを要求してやろうか。
昼飯を奢ってもらうというのもいい。一週間パシリというのも面白い。
笑いを堪えながら色々と考えていると、
不意に後ろから藤代の足音が聞こえなくなったのに気付いた。
振り返ると、藤代は後方で立ち止まって、じっと俺を見ている。
「?おい、なにしてんだよ?」
「‥‥‥‥‥」
でも藤代はなにも応えない。
「おい!藤代!」
相変わらず黙ったままな藤代を訝しみながらも仕方なく藤代のところまで戻る。
「藤代?」
どうかしたのか?
少し心配して手を伸ばしたら腕の中に引き込まれた。
そしてそのままキツク抱き締められる。
「っ!?‥くるしっ‥」
苦しくて藤代の肩を何回か叩く。
抱きしめる力は緩まったが、解放される気配がない。
俺は暫く抵抗していたけど、どうやら無駄みたいなのでやめた。
空いてしまった手を藤代の背にまわす。
誰もいない真っ白な世界。
聞こえるのは互いの鼓動と雪の降る音だけ。
たまにはこういうのもいいかもしれないな。
しばらく経ってゆっくりと藤代が離れる。
「ふ‥‥」
名前を呼ぼうとしたら唇が重なった。
ただ触れるだけのキス。いつもと同じキス。
重なった唇は冷たくて温かくて。
いつもと変わらないキスなのに何故か背筋に悪寒が走った。
いつも唐突だったけど明らかに違う何か。
それがなんなのかわからなくて。
「藤代?」
胸に沸き上がる靄に負けたくなくて藤代の名前を呼んだ。
「‥先輩。もう終わりにしましょ」
「いきなり‥なんのことだよ?」
頭では何となくわかっているのに敢えて聞く。
「ただの先輩と後輩に戻ろうって言ってるんすよ」
「飽きた?」
揶揄って聞き返したが藤代の瞳は、とても澄んでいて。
あぁ、真剣なのか。と思った。
「‥別にいいぜ。俺もそろそろ飽きてきてたし」
俺はいつも通りに笑って続けた。
「お遊戯はこの辺でお開きにするか」
何も言わない藤代に背を向けて。俺は独り、寮に向かって歩き出した。



もう聞こえるのは雪の降る音だけだった‥







俺たち二人の変化は身近な人間には一目瞭然だったようだ。
まぁ、当たり前かもしれない。
あの日から俺たちは一切話さなくなったどころか、瞳も合わせなくなったから。
「誠二、三上先輩と何かあった?」
「なんにもないよ。竹巳の気のせいじゃない?」
「三上、藤代と喧嘩でもしたのか?」
「別に。なんにもねぇよ」
なんでもない。
これは俺が俺自身に言い聞かせているように聞こえた。
なんでもない。
だってあれはただの遊戯だったんだから。
藤代にとっても、俺にとっても。
俺は軽く頭を振り、試合に集中した。
これ以上、馬鹿なことは考えたくなくて。













見上げた空はあの時の藤代の瞳のように澄み切っていた。




























あとがき

『どっちが好き?』の続きになるはずだった部分の修整話です。
いや〜本当に長いですよ。書いている私にとっては。
複雑な話になる‥予定です。
できるだけ簡潔に済ませたいのですが‥。
どーいうものでしょう。‥‥努力しよう!
実は序章にあたるこの部分が一番最後まで考えてたものだったり‥

2002/01/21



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