すべてがわかっていても 納得できないことがある

無理を知っていても 手に入れたいと思うことがある


















暗闇の中に聞こえる木の鳴く音。重なって響くのは濡れた音。
そして荒い息遣いと三上のせつないなき声。
突き上げられる度に縛り上げられた手首が三上に痛みを訴える。
「はっ…あ…あ……んんっ…」
三上は抵抗することもできず、その甘い嬌声を殺すこともできず、ただ藤代の熱を体内に受けとめる。
誤魔化すことのできない涙を誤魔化そうと、余裕を与えないために藤代はがむしゃらに突き上げる。
微かに上気し、月明かりに浮かび上がる三上の裸体はぞっとするほど綺麗だった。





時計の音と小さな寝息が広くない室内を支配する。
暗闇に慣れてしまった目は今の時刻を正確に教えてくれた。
もちろん消灯の時刻はとっくに過ぎている。
笠井はうまく誤魔化してくれただろうか?
藤代はごめんと届かない謝罪の言葉を口にした。
自分は笠井たちの自分への好意を利用している。わかっていてもどうしようもない。
彼らに好意をよせているけれど、それは恋愛としてではない。だから気持ちに応えることはできない。
隣で寝ている愛する人が自分に応えられないように。
もちろん。だからといって彼らを利用していいという理由にはならない。謝罪しても許されない。
藤代はもう一度ごめんと謝って起きる様子のない三上に視線を移した。
まるで闇に溶け込むかのような漆黒を少し指先で弄ぶ。
絡まることなくサラサラと音をたてて逃げていく黒髪はどこか冷たさを感じさせ泣きそうになる。
どうしてだろう。
どうして手の届かないものを人は求めるんだろう。


どうして?
俺のほうが先に出会ったのに。
俺のほうがずっとずっと想っているのに。
どうしてっ……!


「‥なんて顔してんだよ」
いつの間に起きていたのか、はじめから寝ていなかったのか。
三上の口調は寝起きにしては随分とはっきりとしていて。
それが三上の意志の強さみたいに感じてまた泣きそうになる。
「先輩、起きていたんすか」
先刻より明らかに沈んでいるのは自分でも分かった。
無理やり作った笑みが苦笑いになっているだろうということも。
でもいつもどおり繕えるほどの余裕が今の藤代にはない。
「なんて顔してんだよ。だいたいお前が悲しむのはおかしいじゃねぇか。泣くのは俺のほうだろ?」
これだけ好き勝手されてさといってからだを起こした。
そして解かれた戒めに気づくと、赤くなってしまった手首をぺろりと舐める。
ゆっくりと。ゆっくりと。傷を癒すように。魅せつけるように。
たったそれだけの仕草にどうしようもなく煽られて。
楽しそうな笑みを浮かべる確信犯に、藤代は悔しそうに呟いた。
「アンタは…憎らしいほど綺麗っすね」
いっそのこと嫌いだと突き放してくれれば楽かもしれないのに残酷なほどに優しくて。
まるで透明のよう。
なによりも弱い色なのに決して他者に染まることはない。
気高いという言葉がピッタリなほどの透きとおる氷のような冷たさ。
「今さらわかったのかよ」
やっぱお前はバカ代だなと笑う三上はいつもの三上と変わらない。
手早く散らばった衣服を身につけると、じゃあなといって藤代に背を向けた。
去っていく背中をどうしてもこのまま手放したくなくて。繋ぎとめていたくて。
肩をつかみ、力任せに壁へ押しつけた。
首に回された指先にどんどん力が加えられていく。


手に入らないならいっそ…


そう思って一層手に力を入れたとき、三上がうっすらと瞳を開いた。
だらりと腕は伸ばしたまま抵抗する気配はなく、口元にはいつもと変わらない人を馬鹿にしたような笑みを浮かべて。
「殺しても‥いい、ぜ‥‥」
三上の声じゃないみたい。半分かすれたような声で告げられて藤代はパッと手を放した。
それを合図に三上が勢いよく咳き込む。座り込んだ三上の横顔は月明かりに照らされていて。
三上の白い首を見て、指の後がくっきりと残っているんだろうなと思った。
「‥なんで、手を放したんだ?」
呼吸がある程度ととのったあと、三上は壁につかまりながらよろよろと立ち上がった。
「俺を、殺したいんじゃねぇのかよ?」
「殺したいっすよ。アンタは本当に‥殺したくなるほどムカツクから」
心の底から憎らしそうに言う藤代の答えに満足だったのか。
三上は今日初めての笑みを向け自分の唇を藤代のそれに重ねた。



「――――――」



喉もとまで出かかった言葉は消え、伸ばしかけた手は元の位置に戻る。
楽しそうに笑ったまま去っていく背中を今度はひき止めることができなかった。
さっきだって出来てはいなかったのだが。
藤代はただ無言で三上の影を、ドアを睨みつけて考えていた。



彼の中に何か残るものがあったのだろうか?
自分は彼に何かを残すことができたのだろうか?
開くことができる扉の向こうにその答えを求めながら、自分はこんなにもその答えに怯えている。
唇に甘い余韻が残るまま、行き場のない辛さが雫となって頬を伝った。







月に魅せられた者は 届かない虚空に向かって涕を流し

先の見えぬ漆黒の中で 最初で最後の愛の言葉を述べる



「殺したいほど―――――」
















始めはオプションなし。藤代くんの強引さ、酷さを出すためどんどん道を外れて‥

2002/06/30



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