その日の朝から藤代は誰が見ても分かるほどどんよりと重い何かを背負っていた。
彼らはもうすぐ期末テスト。
他の生徒がそうであるようにもちろん、それが嫌なのもあるのだろうが、藤代が落ち込んでいるのはそんなことではない。
いつも寝て過ごす授業をなんとか気力で受けていたが、
昼が過ぎ、放課後になると、ついにその気力も尽きてしまったらしく、長机に突っ伏したままピクリとも動かない。
この藤代の変わりようには当然のようにクラスメートも気づいたが、普段とのあまりの違いが恐ろしく、誰も近寄れなかったのだ。
もっとも。その理由を話すほどの気力も藤代にはなかったので聞いたとしても誰も理由は分からないままだったと思うが。
元気がない(いつも無駄なほどに元気がいいので)藤代を心配したのか、ただいつもとの違いが気になっただけなのか。
同じサッカー部の部員が少しビクつきながら次々と藤代に声をかける。
しかし、藤代はまるで死んでいるかのように突っ伏したまま。
いったいどうしたんだろうと皆が顔を見合わせたそこにこのサッカー部のキャプテンである渋沢が現れた。
「藤代、どうしたんだ?」
周囲に無言で頼むと言われ、渋沢は突っ伏してしまっている藤代に声をかけた。
だが、渋沢からの声にも死人化しているエースは反応しない。
いつもならテスト前であろうが何であろうが、部活のときは人一倍元気がいい藤代がこの状態。
しかも尊敬してる渋沢からの問いかけにも応えないなんて。これはどうやらかなり重症らしいとその場にいた全員が理解する。
さて、どうしたものかと皆で思案していたところに前触れもなくドアが開いた。
「すみません。遅くなりました」
入ってきたのは掃除当番で遅れた三上と笠井。
「ん?なにやってんだ、お前ら」
そんなところに集まって‥と輪の中を覗いた三上が止まるのと、突っ伏していた藤代が飛び起きたのはほぼ同時だった。
「三上センパ〜イ」
飛びつかんばかりの藤代に三上は冷たい視線を送りながら笑った。
「…藤代、忘れてねえよなぁ?」
口調はこのうえなく楽しそうだが、その目は決して笑っていない。
そのゾッとするほど綺麗な笑みはある意味恐ろしく、一番間近で見てしまった近藤にいたっては
藤代同様、まるで金縛りにかかったかのように固まってしまっている。
その様子を見て三上はフンッと顔を背けるとさっさと着替えて出ていってしまった。
「三上センパ〜イぃ‥」
三上が出ていった途端にシクシクシクシクと今度泣き出してしまった藤代を見て、その場にいたほとんどの者が溜め息を吐いた。
やっぱり三上(先輩)がらみか‥とどこか納得しながら。





「笠井なら何があったのか知っているだろう?悪いが説明してくれないか?」
渋沢が笠井に説明を求めると、笠井は用意していたように口を開いた。
「ことの始まりは昨日の夜のことです。もうすぐテストだから誠二と一緒に勉強しようってことになったんです」
一緒にというより俺が一方的に教えるだけなんですけどと溜め息混じりに付け足すことも忘れずに。
どの教科も大変だけど数学の範囲が一番広いから数学をやろうということになり、問題が生じた。
「じつは俺、他人に教えられるほど数学が得意じゃないんですよ」
俺、どちらかというと文系なんでと笠井は苦笑いした。
それで笠井は理数系ができるという三上に教えてもらおうと思い、 三上を呼びに廊下に出たら偶然そこに三上が通りかかった。
「よく三上に嫌がられなかったな」
他人に(しかも藤代に)教えるなんて三上なら絶対嫌がりそうなのに。
そう思った辰巳が笠井に尋ねると、笠井は少しきょとんとした。
「あぁ。それはもちろん、最初は嫌がられちゃいましたけど」
丁重にお願いしたら笑顔で受けてくれましたよと微笑む笠井の笑みに底知れぬ闇を感じた者が多数。
「な、なぁ、笠井。それで三上の教え方はどうだったんだ?」
話題をずらそうとしたのか、ただ疑問に思ったのだけなのか。(おそらく前者だと思うが)今度は近藤が笠井に尋ねた。
「得意って自分でも言ってるだけあって教え方はとても上手でしたよ。すごくわかりやすくて。
‥あれでわからなかったら救いようのないバカですね」
一度教えてもらいたいような‥でもそれでわからなかったら立ち直れなくなるような‥
複雑な思いが数学嫌いの間を行き交う。
「で、結局、藤代は三上に何をしたんだ?」
「それが‥‥」


