雫こぼれる 前見えぬまま歩みは止めず。 あふるる鋒 求め、征くがごとく聖なる地へ。 その名 聖所前創。 綺麗に晴れわたった空から降る陽の光り。 昼間の太陽はどこまでも優しくて、暖かい春の訪れを感じさせる。 足音すら喧しく、感じとった気配は自分を縛りつける者に他ならない。 「よぉ」 笑いながら軽く片手をあげてかかった声は、悪びれをまったく感じさせない。 自然と溢れる呆れ混じりのため息も、既に慣れてきてしまっている自分が悲しい。 勝手に他人の敷地内に入ることは不法侵入だとコイツは知っているんだろうか? 「なんだよ。俺が来たのがそんなに嬉しいのか?」 「美堂、なにしにきた?」 一々つっかかっていったらきりがないことはわかりきっているから、つまらない冗談はサラっと流して聞き返してみた。 「やっぱここはあったけーな」 眩しそうに目を細めて太陽を見上げ、大きく開放的に伸びをして、俺の言葉など微塵も聞いていない。 しかたなく体を起こし再び同じ質問を繰り返す。 「なにしにきたんだ?」 「べつに。ちょっと休みに来ただけ。あと、コイツらの顔を久しぶりに見にな」 元気だったか〜とゆっくり撫でる横顔はどこまでも優しく、獣たちが相手だと思っても妬いてしまう。 「不満そうだな、猿マワシ。顔にでっかく不満って書いてあるぜ」 まさか妬いてんのか?とのからかい口調にぐっと言葉がつまる。 適当な言い方はないだろうか。 「………………チッ…………」 過ぎた沈黙が図星だと肯定していることに気づいたときには遅すぎて。 当然茶化されるものだと思っていたら、美堂は恋人の顔で楽しそうに微笑んでから言った。 「明日から仕事なんだ。な〜んか長引きそうだからサルの面でも見とこうかと思ってな」 長引く。 美堂がそう言うということは、おそらく今回の依頼は危険な仕事なんだろう。 実際、俺ら裏稼業にまわってくる仕事でまともと言えるもののほうが少ない。 奪り還す相手が護り屋や運び屋を雇っていたりすると当然のように危険が伴う。 「余計な心配いらねぇよ。俺はテメーと違って強えからな」 「うるせーな」 たしかに、美堂は強い。 バトルに於いて俺が心配する必要はないだろうと思う。 でも、偶にどうしようもなく不安にかられることがある。 日常の何気ない瞬間。 ふと隣で。銀次の横で。 笑っているとき。背を見つめるとき。 怒鳴りあっているとき。視線が絡むとき。 まるで透き通ったガラス細工のような一面をみる度に。 手を伸ばしたくて、抱きしめたくて堪らなくなるときが。 「美堂‥」 強く強く抱き寄せて、まるで救いを求めて縋がりつくかのように。 男が男を抱き寄せるなんて端から見れば異様なのかもしれないけれど。 「珍しいな。サルが感傷的にでもなってんのか?」 「お前もだろうが」 鼻で笑った美堂の減らず口に、俺も負けずと言い返した。 黙って俺に抱きしめられてるなんて、いつもの美堂なら絶対にしないことだから。 「なんかスッゲー泣きたい気分かも」 「べつに泣いてもいいぜ。此処には俺しかいねぇし」 「わかってねぇな。だから泣けねぇんだよ」 「美堂?」 「テメーに見せる涙は一種類で十分だろ?」 妖しく浮かぶは気高き魔女の微笑み。漆黒の翼で天国へ誘うは悪魔の囁き。 そうだ。 俺はなにも知らない。この先になにがあるのかなんてことは。 俺にはなにもわからない。この恋の結末がどうかなんてことは。 わかるのは。 あの快楽に溺れる瞳の蒼さも、闇にこそ映えるあの裸体の白さも。 今知っているのは俺だけだということ。 背を駆けるあの心地好い痛みも、幾度となく俺の名を呼ぶ切なげな声も。 俺自身、気に入っているということ。 それだけだ。 「見てぇな」 「バーカ。明日から仕事だって言っ‥ん‥」 現実を聞かず、その柔らかい唇を塞いだ。 未来のことなど、夢を見るには邪魔なものでしかない。 「お‥ぅん‥やめ‥」 「いいだろ?」 情事の誘いを耳もとで囁くと、美堂はあからさまに驚いた表情を浮かべた。 そのまま何回か瞬きをすると、暫く考え込んで最後に大きな溜め息をついた。 「貸しじゃねぇからな」 「わかってる」 預けられた体の重みと温かさ。 未だ、この器に満たされることはない。 どういう話の予定だったんだろう‥。なんか収拾がつかなくなって、なんの脈絡もなくなって(殴) 2003/02/10 |