僕は甘いのが苦手 だから、もっと苦いほうが好き 君の好みは? 君はどっちのほうが好きなのかな? 人通りがそんなに頻繁じゃないストリートで、俺は足を止めた。 古ぼけた自販機の前に佇み、苦労の結晶を惜しみなく挿入。 代わりにライトの付いたボタンを押す。落下音と重なって、狙ったように声をかけられた。 「よぉ」 「ん?なんだ、猿マワシか」 取り出し口の前に屈み、マルボロを取り出しながら見上げる。 声をかけたのが猿だとわかると、俺は露骨に嫌そうな顔を作った。 まぁ、たまにHONKY TONKで顔を合わせれば口喧嘩はいつものこと。 外で顔を合わせたのは今日が初めてだったが、俺らしい反応だと思うだろ。 思ったとおり。猿マワシは別段気にしたふうもなく、見えない金色の髪を探しているようだ。 「銀次は?一緒じゃねぇのか?」 「今日は別行動なんだよ」 「ふーん、珍しいな」 「俺たちだって、年中いつでも一緒にいるわけじゃねぇよ」 移動も寝食も車。定まった住居を借りる余裕はなく、仕事もプライベートも関係ない。 ほとんどごちゃ混ぜに近いが、今日みたいに別行動の日だってある。 「そうか」 縦細の穴から、チャリンチャリンと音をたてて小銭が吸い込まれていく。 赤いライトを押せば、カシャンと音をたてて缶コーヒーが落ちてきた。 「なぁ、ちょっと付き合えよ」 「で?なんか用なのか?」 「いや、べつになんでもねぇよ」 ろくに会話らしい会話もせず、ただ背中を追い掛けてきただけ。 たどり着いたのは昼下がりの公園。 猿マワシはさっさとベンチに座り、缶コーヒーのプルトップを開けた。 太陽光がたっぷり降り注ぐ公園は風も暖かく、冬がすぐそこまで来ているようには感じない。 「なんにもねぇだと?」 「あぁ、そうだ」 眉間に皺を寄せ、睨むに近いキツイ視線を向けて改めて聞き返す。 あっけらかんと答えられ、俺は脱力とともに次の言葉を失った。 好かれているわけがねぇ。特にコイツは俺への嫌悪が強いとわかっていた。 初めて会ったときの敵意の向け方だって、今の口喧嘩の数だって絃巻きの比じゃねぇし。 だから、わざわざ誘ったからには、なにか言うことがあるのかと思ってたのに。 少しでも意気込んでいた俺がアホみたいじゃねぇか! 今さら引き返すのも自分だけが立ったままなのも馬鹿らしくて、舌打ちして俺も座った。 さっき買ったばかりのマルボロを取り出し火を灯す。 ったく、やってらんねぇぜ。 「あのよ」 「‥なんだよ?」 「銀次のヤツは、本当に赤屍と付き合ってんのか?」 「あぁ、まぁな」 ため息混じりに肯定の言葉を返した。 このことに関しちゃ、ちょっと騒ぎになったばかり。 先日の話だ。どこからか銀次が赤屍と付き合っていると聞いた猿マワシと絃巻きが、真実かどうかを確かめるためにHONKY TONKに怒鳴り込んできやがったのだ。 まぁ、気持ちはわからなくもねぇ。 俺もはじめ、銀次から赤屍と付き合っていると聞いた時はマジで驚いた。タチの悪い冗談じゃねぇかと思ったくらいだ。 赤屍 蔵人と言えば裏新宿最凶最悪の運び屋として有名な人物。 VOLTSの四天王やってたとあっちゃ、無理もねぇ行動だったと思う。 つーか、俺はコイツラなら知ったら絶対来るだろうと予想してた。 ギャーギャー五月蝿く騒いで最後には認めることになるだろうってことも。 銀次のヤツはなんにも考えてなかったみてぇだけどな。 「銀次!!お前、赤屍と付き合っているって本当か?!」 「銀次さん答えてください!!」 「本当だよ?それがどうかした??」 「なんであんな奴と?」 「赤屍サンはいい人だよ?」 「銀次!死ぬ気か?!」 「そうですよ、銀次さん!!」 「あーーーーっ!!ったく、ギャーギャーとうるせー野郎どもだな!」 「み、美堂くん‥」 「蛮ちゃん‥」 「べつに銀次が好きだってんならいいじゃねぇか!」 「うるせー黙ってろ、ヘビ野郎!銀次にもしものことがあったら……」 「テメーこそ黙ってろ!恋愛ってもんは個人の自由だろーが。周りが口出すことじゃねぇ!!」 べつにフォローとかじゃなく、本当にそう思っているから口に出したまでだった。 銀次はなぜか感動して、「さっすが蛮ちゃん!」とか嬉しそうだったが。 「いったい銀次は赤屍のどこがいいんだ?」 「さぁな。んなこと俺に聞くな」 コンビを組んで仕事をしてたってあいつの思考がすべてわかるわけじゃねぇ。 俺より付き合いが長ぇ猿マワシたちにわからねぇ感覚なら俺にもわからねぇってことだ。 ただでさえ、銀次の感覚は短絡すぎに加えて特殊だしな。 「わかんねぇ‥」 猿マワシはボソリと小さく不服そうな声を上げ、コーヒーを一口あおった。 そしてなにか考え始めたみたいで、そのまま前をみつめて黙り込んだ。 あの時はその後に散々赤屍の魅力について説明され、銀次にうまく言いくるめられたようだったが、今となっちゃやっぱり納得できねぇんだろう。 