ぼくのビューティー 2

 ボクのクラスに、季節はずれの転校生が来た。
 中学2年生の秋のことだ。
 転校生は女の子。
 髪が長くて色が白くて背が高くて、そのころ人気のあったアイドルにちょっと似てた。
 黒板の前に立つ彼女を、先生が紹介している間にも、男子はもう大騒ぎ。
 休み時間には、他のクラス…だけじゃなく、他の学年からも見物が遠征に来るくらいだった。



「お前のクラス、転校生来たんだって?」
 帰り道、修ちゃんがボクに聞いた。
 校則では禁止されてるけど、2人でコンビニに寄り道した後で。
 コンビニに寄った狙いは今シーズン初の中華まん。
 でも、まだ出ていなかったから、修ちゃんは鶏の唐揚串、ボクは牛肉コロッケを買った。
 家までの道を、わざわざ遠まわりして歩きながら、
「うん、そう。女の子だよ」
 ボクが答えると、修ちゃんは自分で聞いたくせに、「ふーん」と気のなさそうな反応をした。
「お前の一口くれ」
 そう言って、唐揚串の先の方をボクにつき出す。
 危ないなあ、ってボクは思いながら、でも、何だか嬉しい。
 唐揚とコロッケを交換して食べながら歩いていると、修ちゃんがふと立ち止まった。
「どうしたの?」
 ボクが振り返ると、修ちゃんはうつむく。
 ボクと視線を合わせないようにして、
「かわいんだって?」
 その転校生。
 ぽつんと言った。



 かわいい。
 ボクは、修ちゃんの口から出たその言葉を反芻する。
 かわいかったかな。
 どうだろう?
 遠征に来た先輩の中には、うちの学校で一番って言ってる人もいたから、かわいかったのかもしれない。
 ボクがそう言うと、
「お前はどう思ったんだよ?」
 修ちゃんは言った。
 ボクは、転校早々男子生徒に取りまかれて困惑気味だったあの子と、修ちゃんを頭の中で並べてみた。
 修ちゃんより彼女の方が身長は高いけど、すごく似合う。
 美男美女だ。
 もしかしたら、修ちゃんもあの子に興味があるんだろうか。
 でも、片手にボクと交換したコロッケを持ったまま、下を向く修ちゃんを見ていると、そうじゃないってことが鈍いボクにも分かった。
「お前も、かわいいって思ったのか?」
 修ちゃんの思いつめたような声。
 ひとまわり大きいサイズの学ランを袖まくりして、肘より下の腕が細い。
 この腕からどうして強いパンチが出るのか、ボクには不思議でたまらない。

 修ちゃんの方がかわいいよ。

 そのとき、ボクはそう言いたくなったんだけど。
 言いたいんだけど、言葉が喉につかえてどうしても出ない。
 頬があつくなる。
 ボクが黙っていると、やがて、修ちゃんは焦れたように顔を上げた。
 不機嫌そうに唇をとがらせて、ボクを見る。
 大きな目がキラキラしてた。
 本当に、ボクが映ってしまうのが勿体ないくらい、キラキラの目だ。
 その目に見られて、今度はボクがうつむく番。
「千秋」
 下を向くと、修ちゃんがボクを呼んだ。
 昔から呼ばれ慣れてる名前なのに、どうしてか胸がドキドキした。
 足元には、アスファルトじゃなくて乾いた土。
 2人で歩いて、いつのまにか川の方まで来てしまったことにボクは気づいた。
 そういえば、こころなしか風もつめたい。
 顔を上げて周りを見ると、ボクらの他には誰もいなかった。
 土手の向こうから、水門に川の流れの当たって砕ける音だけが聞こえる。
「千秋」
 修ちゃんがもう一度ボクを呼んだ。
 修ちゃんの目にボクが映る。
 頬があつい。
 風がつめたい。
 言うなら今しかないと思った。






 時は流れて、ボクらは高校生になった。
 今日は黒焚連合の幹部会で、隣町まで遠征。
 いつもの「ミルク」に入ると、もう皆集まってた。
 と、思ったら肝心の総長がいない。
「ブルは?」
 サングラスを外しながら修ちゃんが聞くと、
「あのバカなら」
 片思い中の女の子に会うため、彼女のバイトしている駅ビルの本屋に寄ってから来るらしい。
 マルケンがコーヒーを啜りながら答えた。
 仮にもトップをバカ呼ばわりできる連合は、傍から見ると、どうなのそれは?なんだろうけど、何て言うか、ブルならそれでいい。
 バカ呼ばわりされたくらいで、ブルの格が落ちることはない。
 ボクらと同い年だけどすごい人だ。
 昔から、ボクがどれだけ言っても直らなかった修ちゃんのすぐにカッとなる癖は、ブルに出会って嘘みたいに直った。
 今となっては、それが少し寂しくもあるけれど。
「あいつも懲りねーな」
 修ちゃんが笑いながらソファに腰をおろす。
 ボクも隣に座った。
「うまくいくと思うか?」
 ボソッと石川くんが言った。
 昼下がりの「ミルク」。
 サントリーの保冷庫とテレビにはさまれた一角に、重い空気が満ちる。
「…無理だろうな」
 沈黙を破ったのは、修ちゃんの声だった。
 おもむろに立ち上がると、保冷庫を開けて、缶と瓶を1本ずつ取り出す。
 瓶の方はボクに放ると、プルタブを抜いて缶をあおった。
 オレンジだ。
 キャッチした瓶の栓をボクは抜いた。
 栓抜きは使ったことがない。
「無理かな?」
 オレンジジュースを一口飲んで、ボクが呟くと、皆は再び黙りこんだ。
「無理だろ」
 次に沈黙を破ったのは、猛くんの声。
 革っぽいビニール張りのソファの、背もたれを叩く。
「オレらもその本屋行ったことあんだけどよ…」
 遠くを見るように上を向いた。
「すっげーかわいい子だったぜ」
「すっげーかわいいのか…」
 猛くんが言うと、カクケンが肩を落としてため息をついた。
 じゃあもう絶対に無理だろうな。
「何て言ったっけ、あの、最近あんまテレビ出ねーけど、あの子に似てる」
 何だっけ、と猛くんは弟を振り返る。
 剛くんは、猛くんと同じように天井を見上げて少し考えた後、何年か前に大人気だったアイドルの名前を口にした。
 ボクは思わず修ちゃんと顔を見合わせる。
 まさかね。



