どういうつもりだ?
その問いにお前ならこう答えるだろうな。
暗闇に包まれた城内。
与えられた自室で月を見上げていた俺の耳に届いたのは、本当に小さな小さな扉をたたく音。
俺は決して寝起きがいい方じゃねぇし、いつもだったらこんな音で起きることなんてまずあり得ない。
気のせいだと片づけられてしまいそうなその小さな音に反応できたのは、一人で静かに飲んでいたからに他ならない。
誰かと問いかけることもせず、立ち上がって声もかからない扉を開けると、暗闇の中、一人の女が立っていた。
。
同じ呉に仕える武将だ。歳は俺と同じくらい。
酒を飲みに行くくらい仲はいいが、こんな時間に逢う約束をするような関係じゃねぇ。
「・・・・入れよ」
用件も聞かず、中へと促して扉に鍵を落とす。
室内の明かりに照らされたは今にも泣きそうな顔をしていて、なにかあったんだって聞かなくたってわかる。
静かに佇んだままのに声をかけず、後ろについて来いと背中で伝えて部屋の奥へと進む。
でも、小さな足音がついてくることはなくて、ふりかえるとは入り口近くで小さくなっていた。
「ごめん、・・・来てよかった?」
来てから言うくらいなら、始めから来んじゃねぇよ。
そんなこと思っても、もちろん言わない。
言えば、こいつは二度と俺のところには来ないだろうから。
そうしたらこの上ない後悔と苦痛を伴うってわかってるから、だから言えねぇ。
「駄目だったら入れねぇよ。朝だろうが夜中だろうがいつでも来ていいって言っただろ」
前に聞いたことがある。
俺のところに来ているように、他の奴のところにも行ってるのか、と。その問いに対して、行ったことないという答えが返ってきた。
俺だけだって。
望んでいたその答えがもらえたから、それ以上は聞かねぇ。
これが俺の精いっぱいだから。
他の奴んところにいかねぇように、気軽さと都合のよさだけを与えてる。
息も出来ないくらい苦しいときがあっても、それを顔や態度に出すことはしねぇ。
いつでも会いたい。
それは本心。強がりじゃない。
どれだけ心中で毒づいたって、俺はお前が来るのを待ってんだ。
いつ、来るかどうかもわからないお前を。
「まだ、仕事してたの?」
「別に平気だ。もう終わってるからよ」
お前がいつ来てもいいように、ここにいる時間を意図して長くしているってことも。
もちろん、伝えてやらねぇし気付かせる気もない。
それに、たとえ明日の朝までの仕事があったって、が優先なんだって。
まぁこれも伝える気はねぇけど。
「帰るとこだった?」
「いいや」
「だってあの、・・・彼女さんは?」
入り口から数歩入ったところでいまだ止まったままの。
まぁ、夜だし、こんな時間にたずねてくることは褒められることじゃねぇだろう。
「今日会わなくていいの?」
「・・・」
わかってて聞いてきたのはお前が同じ立場だからだろうな。
苦しくて、ここに来ちまったんだろうに。
「あぁ」
ここに仕事以外で入れる奴の名前は多くない。
女は誰も入れねぇし。
俺はここにいることが多いから夜を共に過ごすこともねぇ。
会わなくていいか?
当たり前だ。
俺の女はお前じゃねぇ。でも、俺の最優先はお前だから。
「バーカ、気にすんな。それよりなにがあった?」
俺の言葉を引き金に、ぶわーと涙があふれるさまを、俺は痛みを抱えて見つめていた。
夜もだいぶ深くなって、もう残ってるのは見回りの奴らしかいねぇだろって時間。
見上げる月は随分高い位置まで上がっていて、夜も更けてきたってわかる。
何度目かわからない杯を傾けて、声を上げた。
「ね!呂蒙さんひどいでしょ!」
肩で怒ったまま酒をあおってるの話を聞いてやりつつ、空になった器に酒を注いでやる。
赤い顔で酒におぼれてる奴に理屈なんて通じねぇ。
「の言い分もわかるけどよ、おっさんの立場じゃ仕方ねぇだろ」
一応おっさんの立場からの正論を返してやるけど、おそらく無駄。
「そんなのわかってるよ。でも、腹は立つの。私だけが我慢してるわけじゃないってわかってるけど」
毎日のように顔を合わせていて、仕事上の言葉を交わして、それじゃ足りなくてもっと一緒に居る時間を求める。
それこそ四六時中ってやつ。
際限なんてねぇ。
だったらここで愚痴ってねぇで、おっさんの家にでも押しかけりゃいいだろ。
愚痴ひとつこぼせねぇで、聞き分けの良さと理解のある女を演じて。
そんなに今に不満を感じてんなら伝えりゃいいのに。
それができねぇ。
「おっさんにはなんて言ったんだ?」
「わかりました以外のなにが言えるの?だって事情が分かるんだもん、それしか言えないでしょ」
好きだから。
嫌われること、負担になることを恐れて気持ちが伝えられない。
「聞いてよ、この前だってさー・・・・」
の声に耳を傾けながら、よく動くその表情と唇を見つめていた。
静寂と暗闇。
他に誰もいなくて俺とお前だけ。
扉の鍵はしまっていて、ここへは誰も入れない。
誰にも聞かれなくて済むって事は、誰も助けにこれねぇってことだって、そんなことに当たり前の理解が足りないまま安心感すら感じている。
期待してきてる?違う?
