予定は。あくまでも予定であり未定で、未来に起こるすべてのことを予知できる人間は少ない。 たとえ予知できたとしても、未定である以上、まったく予想しなかったことが起きる可能性も十分にある。 これもその一つだ。 俺ももちろん驚いたが、この展開に一番驚いたのは、たぶん彼だろう。 誰の姿もない寂しさを感じさせる夜の道。 HONKY TONKを出てどれくらい経っただろうか。 ポツポツと続く街灯の作る影が、半透明で交錯するほどの明るさを取り戻してきている。 雑踏だけじゃなく、心踊らせるような陽気な音楽も耳に届くようになった。 向かっているのは、この先にある公園の噴水。 なぜ其所に向かっているか。 話の発端は少し前に遡る。 「来週、空いてるか?」 暫くの沈黙の後、彼が尋ねてきた。今俺がいるのは、彼の部屋。 べつに会いに来たとかじゃなく、ただ暖を求めて訪れただけ。 夏はまだいいが、冬にてんとう虫の中で暮らしたら凍死してしまう。 仕方なく春まで安アパートを借りるのはいつものこと。 でも、経済状態はお世辞にも豊かとは言えない。 部屋を借りるのだって抵抗があるのに、暖房なんてつけられるわけがない。=別の場所で暖を取るしかないということになる。 普段はHONKY TONKだが、波児が嫌そうな表情をするから今日はこっちに来た。 さすが金持ちの嬢ちゃんの屋敷だけあって、全室の室温設備は完璧だな。 って、そんなことはどうでもいいことだったな。 俺は抱えていたクッションを抱き込んで、彼に聞き返した。 「来週って17日か?」 「そうだ」 「べつに空いてっけど、なんでだよ?」 彼が日付指定で予定を聞いてくるのは珍しい。まるで17日にこだわっているかのようだ。 17日と言えば、俺の誕生日なのだが‥。 「おいおい。まさか一緒に誕生日を祝いた〜いとか言う気じゃねぇだろうな?」 笑いながら聞いてみた。だって、彼はそんなキャラじゃないから。 行事になんてこだわらないと、彼の誕生日のときに言ってたし。俺も祝われるなんて照れ臭いから、ちょうどいいと思った。 「悪いか?俺がお前の誕生日を祝いたいと思ったら」 なんて、真剣な表情で言われては茶化すことも出来ず、答えに困ってしまう。 悪くはない。俺たちはお友達とか、仲間っていう間柄ではないから。 でもな‥ 「テメーも俺も、仕事が入る可能性があるじゃねぇか」 有り得ないことじゃない。むしろ可能性は高いほうだ。 期日付きの突然の依頼は、クリスマスや年末前には特に多くなるもんだから。 「別の依頼が入ってるって断りゃいい」 「この俺サマに嘘をつけってのか?俺たちはプロなんだぜ?」 「なら、予定が入ってるって言えばいい。それなら嘘じゃねぇだろ?」 「せっかくの収入のチャンスを‥やっぱテメー、営業妨害目的なんじゃねぇの?」 「金なら貸してやるって前から言ってんだろ?」 「誰がテメーから借りるかよ!」 「とにかく、7時にあの公園で待ってるから来いよ」 「お、おい!」 声をかけたが止まることはなく、ドアは閉まってしまった。 アイツはよく、俺のことを我が侭とか勝手だとか言うが、テメーのほうが余程そうじゃねぇか! ポケットからマルボロを取り出し、火をつけた。 本当は仕事なんてどうでもよかった。断る方法なんていくらだってある。一番の難関は… 「銀次のヤツ、絶対言い出すよな〜誕生日パーティやろうって」 煙草の煙と一緒にため息もこぼれる。 どちらの優しさも嬉しい。せっかく開いてくれるのに断るのは気が引けるから、早々となんか言い訳考えねぇと。 ところが、そう思ってるうちに一週間過ぎてしまった。いい言い訳も浮かばないままで。 自ら頭の回転は早いほうだと自負しているが、こんなとき頭は働いてくれない。 