もしかしたら言いくるめられたというより、銀次が幸せそうだったから、それ以上言わなかっただけかもしれねぇ。 ただ、あの時の食って掛かり様と今のコイツの雰囲気からして、銀次と赤屍のことを認めたくねぇってのは明白だ。 目立って邪魔はしねぇだろうが、だからといって、いい顔もできねぇってところか。 相手があの赤屍だからな、心配なのはわかるけどよ。ちょっとコイツも絃巻きも、銀次に対して過保護すぎだろ。 さっきもそうだ。いつも銀次の姿が見えないと探して、銀次の心配ばかり。 なんで‥なんで? そこまで考えて、俺は思考を打ち切った。だが沸き上がったイライラは消えずに、そのままくすぶり始めていた。 灰ばかりの短くなった煙草を落とし、足で踏み消す。もう一本へ火をつける気にならなくて、視線を隣に移してみる。 黒髪に合わせてなのか知らねぇが、見慣れた黒いシャツに白に近いグレイのベスト。そして、いつも頭に巻いている…ん? 今日つけてるバンダナ。銀次がこの前あげてたヤツか? 「…………………」 つまらないことを思い出し、余計なことに気づいてイライラが増した。 猿マワシは、まだ考え込んでいるらしい。 ボーッと前をみつめて、こんなに露骨な俺の視線にも気づく気配はない。 「猿マワシ‥?」 一人にしか聞こえないように小さく呼んでみたが、やはり反応しない。 口から湯気の立つ缶コーヒーを握りしめ、たぶん此処にいない銀次のことを考えてる。思わず舌打ちが出た。 わかってる。 コイツの感情は仲間としてだ。大切な仲間だった奴だから心配してるだけだ。 って、頭では理解してんだけどな。やっぱ見てほしいって思っちまうんだ。 その黒い瞳に俺は映ってんのか?そうだとしたらどう映ってんだ? 「……なぁ‥…士度…‥」 さっきより小さいかもしれない。吐息混じりの呼び掛け。 猿マワシはさっきと同じように無反応だった。 届かなかったことに安著半分。残り半分は‥ 体を手摺に預け、わずかに猿マワシから距離を置く。 ふと思った。そういえば、コイツのほうが俺より背が高いんだよな? 高いのは知ってる。だが、見上げてる意識は皆無に等しい。 いつも視線の高さが一緒のような気がしてる。HONKY TONKとかで喧嘩してる時は特に。 でも、俺よりずっと広い肩。本当は広い背中。 もし、俺が寄りかかったとしても、平気だろうか? そんなところまで考えて、我に返り、苦笑いがこぼれた。 今日の俺は変だな。しかもメチャクチャに、救いようがねぇくらい。 いつもは気にしねぇことなのに、さっきから馬鹿なことばっか考えてやがる。 「なぁ、おい!聞いてるか?」 声を大きく張り上げると、猿マワシは現実に戻ったみたいだった。 ビクッと反応をし、前だけをみつめていた顔が俺のほうを向く。 「あぁ?なんだ?」 「一口くれねぇかって言ってんだよ」 それ、とヤツの手の中の缶コーヒーを指差した。 飲んだことがあるメーカー。程良い苦さのまぁまぁ美味いと言えるコーヒー。 「いいぜ、ほらよ」 差し出されたブラックの缶を受け取り、口へ運ぶ。 しかし一口飲んで、口内に広がるのは知っていた熱い苦さじゃなく、苦さより甘味が口について顔をしかめた。 「甘ぇな‥」 変だな。このコーヒー、こんなに甘かったか? 「そうか?俺はそうでもねぇと思うが?」 首を傾げる猿マワシに缶を突き返すと、口へ運び、今度は俺と同じように顔をしかめた。 差し出した手に再び缶をもらい、グイッともう一口飲む。 さっきよりもっと甘く、眉間に皺を寄せ、缶をみつめたまま呟いた。 「なぁ、これって間接キスってやつだよな?」 滑り落ちた言葉は完全に無意識で、言った後でしまったと思った。 バチッと音がしそうなくらい合った視線。 黒い瞳は大きく見開かれ驚きを表現している。 そのままみつめ合ってどれくらい経っただろう。 俺は顔をそらし、笑みを浮かべ立ち上がった。 「そんなに呆けんなよ。これ、もらってくぞ」 「お、おい!美堂!」 「代わりにこれやるよ」 背を向けたまま放り投げたチョコレートは一個。 猿マワシが受け取ったのかどうかも知らない。どうでもよかった。 とにかく、此処から離れねぇと。ただそれだけ。 公園の端まで来て、俺は立ち止まった。笑いが込み上げる。 ったく、なに言ってんだ、俺は。間接キスだ? 「‥バカ言ってんじゃねぇよ、だよな」 いつの間にか苦笑混じりになって、思わずぼやく。 今ならできるのに、なぜさっきはとっさに笑い飛ばせなかったのか。 もう考えることさえ馬鹿馬鹿しくなってやめた。 軽くなった缶は、ラスト一口だけ飲んでゴミ箱へと弧を描いた。 暖かかったはずの秋風が急に寒さを運んでくる。 さっきは甘いと思ったコーヒー。 変わらないはずなのに、仄かに苦味が増した気がした。 僕は甘いのが苦手 だから、もっと苦いほうが好き 君の好みは? 甘いのが好き? ふーん、 僕たちって好みが合わないね 一周年ということで原点に返ってみました。私にしては珍しい失恋じゃない片思いモノ 2003/11/06 |