たった一つでも望んでくれればいいんだ
「お〜い、蛮。なにがほしい?」
まのびした声がキッチンからかかった。
見ていたテレビはもちろんつけたままで、顔だけ自分を呼んだ相手のほうへ向ける。
「なんだよ?急に」
「なにって今日は蛮の誕生日だろ?だからプレゼント」
「べつに。なにもほしくねぇよ」
それだけ答えて蛮はまたテレビに視線を戻した。
ちょうどイブの一週間前。チャンネルはどこをまわしてもクリスマスの話題で一色だ。
「遠慮すんなって」
洗い物が終わった邪馬人が後ろから蛮に抱きついた。
自分にまとわりつく冷たい手をリモコンでかるく叩く。
「遠慮なんかしてねぇよ」
「なんだよ?ほしいもんがねぇのか?俺なんかいっぱいあるぜ。新しい車とか、もっと広い部屋とか、服とか、あ、宝くじ一等でもいいな」
指を折りながらぶつぶつあげていく邪馬人の瞳はキラキラと輝き、まるで小さな子どものようだ。
それを見て、蛮は泣きそうな笑みを刻む。
「あのな、俺は邪馬人と違って無欲なんだよ」
いいことじゃねぇかと蛮はせせら笑った。
そこに影が入ったことに邪馬人が気づかないわけがない。
無理やり笑う大切な存在が泣いてくれるように邪馬人は抱きしめた。
「ガキが。まだこれっぽっちしか生きてねぇくせに、諦めることに慣れるなよ」
「嬉しいとき笑えること。悲しいとき泣けること。 いつもなにかを追い求め続けること。全部生きていくうえで大切なことだぞ」
車も部屋も服も本当はどうでもいいこと。
ただ願うのは………
でもきっと、それを望んでも叶うことはなくて。たぶん無理で。
だからといって諦められるものでもないから。諦める気もないから。
今の気持ちを言葉になんか仕切れない。する気もない。
だけど心を伝えたいと願って、まっすぐその揺れる瞳をみつめた。
「ちゃんと考えて言ってみろ。お前はなにがほしいんだ?」
優しい邪馬人の心が嬉しくて。
蛮のなかから涙と一緒に言葉があふれた。
「邪馬人…」
なによりも欲しいと思うもの。
たった一つ。恋人の耳もとにだけ…
誕生日の話にしては甘くないんじゃないか?と自分でも思う
2002/12/03
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