もし何か言い出されたら困るな。 朝からずっとそう思っていた。 だから完全に拍子抜けだった。銀次に笑顔でいってらっしゃいと言われたときは。 本当に予想外だったから。 今日が俺の誕生日だと知ってから、毎年騒がない年はなかったっていうのに。 アイツが銀次に今日のことを言ったとは思えないから、お祭り騒ぎが好きな銀次がパーティをやると言い出さなかったのは、銀次なりの精一杯の気遣いだったんだろう。 いつもなら余計なお世話だと殴ってやるところだが、今日のところは素直に感謝しておいてやることにしよう。 ポケットに手を突っ込んだまま、聖夜に向けて飾られた街灯の下を歩く。 誕生日にクリスマス。熱い恋人たちが酔うお決まりの行事。 自分はそんなことにこだわる人間ではないのだが、偶にはいいかと思えてくるから不思議な話。 数々の甘い空気とすれ違い、イルミネーションに飾られた道を歩いていると、まるで今日が聖夜のような錯覚に陥りそうだ。 待ち合わせの場所に行くと、寒そうに周りを見渡し一人で佇む彼の姿。 トコトコと歩いてくる俺に気づいたのか、彼は顔を綻ばせた。 「悪いな、遅くなって。待たせちまったか?」 「いや、時間通りだ」 「じゃあ、行くか」 そう言って背を向け足を出したのだが、後ろから足音がついてこない。 ふりかえると、彼はそこから動かず俺を見つめている。 「どうした?」 「美堂、来てくれたんだな」 「はぁ?なに言ってんだよ。約束したんだから来るに決まってんだろ」 何を今さら、と思う。 一方的に近かったが、約束は約束だし、だいたい彼に待ってると言われれば来ないわけがない。 たかがそれだけのことに、そんな表情をしないでほしい。 「そうだな。寒いから早く行こう」 横を通り抜けて先を歩き出した彼。 グラサンを外し、その背中を追い掛けて追い付いて、服の裾を引いた。 こっちを向いた彼の首を引き寄せて、言葉を奪う。 冬空の下で触れた唇は乾いていて冷たくて。 彼はいったい何時から此処で待っていたんだろう。 「…おい、テメー。少しは反応ってモンをしろ。俺からキスしてやったんだからよ」 待っても待っても何も言わないから、ムスっとして呟いた。 ポケ〜っとしてた顔がみるみるうちに赤くなっていく。 面白いほど早く綺麗に広がっていく赤。 「ど、ど、ど、どう、どう、どう、どうッ‥!」 「落ち着けって」 過剰すぎる彼の反応に、今度は苦笑いがこぼれた。 多少は照れたりしてくれたほうが面白いが、ここまで反応してくれるとは。 「ど、どうして急に?」 「べつに理由なんかねぇよ。敢えて言うんならお前と同じ」 「俺と?」 「いつもお前が俺にしてくれるのと同じ理由だ」 笑みを浮かべ、彼を置いて先を歩き出した。 この想いを言葉にして伝えたことはない。だから同じだなんて言いきれない。 向けられる彼の視線すら単なる自惚れかもしれないが、今は無駄な自信が欲しかった。 「美堂」 後ろからかけられた声にふり返れば、急に抱きしめられた。 至近距離にある顔に自然と瞼は下りて、また唇が重なった。 彼も俺も今度は温かい。 「おめでとう」 吐息すら感じとれる距離の囁きは、擽ったくて照れ臭くて。顔を見られたくなくてそらしたら、彼は笑った。 どちらからともなく、手を引いて歩き始める。 大の男が二人、手を繋いで歩くなんて、変以外の何物でもないかもしれないけど。 揺れる掌に、ぎゅっと想いを込めた。 おめでとう。 「ありがとう‥」 伝わる熱に溺れながら、信じてもいない神に祈った。 この温かさが、できるだけ長く続くように、と。 おめでとうと言わせてないことに気がついて、慌てて修正。かなり話に無理がありますが、久々なのでご勘弁を。 ん〜少しは人の目を気にしてほしいですね(笑) 2004/01/12 |