そばにいるということは

決して幸せばかりをくれるわけじゃない
















「待てよ」
哀しみが混じった低い声とともに背から力強く抱きしめられて。
驚いたのか、蛮のからだがビクリと反応する。
「放せよ」
「お前に触れちゃいけねぇなんて言ったら、俺はどうやって消毒すりゃいいんだよ」
「そんなこと俺が知るか。その足りない脳みそ使って一人で考えな」
やはりこのままじゃ埒があかない。
士度は蛮に正面を向かせると、サングラスを外し、抵抗する間も与えず唇を重ねた。
「…んんっ…ふ…」
優しい口づけからわからない安心感と懐かしさを感じて、すべての感覚が麻痺したみたいになる。
外されたサングラスが落ちる音さえ遠くに聞こえた。

そういえばコイツと会ったのも久しぶりだったんだよな。
あの日はビラ配りしてて偶然コイツの後ろ姿をみかけて。
金がないうえ腹減ってたし、タカってやろうと思って追いかけたら、コイツが知らねぇ女とキスしてて。
見てられなくて認めたくなくて背を向けた。
どうやって帰ってきたのかすらよく覚えていない。







少し荒くなった息が整うと、蛮は士度の両頬に手を添えてまっすぐ見据えた。
コイツがさっき言ってたことだって本当かどうかわからない。
信じたいと願うけど、そんな簡単に信じられるわけがない。
どうしたらその言葉を信じられる?
蛮の考えが伝わったのか、士度は少し辛そうに眉間に皺をよせた。
そしてゆっくりと手を伸ばして強く強く抱きしめると、耳もとで小さく、本当に小さく囁いた。


「俺はお前が、蛮が好きなんだよ」

「………………っ!」


棘だらけだった蛮のなかに、まっすぐ入ってきた士度の言葉。
知覚した途端、身体に震えが走った。
嬉しくて?驚いて?信じられなくて?
それは蛮自身にもわからないけれど。無意識のままその背に手をまわしていた。
心が温かくて温かくて。言葉の代わりにあふれて視界が弛んだ。
頬を伝った名もない雫を拭って、いつものように笑ってみせる。
「…わかってんだよ、そんなこと」
この状態でそんなことを言っても説得力がない、なんて気づいたのは言った後。
士度に抱きついたまま、蛮は我ながらゲンキンだなと呆れていた。
この馬鹿のたった一言で棘は跡形もなく消えてしまった。あんなにも冷たかった心が温まっている。
なにか言おうとしたら、世話のやける奴‥という士度の呟きがちゃんと聞こえて、蛮は抱きついたまま背中を殴った。
自覚はあっても言われるとムカつく。
「痛てぇな。ホントのことなんだから殴るなよ」
「うるせぇ。他の女とイチャついてたくせに」
おいおい、まだ言うのか?と少しうんざりしながら士度は苦笑した。
普段はこっちが舌を巻くくらい大人なのに、蛮のこういうところが子どもっぽい。
やはり自分より年が下なのだと感じる瞬間。かわいいと、そばにいたいと感じる瞬間。
ま、本人に言えば間違いなく殴られそうな話だが。
「あぁ、悪かったな」
「…………………」
………ムカつくやつ。
口では謝っていてももう悪いなんて思っていない。
たぶん蛮が許しているのに気づいているから。
どうしても士度が関わると自分の言動が子どもじみてしまう。いつもの余裕がなくなる。
抵抗はあるけど嫌じゃない。
邪馬人を思い出させる年上の包容感。身を委せられるということは心地いいことだ。
こんなにムカつく奴なのに‥
嫌よ嫌よも好きのうちってか?
だったら俺は始末に負えねぇ天邪鬼だな。
首筋に唇を這わせられながら楽しそうに蛮が笑った。
「どうした?」
「いや。………なぁ、俺のことムカつく?」
とつぜんなにを言い出すのか。
きょとんとした後、つられるようにして士度も笑った。
「そうだな。態度でけぇ上にわがままだし、ちっとも素直じゃねぇし。お前ほどムカつく奴はいねぇな」
俺たちから銀次を奪っていった男。それだけで第一印象は最悪だった。
今だって顔合わせる度に当たり前のように喧嘩して、こんなムカつく奴はいないと思う。
それでも自分が捕われたのは目の前の相手。
いつも人と距離をおいてきた自分が初めて知りたいと思った人間。
銀次ともまどかとも別格でそばにいたいと望む人。
「そのセリフ、そっくりそのまま返してやるよ」
けっしていい言葉じゃないはずなのに蛮は満足そうにキスをねだった。





何度目かわからないキスを交して、士度が合図を送る。
蛮は少し頬を染めて、答える代わりに綺麗に微笑んだ。
そして士度の手が蛮のシャツのなかにのびたとき。
「蛮ちゃ〜ん。士度〜。どこ〜?」
ずいぶん場違いな銀次の明るい声が建物に反響して遠くから響いてきた。
「「…………………」」
二人は顔を見合わせてしばらく堪えていたが、ついにプッと吹き出した。
「これからってときに邪魔がはいっちまったな」
「まるで狙ってるみたいだろ?ホント、天然って怖ぇよな」
「まったくだ」
乱れかけた服を元通りになおし、士度が落としたサングラスを拾いあげる。
「美堂、ちょっとこっち向け」
「…なんだよ」
「いいからこっち向けって」
むりやり向かせた顔は相変わらず不機嫌そうだったが、はじめ見たときにあった影は消えていた。
どうやら完全に誤解は解けたみたいだな。
「なんだよ、痛てぇじゃねぇーか」
「あぁ?見えねぇか確認してやったんだよ」
「見えねぇってなにが…‥?!まさか痕つけたのか?」
「くくくっ‥さーな」
「おい!」
無防備な恋人のキスをかすめて、士度は陽の光のもとへ歩き出した。









そばにいるということは 決して幸せばかりをくれるわけじゃない
永くそばにいればいるほど 不安に襲われることがあるだろう
そしたら思い出せばいい
今日という日
言葉の少ない彼が自分に伝えてくれた想いを

「俺も好きだぜ、士度」

その小さな呟きが届いたのか誰も知らない


















初物で士度がちょっとヘタレてしまったけどまぁOK?
この程度でも私にしてはラブラブなほうです。もっと甘くしたかったけど

2002/10/14



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