震えていた。泣いていた。
守ってやりたいとあんなにも思っていたのに。
無理やり強請った「好き」の言葉は、もう形もなくて
殴りつけた拳からは真っ赤な血が流れていた。
それでも、狂気は変わらない。
ただずっと、そこにある。
顔と体を綺麗にして、痛みの残る重い体を引きずりつつなんとか着替えた。
けれど、鏡に映る自分の姿を確認して、今の自分が外に出られない状態だと気づいた。
強く握りしめられた手首は指の跡がわかるほどくっきりとアザになっている。こちらは普段は使わない籠手を出してきて付ければなんとかなりそうだけど。
でも・・・
泣きすぎて腫れてしまった瞼。吸われすぎて腫れぼったい唇。そして、身体中に散りばめられた刻印。
首や胸だけじゃなく、足や耳の横までに及んでいて、手持ちの衣服で隠せるものじゃなかった。
特に左の首すじあたりに付けられたものは噛みつかれた上に何度も重ねられたから血が滲んでいる。
触れなくても痛みが走って、涙があふれてきた。
痛いほどに、深い。
興覇の叫びのようだった。
軋む手首を握りしめて、その想いの深さに涙が流れる。
コンコン。
「はい・・・ッた」
誰かに扉が叩かれて、慌てて涙をぬぐったら手首が痛くて悲鳴が出てしまった。
それに、とっさに出した返事は掠れていて、違和感しか感じない。
「・・・?もう朝礼の時間だぞ」
窓の外の明るさを確認してハッとする。呂蒙様の声だ。
どうしよう。
着替えたけど、この格好ではいけないし、仮に広間まで行けたとしても最後まで立っていられる自信もない。
「?」
「あの・・・体調が、悪くて。起きられないのです」
「・・・・・・?どうした?」
いつもと同じようにと意識して答えたのに、いつもと様子が違うと確信されたようだった。
泣きすぎて掠れてしまった声だけは誤魔化しようがなかった。
それでも、今のアタシにできることは偽ることだけだ。
「風邪を、引き込んだようなんです。申し訳ありません。今日は、お休みさせてくださいと、仲謀様にお伝えください」
「・・・」
言いながらアタシは祈っていた。
呂蒙様、お願いです。このまま、戻ってください。何も聞かずにこのまま行ってください。
でも、アタシの願いは届かなくて呂蒙様が扉の前から立ち去る気配はなかった。
「・・・入るぞ」
「駄目ですっ・・・!」
制止の声とともにガチャリと音がして扉が開いたのがわかった。
足音がこちらに近づいてきて、床に座り込んでいるアタシの姿を認めた呂蒙様は、駆け寄ってきてくださった。
「呂蒙様」
「これは・・・いったいなにがあった?」
なにが?なにが。
・・・
興覇の声を思い出す。
興覇っ・・・。
興覇のあの瞳を思い出して体が震えだした。
思い出す。
「あ・・・」
怖い。怖い。
押さえつけられ、無理矢理体を支配される恐怖。
「?」
呂蒙様がアタシを見ている。
心配されているとわかった。でも、話せない。話せない・・・!
「まさか、・・・甘寧か?」
「いえ、なにも、ありませんから」
「馬鹿を言うな!」
ぐいっと手を持ち上げられ、痛みが走った。
「いたっ・・・」
「あ、す、すまん」
呂蒙様に手を離されたけど、体が震えて止まらない。
誰かに触れられることに自分が怯えていると自覚した。
呂蒙様は言葉を失っているようだった。
心配してくださっているとわかって、笑うことも出来ない。
「大丈夫、です。大丈夫ですから」
「これのどこが大丈夫なのだっ・・・!」
その通りだと思う。なんて意味のない言葉だろう。でもその言葉以外に伝えられなかった。
泣いては駄目だ。呂蒙様に余計に心配をかけてしまう。
泣くのは我慢しなきゃ。今、この時だけでも。
「甘寧に聞く」
「待ってください!」
走りぬけた痛みで立ち上がることはできなくて、床に倒れ込んでしまった。
震える腕で呂蒙様の足にしがみついた。
「興覇は、悪く、ありません。ですから、興覇には何も聞かないでください」
気づかなかったのはアタシなんだ。
違う。わかってなかったのはアタシなんだ。
興覇は想いも行動も示してくれていた。
わかった気になっていたのはアタシだ。
「お願いします」
いまはただ、時間がほしかった。
この続きを書くなら別れしかない気がする。こりゃ絶対難産になるなと書く前から感じてました。
2019/10/16
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