僕は甘いのが苦手  だから、もっと苦いほうがよかった
僕は苦いのが苦手  だから、もっと甘いほうがよかった

全然好みが合わない僕らだけど、
もし他の誰でもない君が言うのなら、僕は愛してあげられる

だって………




















カランカランと、いつもながら軽快な音が耳に届く。
店内に入れば、馴染みの空気が心地良かった。
「いらっしゃい」
「あ、士度〜」
手を振ってくれた銀次に片手を上げて答える。
「いつものやつでいいかい?」
「後でいい」
尋ねてくれたマスターに答えて、俺は足を進めた。
カウンターに座っているもう一人の奪還屋は、俺のほうを見てもいなかった。

「おい」
「あ?なんだよ?」
声をかければ、前と変わらぬ瞳で睨み上げてくる。
この先起こることを考えたら自然と笑みがこぼれた。
考えただけでゾクゾクする。我慢できねぇ。
俺は奴のグラサンを外すと、躊躇なくその潤った唇に唇を重ねた。
ピシッと周りが凍りついた音が聞こえた気がするが、気のせいだろう。
離れないように右手を頬を添えて、啄ばむように唇を重ねた。
一度や二度じゃなく、気が済むまで何度もくりかえして、最後に唇をペロッと舐めると俺は離れた。



ちょっと‥いや、かなり意外だ。
俺の予想では怒りのあまり無言で殴り飛ばされるか。
少なくとも「なにしやがんだ!猿マワシ!」と怒鳴られると思っていたのに。


















初めから最後まで無反応というのは、どうだろう。


















「し、士度‥?」

ガタッと音をたてて美堂が席を立つ。銀次がビクッと体を震わせたのが見なくてもわかった。
無言の背中が、ついてこいと言っていたから黙って後ろをついていった。






階段を上がり、暗い廊下を抜けて一番奥の部屋へと背中が吸い込まれる。
どうやらこの部屋は物置としているらしく、室内には段ボールがあちこちに積み上げられていた。
その一つに腰掛けて、美堂は俺をまっすぐに見据えた。

「さてと、どういうつもりか説明してもらおうか?」
「説明することなんてねぇよ。テメーにキスしたかったからした、それだけだ」
ポケットに手を突っ込んで答えた。
本当はあんなもんじゃ全然足りないのだが、とりあえず今は口に出さない。
「ふざけんなよ。俺はテメーのタチの悪ぃ冗談に付き合ってるほど暇じゃねぇんだ!」
「冗談じゃねぇよ」
自分はこんな冗談を言う人間でも、冗談で人に触れられるような人間でもない。
美堂もそれを知っているはずだ。
「‥おい、だって俺もテメーも男だぞ?」
「だからなんだってんだ?」
「テメー、俺に惚れてんのか?」
「さぁな。ただテメーが欲しいだけだ」
好きだの愛してるだの、そんな他人の言葉を俺は知らない。
使い古しの陳腐な言葉を、この感情に当てはめるのはとても難しくて。
わからなかったから己の望みは何か考えた。何時間も何十時間も考えて、出てきた答えはただ一つ。
心から欲するのだ。
ひたすらに。その存在を。















「欲しいんだ」












見上げる美堂と同じくらいに目線がくるよう膝をついた。
白い頬に手を添えると、美堂は俺の考えていることがわかったらしい。
「ちょ‥ちょっと待てよ」
「待つつもりはねぇ。嫌なら殺せ」
慌てて身を引こうとする美堂に言い放った。
悔しいが、美堂のほうがバトルレベルもスピードも俺より上だ。
逃げようと思えば、この腕から簡単にすり抜けていけるだろう。それに邪眼だってある。
逃走が容易なのに敢えて殺せと言ったのは、どこまでも追い掛けるだろうと思ったから。





拒絶されても絶対に諦められない。
きっと追い掛ける。追い掛け続ける。
その背中を。その存在を。





「待てよ。少し冷静になれって」
押し返そうと肩にかかった美堂の手を掴み、左胸へ導く。
鼓動の真上。生命が息づく位置。
「止まらねぇ。止めたきゃ今すぐ俺を殺せ」
「猿マワシ!」










もう止まる気も止める気もなかった。



















長くなっちゃったので、切りました。そして、切るならココしかありませんでした(笑)

2003/11/03



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