空いた掌はどこを見るの? 言葉の代わりに交わされるものは? 「おい」 頭の上でなにかが聞こえた。 たしかに聞き覚えがあるような声だった気もするが。 「気のせいよね」 さーて寝ようと腕を組み直して、ふたたび眠りにつこうとしたら、とつぜん目の前が真っ暗になった。 強い圧迫感が顔全体を襲う。誰かがを頭の上から押さえ付けているのだ。 もっとも、誰かなどと言わなくてもにこんなことをする奴は一人しかいないのだが。 ちょっと、鼻が潰れる!コイツ〜(怒) 安眠を妨害した相手に恨みを込めてその押さえ付けている手を思いきりつねった。 「いってぇ〜」 「ぶはっ!」 そこにあった顔はの予想通りだった。 三上 亮。 のクラスメート=悪友である。 「痛ぇな。なにすんだよ」 「それはこっちのセリフ。アンタこそいきなりなにすんのよ!」 「おいってさっきから呼んでるだろうが。返事ぐらいしろよ」 「あのね、私には「おい」じゃなくて っていう名前があるんだけど」 言った途端、の頭に衝撃が走った。同時にバシっという大きな音も。 声もなく叩かれた頭を押さえては三上を見上げた。 「ちょっと叩かないでよ。バカになったらどうしてくれんの!」 「もともとバカなんだから気にする必要はねぇだろ。悔しかったら次のテストで俺に勝ってみれば?」 無理だろうけどなと余裕たっぷりで笑う三上をは悔しそうに睨むだけ。 実際、一度も勝ったことがないからなにか言い返せるわけがない。 授業も真面目に聞いていないみたいなのにいったいどうしてなのか。 たまに聞いてみたい衝動にかられるが、頭のつくりが違うんだよと返されるのが目に見えているので今日も聞かない。 「それで、いったい私になんの用よ?」 「次ってたしか保健だろ?つまんねぇし眠いから、俺、休んでくるわ」 「?だからなに?」 「終わったら起こしに来いって言ってんだよ」 「は?なんで私が?私はアンタの目覚まし時計じゃないのよ」 「渋沢がいねぇんだよ。じゃ、頼むぜ」 「ちょ、ちょっと!」 三上は一方的に告げると逃げるように(実際逃げているのだが)教室から出ていってしまった。 「ホント、自分勝手な奴」 が呟いて机に伏せると、三上と入れ代わるかのように渋沢が教室に戻ってきた。 「渋沢、どこにいってたの?」 「今日は日直だから社研へ片づけにいってたんだが。なにか用だったのか?」 ずいぶん機嫌悪そうだが、と渋沢が聞くとはため息をついた。 「あのバカ三上のせいよ。三上ね、次サボりだって。迎えに来いってさ」 の言葉を聞いて渋沢はまたかと呟いた。 授業はサボるなとそれはもう耳にタコができるくらい言っているのに相変わらずだ。 三上の気持ちもわかるが妥協しなければならないと思う。 好きな教科ならともかく、ふつう授業がおもしろいわけがないのだから。 「渋沢、アイツってけっこう休んでるよね?サボりすぎにならないのかしら?」 「その辺はちゃんと計算してるらしい」 「なら余計にタチ悪いじゃん」 は眉間に皺を寄せ、ため息混じりに呆れた。 あの三上がなにも考えず休むわけないからまさかとは思っていたが当たっていたとは。 「なまじ頭がいいほうが厄介よね」 でも三上がなんでも「はいはい」って言うこと聞いたらそれはそれで怖いかも。 ありえない想像に少し恐怖を感じて、はまたため息をついた。 授業が終わった後、渋沢がの席に来た。 「、すまないが三上を起こしにいってくれないか?たぶん屋上か保健室のどちらかにいると思うから」 はっきりいって嫌だったが、忙しそうな渋沢に頼まれては断れない。 しかたなく片手を上げて答えると、は教室を出た。 先にどちらに行こうか考えて選んだのは屋上。扉を開けると眩しさで少し目がくらんだ。 