キミが戻りたいって言ったらそれでもいいと思ってた。



















よくよく考えてみればさ、一言も二人きりとかデートなんて言われてなかったんだよね‥。
あたしが勝手に思って一人で舞い上がってただけでさ。そのことに気づいたとき恥ずかしかった。
チイのことだから、大好きなユウナが起きるまで待ってるかと思ったのに。

「ユウナはキマリに任せるっす」

チイからそのセリフを聞いたときはホント驚いた。
まさかキマリに頼んでくるなんてね〜
まぁ、キマリならユウナを任せても安心なんだけどさ。チイはいつもユウナと一緒がいいんだと思っていたから。
「ちょっと意外だったな〜」
「え?なにがっすか?」
「べっつに〜こっちの話」
つい口に出しちゃった言葉を違うほうを見て誤魔化した。
頭を傾げたけど、追及までしてこなかった。
それより気になることがあるもんね。
「それにしてもアーロンのやつ、遅ぇな。な〜にやってんだぁ?」
明らかに苛ついてるチイにちょっと苦笑いが浮かぶ。







はじめにルカへ降りたのはルールー、ワッカ、ティーダ、あたしの4人。
ルールーとワッカはシアター組。あたしたち二人は買い物組。
どうしても買いたい物があったわけじゃないし、懐のこともあるしってことで、ウィンドウショッピングをメインに楽しんだ。
「だぁ〜疲れた〜少し休まないと死ぬ〜」
「なっさけないなぁ〜」
あたしより体力あるはずのくせに、買い物っていうと男の子ってダメだよね〜
まぁ、一緒に買い物できたのは嬉しかったし、チイが疲れてきてるのが目に見えてわかったから、そろそろ戻ろうかって話が出たときだった。

「あれ?アーロン、どうしたんだ?」
赤い服を着たおっちゃんがゆっくりこっちに歩いてくる。
ホント、このおっちゃんってどこにいても目立つよね。なんでかわかんないけど。
「俺も買い物にだ」
じゃあなと言葉少なく通りすぎて行ったその後ろ姿を見送って、前を歩き出した。
その後ろをゆっくりついていく。歩く歩調がさっきより遅くなってるのは自覚があった。

まだ、戻りたくないよ。

チイが疲れてるのはわかってたけど、まだ飛空艇に戻りたくなかった。もう少し、このまま二人でいたかった。
バカみたいな考え。とんだ乙女思考。
さっきまで満足してたのに、欲張り過ぎだって自分でも思う。
リュック、なにしてんの?
早く行かなきゃ。こんなにゆっくり歩いてたら早く帰ろうって言われるよ。置いていかれちゃうかもしれないよ。
このニブチンのことだから、このままはぐれても気づかないかもしれないよ。
ついていかなきゃ。後ろを、ついていかなきゃ。


「なぁ、リュック」


何気なくふりかえったチイの瞳に、この時のあたしはどう映ってたのかな?
差し出された手に泣きそうなくらい脅えてたなんて想像もしてなかったでしょ。
あたしは次のチイの言葉を想像することすらできなかったよ。

「帰るのもう少し遅くなってもいいっすか?」
「え?」
「ここに隠れててアーロンを驚かしてやらない?」

いたずらっ子の瞳が光を受けて、蒼く綺麗に輝いていた。
1000年前の聖地からやって来た太陽の笑顔に、目頭と胸の内がカッと火を灯したように熱くなる。
一日チイと二人でいられたから、それでいいと思ってた。
早く帰ろうと手を差し出されたら、ちゃんと受けとめるつもりでいた。
気づかずはぐれてしまったら、仕方なく諦めるつもりでいた。










「おもしろそうだね」









…………チイは本当に、あたしを喜ばせるのがうますぎる。

















そしてそのまま、おっちゃんを待ち続けて現在に至る、と。
ミヘン街道へ抜ける階段が見渡せる場所。建物と建物の間を通って背の高い木に体を隠してあたしたちは待っていた。
通り過ぎていく人たちも全然気づかない。
まぁ、こんなところに人がいるなんて普通は思わないよね。
「たぶんお酒を買いに行ったんじゃないかな?船内じゃそういうの手に入んないし」
「それにしても遅すぎっす」
自分が言い出したほうのくせに、先に嫌になっちゃったみたい。
見るからにじっとしてるのが苦手みたいだもんね。どっちかっていうとあたしも苦手なほうなんだけどさ。
「まぁまぁ、べつにいいじゃん」
「でもさ、リュックだって人に待たされるの嫌いだ〜とか言ってなかったっすか?」
「そりゃそうだけど」
へぇ〜ちゃんと覚えてるんだ。
そうだよ。本当は人を待ってるなんて嫌いだし、待たせるのだって嫌。
まさか嫌じゃないのはチイと待ってるからなんて言えないよ。
「こうやって人波見てるのもなかなか楽しいじゃん」
誤魔化しだったけど嘘じゃなかった。いろんな人が通りすぎていくのを見てるのは楽しかったし、新鮮だった。
知らない人たちをこんな風に眺めるなんて考えたことがなかったから。
ガードになる前はシンに脅えながら毎日を生きていくのが精一杯で、周りの人たちを見てる余裕なんかあるはずなかった。
変だよね。まだシンはいるのに、状況はまだなにも変わってないのに、昔よりシンに対する恐怖がなくなってる気がするんだ。
ユウナを守りたいって気持ちと同じくらい強く、目の前の人たちの幸せを守りたい。スピラを平和にしたい。
改めて自分はスピラが好きなんだって思う。
はじめはユウナだけを守るための旅だったけど、今は違う。
誰も気づかないけど、今目の前を通り過ぎていく人たちのためにあたしたちは戦っていくんだ。