あぁ、わかってるさ。
でもな。こんな時間にお前を好きな、俺のところへ訪ねてきたお前が悪いだろ。
全部、全部、お前が・・・
そんなことを毎回のように頭ん中で囁く悪魔が恨めしい。
もちろん、現実にはそんな押しつけをすることなんかできねぇから、ただ痛みを握りしめるしかない。
「ねぇ、そう思わない?」
突然間近で求められた同意に、まぁなと答えを濁して酒をあおる。
いろいろ言ってるが結論は同じ。
それにがほしいのは、正論や意見じゃねぇって知ってるから。
「そうだよね?そうだよね!もう、なんでわかってくれないんだろう・・・」
「おっさんにいえねぇんなら、俺に言っとけ。いくらでも聞いてやるから」
しょぼくれてしまったの頭を撫でてやる。
ゆっくり顔を上げたは、涙にぬれたままの瞳でにっこりとほほ笑んだ。
「いつも付きあわせてごめんね。私もなんかあれば相談乗るよ。甘寧はなんか不満に思うこととか、愚痴とかないの?」
「不満、かー・・・」
あるさ。
もっとそばに来いよ。
おっさんのことばっか見てんなよ。
俺のほうが、お前と一緒に居るじゃねぇか。
俺を、見ろよ。
「甘寧?」
「・・・ねぇな」
から引いた手で酒と一緒に言葉も呑み込んで嘯く。
のほうを見ずに遠くを見つめて。
こんな時に、自分の女の顔すら浮かばない俺は最低だろう。
俺の邪魔をしない、あいつに不満はなかった。にだって、不満なんかねぇ。
あるのは願いだけ。
ずっと変わらず、あの諦めた日から同じ願いを抱えてる。
「でもまぁ、そろそろ限界だな」
「?」
杯を置いて、ゆっくりとへ視線を向ける。
あぁ、全然わかってねぇって顔してるし。
ここでもしその身を抱き寄せたら・・・・はどんな顔をするんだろう。
俺の腕の中で、お前のその涙は止まるだろうか。
「お前の惚気を聞くのもってこと」
「なにそれ」
足りない頭で出来ねぇ想像を膨らませても、泣く未来しか描けない。
は、おっさんのことしか見てねぇ。
それが伝わってくる。
「どれだけ不満言ってたって、おっさんが好きなんだろ?」
「・・・」
そこで止まるんじゃねぇ。ただ、頷いておけ。
酒呑んで、愚痴って、泣いて。それでも迷わずただ前を見ておけ。
「甘寧ありがとう」
「どうってことねぇよ」
「あ、この前、甘寧の彼女さん見かけたよ。一緒に歩いてるところ」
「へぇ」
「甘寧の彼女さんは幸せだよね。こんなに優しくしてくれてさ。羨ましい、けど辛いかも。甘寧は優しすぎるから。私だったらヤキモキしちゃいそう」
お前にしかしねぇよ。
とっさに掴んでしまいそうになった手のひらを握りしめて、の願うように笑った。
お前にだけ向けている笑みを、仲間に向けるかのように装って。
「褒めてもなんもでねぇぞ」
「そんなんじゃないって」
「まぁ、気分は良いからいい酒出してきてやるよ」
物理的な距離がほしくて立ち上がった。
あぁ、もう心はとうに限界だって訴えていて。
わかってんのに、それでも俺はの手を離せなくて、抱き寄せることも出来ずにいる。
この想いがお前に届くことはないって。
わかっていて、それでも奇跡を願っている。
こんな夜を重ねるたびに、いつか届くんじゃねえかって。
しばらく頭の中で温めてたんですが、ついに書いてしまった。温めた分なのか3日で書き終わりました(笑)
「Burnin' X'mas」を聞いてるとですね、「秘密だと抱き寄せる〜」のところでどうしても抱き寄せられるなら甘寧だよねーとか考えちゃうんですよ。
他人のものに手を出すキャラと思ってるわけではなく、胸の内で悶々としていてほしいっていう願望なのですが(爆)
「強い視線」がぶつかっていませんが、夢で最近横取り設定が増えてるので、ここで終了。
ヒロイン視点で書くと、おそらく呂蒙さんにとってよくない展開になるだろうなぁ。
2020/5/31
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