「なんだ、藤代。お前やりゃあ出来るんじゃん」
全部あってるぜと驚いたような感心したような口調で小テストを採点し終わった三上は言った。
教え方のうまい三上に教えてもらってわからないほど藤代だって理解力がないというわけではない。
ただ予習復習を一切やらない&授業中は寝てるというだけで。
ここでまず述べておくが、普段の生活の中で三上が藤代を褒めるなんてことは皆無に等しいと言っていいほど珍しいことだ。
褒めるどころか逆に馬鹿にされ、冷たくあしらわれてしまうのが常である。
その三上がいつもより柔らかい笑みを浮かべて自分を褒めてくれた。
それが嬉しくて藤代が三上に抱きつくというのはある程度予測できたことだったのかもしれない。


「で、そのままコトが始まりそうな雰囲気だったんで俺は退散しようと立ち上がったんです」
それは賢明な判断だなと周りは納得したように頷く。
「でも三上先輩にしてみれば俺が頼みの綱じゃないですか。だから呼び止められちゃって」
それも三上にしてみれば当然の行動だなとまたまた頷く。


「三上センパ〜イ全部できたご褒美くださ〜い」
「なに言ってんだ、バカ。んなことよりとっとと離れろ!笠井も笑ってんじゃねぇ!」
「いいじゃないッスか。減るもんじゃないし」
俺、始めそのつもりだったし〜と言うと暴れていた三上がピタリとその動きを止めた。
「……つまりテメェはずっとこの機会を狙っていたと?」
「そんなのどっちでもいいじゃないッスか〜」
この時、藤代が遊び半分で三上の説明を聞いていたかというと決してそうではない。
三上が自分の成績を心配してくれていることや、その真剣さは教えてもらっているときに伝わってきていたのだから。
しかし三上に褒めてもらえた嬉しさで浮かれていた藤代はついいつもの調子で軽く返してしまった。
もう一方、藤代が思っていた通り三上は本気だった。
本当に藤代の成績を心配し、テストでちゃんと点数が取れるようにと本気で教えていたのだ。
ほえほえの藤代の一言に三上は…………キレた。
満身の力で藤代の腕を振り払い、立ち上がると、驚いている藤代をビシッと指差し言い放った。
「テストが終わるまでの10日間。この俺に一歩たりとも近づくな。指一本でも触れてみろ、もう二度と口きかねえからな!」


「というわけなんですよ」
自業自得というかなんていうか‥呆れたようななんともつかない表情で中西が呟いた。
「理由はわかった。だが一日であの状態じゃとても10日ももたないと思うんだが…」
未だ泣き伏したままの藤代をチラリと見ながら渋沢は思わず呟く。
「俺も一日でこんな状態だとは思ってませんでした。…まぁ、なんとかなりますよ」
笠井は任せてくださいと微笑むと、泣き伏している藤代の脇に立って話しかけた。
「誠二、早く着替えないと部活始まるよ」
ほら立ってと腕を掴み立たせようとするが、藤代はふるふると首を振るだけで全然立とうとしない。
「部活やりたくないの?」
「やる気しないもん‥」
小さな涙声で言う藤代を笠井は冷めた目で見ていた。
「そう。誠二は三上先輩のパス、受けたくないんだ?」
突っ伏したままでもわかるほど三上という単語にあからさまに反応を示す。
「数少ない三上先輩との時間なのにね。まぁ、やりたくないんじゃ仕方ないよね」
俺、キャプテンに言っておいてやるよと笠井が藤代に背を向けかけたとき、
ガバッと効果音がつきそうなくらい勢いよく藤代は飛び起きた。
笠井を見上げたその瞳はまだ濡れていたが別の意味でキラキラと輝いていて。わざわざ口に出さなくてもわかる。
藤代 誠二復活。
「誠二、部活始まるよ」
笠井の言葉に藤代は何も言わず大慌てで着替え始めた。
その様子をほらねといわんばかりに笑った笠井にさすが同室者だなと感心した者は数知れず。
















中間テストの最中に浮かんだのに忘れてたネタ。
今はいいとしても、部活がなくなるテスト一週間前になったら藤代くんはどうやって生きていくんだろう‥

2002/07/02



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