同じ人波を見て、同じようになにか感傷的になったのかもしれない。チイの表情に暗い陰が差してるのに気づいた。
「ちょっと、どうしたの?大丈夫?」
「あ〜平気平気。なんともないっす」
そう言ってるチイの表情は、とても大丈夫そうじゃなかった。
今にも泣きそう。まるで、涙をこぼさずに泣いてるみたい。

当たり前だよね。
チイは、自分のお父さんがシンなんだって言った。だとしたら…平気なわけない。
わかるよ。みんなに申し訳ないって気持ちも倒さなきゃいけないって気持ちもわかるよ。
あたしがチイと同じ立場だったら、きっと同じようにすると思う。
親父がそれを望んでるなら、あたしの手で眠らせてあげなきゃって剣をとると思う。
でも、それが平気かと聞かれたら答えはNOだよ。
いくら長く離れてたって言っても、自分の親を平気で倒せる人間なんている?いるわけないじゃん!
「無理して平気って顔しないでよ。こっちまで痛くなるじゃん」
いつもは目線より上にある蜂蜜色の頭を抱きしめて、あたしのほうが泣きそうだった。
チイの熱い息を指先以上に感じられるほどの距離。そんなに近かったからなのかな。
チイがこぼした小さな言葉が必要以上に大きく聞こえちゃったんだ。

















「俺さ、ザナルカンドに帰らなきゃいけなくなるんだ‥」

















あたしがチイを突き飛ばしたのか、チイがあたしから離れたのかわからない。
あたしたちの間になかった距離が再び生まれた。
頭が、頭の中がすごく混乱してる。

帰る?帰っちゃう?ザナルカンドに?

「本当に‥?」

恐る恐る聞いた言葉は否定されなかった。真偽を問うあたしを見るチイの表情からはなんにも読めない。
信じられないって思いと共に、当然かもしれないって頭のどこかで思ってた。
だって、元々チイはスピラの人間じゃないんだもんね。
本当は‥ここにいるはずのない人だもん。
一番最初に会ったときは、シンの毒気にやられちゃった不運な人だった。
あたしはチイの話を頭から信じてなかった。でも今は本当にザナルカンドから来たんだって信じてる。きっかけは覚えてない。
帰る。帰らない。それは大切なことだけど、あたしが聞きたいのはそんなことじゃなくて。


「また会えるんだよね?」


あたしにとって一番の問題。
大丈夫だなんて都合のいい言葉を期待してたわけじゃなかった。
せめて難しいなとか、わかんないんだとか言われたほうがまだ安心できたのに。
チイはただ笑っていた。
静かに笑っていて、なんにも言葉をくれなかった。だからあたしは余計に不安になった。
「そうでしょ‥?」
すごく嫌な予感ってやつがあたしの中を支配した。この時ほど時間の流れを遅く感じたことはなかったと思う。
次の瞬間、あたしがまったく想像できなかったことが起きた。


「ぷっ‥くくく‥」
「ちょ、ちょっと!急にどうしたのさ?」
ワケがわからずあたしが袖を引くと、チイは苦しそうにお腹を押さえて笑っていた。
え?笑ってる?ちょっと、ワケわかんない。どういうことなのさ?
「わ、悪い。だってリュックの瞳が真剣だったからさ〜つい‥くくく‥」
なになに?意味がわかんないままなんだけど、つまり‥嘘?
今までの話全部でたらめってこと?
「今までの話って嘘だったの?」
「ザナルカンドへ帰るってことは、ユウナから離れるってことだろ?俺はユウナのガードっすよ?」
うん、わかってる。わかってるよ。わかってはいるんだけど。


なにか言いかけて、チイの表情が一変した。
「い‥」
「‥イ?」
「いっっってぇ〜!」
頭を押さえるチイの後ろに立っていたのは、なんとおっちゃんだった。
いつの間に来てたんだろ?
いつもは目立つ紅なのに、こんなに近くに来てても全然気づかなかった。
「お前達、こんなところでなにをしている?」
「べ、つに。なんでもないっスよ」
余程痛かったのか、頭を押さえながらチイは恨みがましそうに睨みつつ答えた。
まさか本人の前で、あなたを驚かすために隠れていましたなんて言えないよね〜
しかも相手はこのおっちゃんで、その上大失敗だしさ。

おっちゃんはちょっと怪しんでいたみたいだけど、追及せずにため息を吐いた。
「…行くぞ」
さっさと歩き出したおっちゃんに、慌ててチイも立ち上がった。
「ほら、行こうぜリュック!おい、アーロン!ちょっと待てって〜」
いつもと変わらない笑顔を浮かべてあたしを促すと、チイはおっちゃんに向かって走っていった。
あたしも乾きかけていた涙を拭い、立ち上がった。
さっきまでのことは本当に嘘だったんだろうな。
騙されたのは悔しかったけどそれ以上に、あの話が嘘でホッとした。
まだなにかが引っ掛かってるような気がするけど、気にするなって誰かが言ってる。だから。
「…ま、いいか」
今は深く考えずにシンを倒すことだけに専念すればいい。
でも、もし…もしも…
浮かんだ考えに吹き抜けた風がゾッとするほど寒く感じた。


























書いていて10をやり直す必要があるなと何回も思った。かなり忘れてるよ…セリフも前後してます。

2004/02/01



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