なにも言わないよ
なにも聞かないよ

ただ傍にいるよ














「うそ‥」
克朗から三上だけが残らなかったと聞いてショックを受けた。
「えっ‥どうして‥」
そんなの聞いたって克朗たちが答えられるわけがない。
そうわかっていても聞かずにはいられなかった。
私は3年になって引っ越してきたから、三上とそんなに長い付き合いでもないし、
三上の彼女でもないのだけれど、それでも三上がどれだけ努力しているかは知っているから。
信じられなかった。いや、信じたくなかった。納得がいかなかった。
どうして三上が落とされるの?
‥」
悔しいのかわからない。悲しいのかわからない。
行き場のない感情を潰すように拳を握りしめた。
、三上は…」
「屋上だね」
克朗の言葉を遮って言った。
三上はそこにいる。
何故かわからないけどそう思った。そして、それは確信に近かった。
「私、行ってくる」
踵を返して屋上を目指す。その時は、ただ励ましてあげたいと思った。
ただ慰めてあげたいと思った。三上に諦めて欲しくないと思った。



屋上のドアのノブに手をかけて私は止まった。
来たのはいいけれどなんて言ったらいいかわからない。
どうやって励ませばいい?なんて言えばこの気持ちは伝わるの?
散々迷って。でも、ここに留まっているわけにもいかないから。
複雑な気持ちを抱いたまま屋上の扉を開けた。
見えたのはいつもよりずっと小さな背中。
三上‥
片足を抱えて座っている三上が初めて年相応に見えて。
いつも強さが儚く消えてしまったかのように思えて。
私の知っている『三上 亮』が消えてしまいそうな気がして。
恐くて。恐くて。
さっきまで励まそうとか慰めようとか思っていた考えが私の中から消えた。
違うと思った。言葉はいらないと思った。
私はなにも言わずに三上の隣に座った。
三上もなにも言わない。





、お前何しに来たんだよ」
なにも言わない私を変に思ったのか。三上が口を開いた。
私は相変わらず無言のまま三上を見た。
「俺を笑いにきたのか?それとも慰めにでもきてくれたワケ?」
いつもどおりに『三上 亮』を振る舞おうとしているのがわかる。
いつも一緒に居たから逆に辛かった。
やっぱり貴方は泣かないんだね。
辛いんだと悔しいんだと言わないんだね。
それが貴方の強さなんだね。
でもそれは、始めからわかっていたことだから。
だから、私はなにも聞かないよ。
私はゆっくりと口を開いた。
「‥‥‥三上に一言言おうと思ってきたけど」
ついさっきまで思っていたんだけど。
「私には三上の辛さや悔しさはわからないから」
わかってあげたいけど、全部はわかってあげられないから。
なにを思っても、なにを言ってもそれは擬似的でしかないから。
「だから、なにも言わない」
頑張れなんてぜったい言わない。
三上がどれだけ頑張っているか知ってるから。
どんなに辛くてもぜったい慰めたりしない。
「三上は弱くないから」
私なんかよりずっと強いから。
その『三上 亮』が私は好きだから。
「わかってんだったらあっち行ってろよ!」
怒ったようにそう言って、三上は向こうを向いてしまった。
うん。それは知ってる。だけどね。
「でも私なら誰かに傍にいて欲しいと思うから」
三上は驚いたように振り返った。
三上の瞳を真っ直ぐ見つめて、私は言葉を続ける。
「誰かの胸を借りたいと思うから」
私ならそう思うから。それはきっと誰でも同じだと思うから。
どんなに強い人間でもそれは同じだと思うから。
「だから、私は三上の傍にいる」
私じゃ役不足かもしれないけど、私に出来ることはこれくらいしかないから。
なにより私が三上の傍にいたいから。
「だから、私は三上の傍にいるよ」
私はもう一度同じ言葉を繰り返した。

なにも言わない。
なにも聞かない。
ただ三上の傍にいる。

それが今の私にできるたった一つのことだから。
「‥‥悪ぃ。ちょっと借りる‥」
「うん」
そのまま三上に抱きしめられた。
凄く強く抱きしめられて苦しかったけど、それ以上に心が苦しかった。
苦しくて苦しくて。自然と涙が頬を伝った。
縋るように三上に抱きついた。
時折漏れてくる嗚咽も聞こえないふりをした。







もう抱き合っているのか

しがみ付きあっているのかわからなかった

お互いにお互いを支えあって此処に居るかのようだった

この腕を離したらきっと消えてしまうと思った

私も三上も消えてしまうと‥







「‥‥そろそろ戻ろうぜ」
不意に三上が離れて立ち上がった。そして扉に向かって歩いていく。
その姿がどちらのものかわからなくて。いや、もうどちらのものでもよかった。
ただ一つ聞いておきたかった。
「三上‥」
零れた涙を拭いながら立ち上がって、三上の後ろ姿に声をかける。
「‥‥なんだよ」
三上はその場で立ち止まって、背を向けたまま聞き返してきた。
「諦めないでしょ?」
なにを‥と主語は出さずに。それだけは確認しておきたくて小さく問う。
三上にしか聞こえないくらい小さく。
答えを聞くのが恐かったのかもしれない。
「諦めない‥よね?」
なにも言わない三上にもう一度問う。
少しの沈黙がすごく長く感じた。
「‥当ったり前だろ。なに言ってんだよ」
三上はなんでもないって感じで。
答えた三上の背中はいつもの三上で。
「諦めねぇよ」
その言葉に自然と笑みがこぼれた。
そのたった一言が心から嬉しかった。
「三上!」
私は走り出し、三上の腕に自分の腕を絡めた。
「なに嬉しそうにしてんだよ」
「ん、やっぱり三上は三上だな、って思ってさ♪」
やっぱり強いな、って。
「なに当たり前のこと言ってんだ。変な奴」










辛いことがあったなら
哀しいことがあったなら

泣いてもいいよ
泣いてもいいんだよ

だってその涙は弱さの証じゃないんだから
だから嘘をつかないで私には涙を見せて

たとえ立ち止まることがあったとしても
自分の足でもう一度歩き出すことができる

その強さを貴方は持っているんだから

















なんかいい話っぽくなったと思いません?私はこういう感じが好きですね。
この当時はヒロインも三上先輩も意識してないです。恋愛っぽくなってしまってますが‥。
三上先輩も同じでただのお友達というか親友のほうが近いかな。
二人が意識しあうのはもうちょっと先。この話がきっかけですけどね。
シリアスって本当に難しいです‥

2002/02/10



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