吹き抜けていくあたたかい風。普段あまり見上げることのない空は透き通るような青で近くに感じる。 たまにここに来るといいもんよね。 ちょっといい気分になっては周りを見渡した。入り口の上のところにちょっとだけ見慣れた上履きが見えた。 風があるし、スカートだったから抵抗がなかったわけじゃない。 でも誰もいないし、呼んでくるように頼まれちゃったし。 しかたない。 さっさと階段を上がって認めた姿に、は思わず呟いた。 「なんか腹立たしく感じるくらい気持ち良さそうに寝てる」 ムカつくから引っ張ってやろうと手を伸ばしたら掴まれた。 驚いてみてみれば、寝ていると思っていたサボり魔の瞳はバッチリ開いていて。 「‥なにしようとしてんだ、テメェ」 「び、び、びっくりした。起きてるなら起きてるって言ってよ」 「気持ち良く寝てる人間にイタズラしようとしておいてなに言ってやがる」 不機嫌を露にして三上が言い返す。 少し悪いかったかなと思い、ごめんごめんとが謝ると、ふんっと鼻をならして三上が体を起こした。 「でも、しかたないじゃない。人が真面目に授業受けてたっていうのに、気持ち良さそうに寝ていられたらイタズラぐらいしたくなるわよ」 「だったらお前もサボれば良かったじゃねぇか」 「私は三上と違ってマジメだからそんなことしないのよ」 どーだかと呟いた言葉はしっかりの耳に届いていて。 にっこり笑顔で三上の頭を叩いてはパンパンと手を払った。 「さてと、早く戻らないと授業始まっちゃう」 立ち上がろうとしたの腕を三上は引き留めた。 「なに?」 「サボらねぇ?次の授業」 「は?なんで?」 「俺がサボりたいから」 「2時限連続はヤバいんじゃないの?しかも次、担任」 「平気。だからここにいろ」 簡単簡潔。自分勝手な命令口調。 どこまでも偉そうな態度に怒りを通り越してため息が出る。 「アンタわが侭‥ってなにやってんのよ?」 「抱きしめてる。わからねぇ?」 「それはわかるけど、私は理由を聞きたいの」 「そんなもん、なんとなくだよ」 そっけない口調に変だと漠然と思った。 当たり前みたいに、さっきだって教室で騒ぎ合っていたし。今までにこんなことは一度だってなかった。 いつもの三上らしくない。 おかしいよ。どうしちゃったわけ? 口に出さずに問いかけて、でもそれを言えば、黙って抱きしめられてる今の自分も十分変なのだと気づく。 いつもなら「なにすんのよ」とか叫んで、肘鉄でもパンチでも食らわして、さっさと屋上から出ていくはずだから。 なぜ振り払わないのかと自身に問いかければ答えは一つしかなく。 …あぁ、そっか。 自覚してなかったのに、誰かさんのせいで気づかされてしまった。 私は、三上を―‥ 「戻りてぇか?」 抱きしめられたままでには三上の顔が見えない。 問われた言葉の中には別の意味も含まれてるのには気づいてる。 ここでそれに気づかないふりをするのは簡単なことだけど。 でも、気持ちを自覚してしまった後に誤魔化す必要はないし無駄だ。 素直になんて言えない。きっと優しくなんてできない。 それでもいい? なんて、聞けるわけがないから。 「…ううん」 少しかすれた声で。少し染まった頬で。 少しの言葉に込める今気づいた自分の気持ちを。 それが精一杯。 でも、きっと彼ならわかってくれるから 望んだ答えに、頭の良い天邪鬼は満足そうに微笑んだ。 空いた掌は陽の光を見ず その広い背中にまわされる 告げない言葉 代わりに交される心 青空の下 二人だけのSECRET TIME‥ かなり無理やりに終わらせました。このままじゃマジでドリじゃなくなりそうで‥(汗) 今川サマ、ホントにスミマセン!お待たせした上にこんなので‥ 2002/09/30 |