 中2の秋に、ボクのクラスに転校してきた女の子は、中3になると同時に隣の市へ再び転校していった。
 隣の市、つまりここだ。
 転校当初、そのかわいさが全校で噂になった彼女は、その後、修ちゃんとちょっと仲良くなった。
 別につきあってたとか、そういうのじゃないみたいだけど。
 マンガや小説が好きだっていうその子から、修ちゃんはおすすめの本を借りてよく読んでいた。
 退屈しのぎ、って言ってたけど、本当のところは分からない。
 でも、高校生になってから、黒焚連合に入る前にも、退屈だ退屈だってよくぼやいてたから、本当かもしれない。
 修ちゃんは退屈が嫌い。
 「退屈だと余計なことばっか考えるから嫌」らしい。
 だから今は楽しいのかな。



「そういえば、オレ、写真持ってますよ」
 そんなことを考えてると、焚谷のマサルくんが言った。
 マサルくんは、今日こそは1人で行って彼女に話しかけるというブルに追い払われて、ひと足先に「ミルク」に来た。
「何で!?」
 マルケンが勢いこむ。
「アニキに撮れって言われて…く、苦しい…」
 マルケンに襟首をつかまれてガクガクと揺すられる。
 マサルくんは顔を真っ青にしながらも、ポケットに手をつっこんで、1枚の写真を取り出した。
「見せろ!!」
 カクケンが、マサルくんの手から写真を奪い取る。
「あ!ホントにすげーかわいい!」
「マジかよ!?」
 真ん中のテーブルに置かれた写真に、皆がワッといっせいに群がる。
 さっきまでの沈黙が嘘みたいに。
 黒焚連合の幹部っていっても、ボクたちはしょせん男子高校生だ。
「かわいいなあ!かわいーなあ、オイ!」
 マルケンが興奮して叫びながら、マサルくんの背中をバシバシ叩いた。
 咳きこむマサルくんの頭をゴンゴン殴る。
 興奮が伝染したのか、八木沢くんと平島くんもなぜか殴り合いを始めた。
 ボクは、修ちゃんと一緒に、殴り合う2人の肩ごしにその写真を見た。
 修ちゃんがボクを振り向く。
 まさか、が本当になった。
 あの子だった。



「かわいいよ…畜生」
 写真を手に取って、カクケンがしぼり出すみたいな声で呟く。
「無理だよ、ブル…」
 声にならない声でそう言って、片手を目に当てた。
 一般的には、不良は女の子から好かれるらしい。
 いつか修ちゃんのお姉ちゃんから聞いた話だ、もてるらしい。
 でも、ここにいる皆は、なぜか女の子に縁がない。
 全員それぞれの学校のトップ、特に八木沢くんとか、もてそうなのに不思議だ。
 それに修ちゃんも。
 そう思って修ちゃんを見ると、修ちゃんもボクを見てた。
 最近、修ちゃんはいつもサングラスをかけてるから、目と目を合わすのは久しぶりだ。
 相変わらず大きな目で、修ちゃんはじっとボクを見てた。
「千秋」
 皆が騒ぐ中で、小さいのによく通る声でボクを呼ぶ。
「かわいんだって」
 修ちゃんはそう言って、近ごろあまりしない、唇をとがらせて拗ねたような顔をした。
「お!ブルが来たぜ!!」
 「ミルク」の窓から外を見て、マルケンが叫ぶ。
「あー、落ちこんでるな…」
「やっぱ駄目だったんスかね…」
 慰めようかどうしようか、とりあえずこの写真をしまえ。
 石川くんとマサルくんが口々に言い合う。
 でも、ボクは、その全部が聞こえないような気分で、
「お前はどう思う?」
 修ちゃんに言われて、修ちゃんの目にボクが映って、頬があつくなる。

 修ちゃんの方がかわいいよ。

 さすがにここじゃ言えない。
 けど、今日の帰り道で言おうと思った。




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 SLの「raspberry belle」を聴いていたら書きたくなりました。
 前の「ぼくのビューティー」の続きではありませんが、趣旨は同じなので2です。
 修ちゃんが千秋に対して当社比ちょっと強気です。
 鴉で最初に読んだのが、キーコVS平島で始まる10巻だったため、鈴蘭と同じくらい実は黒焚が大好きです。
 それだけに、最悪は悲しい。
 2代目黒焚も、信ちゃん勇ちゃんだけでご飯が何杯でも食べられますよ!
 オレらの2代目の最初で最後になるだろう敗北を見とどけますよ!






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