竜也様がみてる






 鈴蘭男子校の卒業式から十日後の午後三時。
 護国神社で、春道は、リンダマンと喧嘩をした。
 一対一の、いわゆるタイマン。
 二人の喧嘩は、激闘の末、リンダマンが春道を下して終わった。
 気を失った春道を肩に担ぎ、リンダマンが去っていく。
 その後ろ姿を、たくさんの男たちが見送った。



 その直後のことだ。
 神社の外で見張りをしていた中学生が、「マッポが来たぞ!」と叫びながら境内に駆けこんできた。
 集まった不良少年たちの大半は、それを聞き、慌ててその場を去った。
 まるで、蜘蛛の子を散らすような光景だった。
 が、どんな集団にも例外はいる。
 「アニキ、行こうぜ」と弟の秀幸が言い、「竜也さん、行きましょう」と松田が言う。
 しかし、美藤竜也は、吸っていた煙草を足元に捨てると、なぜか木立の方に足を向けた。
 悠然とした歩調だった。
 木立の方には、一人で来ていた阪東がいる。
 「マッポが来たぞ!」後の他の男たちの動きと、対照的にゆったりとした竜也の動き。
 それが顕著だったせいだろう、数人が、逃げる途中でそちらに目をやった。
 そして、次の瞬間、全員がそろってギョッとした顔をして、一緒に来ていた友達や周りの人間を呼び止めた。
 美藤竜也が、阪東秀人に向かって歩いていく。
 数か月前、この二人が戦った。
 その事実を知らない不良少年は、この街にはいない。
 リベンジ・マッチか、いやアレ美藤が勝ったんだろ、じゃあリベンジはおかしいか……。
 ざわめきが広がる。
 元々、春道とリンダマンの喧嘩を見に集まっていたような、血の気の多い男たちである。
 足を止めた誰もが、その瞬間、「マッポが来たぞ!」を忘れ、二人の対峙を見守った。
 辺りに緊迫した空気が漂う。
 「竜也さん」と踏み出そうとした松田の肩を、秀幸がつかんで止めた。
 竜也が近づいてきたことに気づいた阪東も、組んでいた腕をほどき、そちらの方に体を向けた。
 近くで見る人間がいれば、阪東の口角が上がり、この男が笑ったことに気づいただろう。
 阪東も、春道とリンダマンの喧嘩を見て、やはり頭に血が上っていると見えた。
 「何だテメー」と低くつぶやく。
 そんな中で、竜也はと言えば、周囲の緊張にも、阪東が臨戦態勢を取ったことにも、まるで気を留めていないように見えた。
 相変わらずゆっくりと歩いて、阪東が立っている位置から、数メートルのところで立ち止まる。
 やはり悠然と周囲を見回し、「アイツはもういねえのか」と言った。
 「馬鹿にしてんのか」と阪東が、その竜也の行動を見て言う。
「いや……」
 竜也は、そう言って首を横に振り、再び歩を進めた。
 阪東の前に立つ。
「……」
「……」
 二人は無言で見つめ合った。
 阪東は闘争心を隠すことなく、竜也はクールな表情をまるで崩さず。
 周囲の不良少年たちが、固唾をのむ。
 先に動いたのは竜也だった。
 どこか優雅にも見える動きで、片手を上げる。
 阪東が構え、しかし、竜也の手は阪東に向かうことなく、何故か自分が着ているGジャンの胸ポケットに伸びた。
「これ……」
 そして、ポケットから取り出した一枚の小さな紙を、阪東に差し出す。
 「やるよ」と言って、差し出された物に、阪東は視線を落とした。
 今度こそ、遠目にも鮮やかな表情の変化だった。
 阪東は瞠目し、何故か、とてもバツの悪そうな顔をした。
「……何のつもりだ?」
 阪東が言う。
「ああ、見舞いっていうか……いや、餞別だな」
 竜也は首を傾け、少し考えるような素振りを見せると、言った。
「お前も卒業だろ」
 「リンダマンとタメなら」と言う竜也を、阪東は睨みつけた。
 「要らねーんなら、いいけど」と引かれる手から、「要る!」と紙をひったくる。
 ひったくって、阪東は、革ジャンの下に着たシャツの胸ポケットに、その紙を大切そうにしまった。
 その様子を、竜也がおもしろそうに見ていた。
 周囲の不良少年たちは、突然の二人やり取りを、ポカンとして見ていた。
 何なんだアレは、というようなことを言い合い、どうやら喧嘩にはならないらしい、ということだけは彼らにも分かる。
 夢から覚めたように一人去り、二人去り……ほどなく、護国神社の境内には、誰もいなくなっていた。
 「マッポが来たぞ!」から、およそ十分後。
 けたたましくサイレンを鳴らし、ようやくパトカーが到着した頃には、もう誰も。
 もちろん、竜也も、阪東も逃げていた。



「なあ、アニキ、あれ何だったんだ?」
 帰り道で秀幸が聞く。
 あれ、と言われてピンと来ていない様子の兄に、「阪東に渡したやつ」と言った。
「ああ」
 竜也は頷いて、「写真だ」と答えた。
 何の写真だ?と秀幸は首を傾げる。
 自分たちと阪東は、強敵と書いて読む以外の意味で、友達ではない。
 一緒に写真を撮るような機会が、あるはずもない。
 竜也は、ピンと来ていない様子の弟を見て少し笑い、「掲示板に貼りっぱなしになってただろ」と言った。
 前の喧嘩のときの、鈴蘭や黒焚の幹部たちの写真が。
 そう言われて、秀幸は、「ああ」と頷いた。
 しかし、まだ腑に落ちない。
 かつて鈴蘭最大派閥のボスだったとはいえ、当時の阪東は、秀幸たちの意識の外にいた。
 鈴蘭の戦力には入っていない、要は退学したと思われていたのだ。
 掲示板にズラリと並んで貼られた写真。
 鈴蘭の主だった面子、坊屋春道、桐島、杉原、本城……と秀幸は順に思い出す。
 あの中に、阪東はいなかった。
「でも、阪東の写真なんかなかっただろ」
 そう言った秀幸に、竜也は、「お前は甘いな」と言った。
「男が自分の写真なんか欲しがるか」
 そう言って、煙草に火をつける。
 竜也は、夕暮れの空に向かってフーッと煙を吐いた。
 その背中からは、いいことしちゃったな、オレ、という気持ちがあふれ出ている。
 上からものを言われて、相手が身内とはいえ、秀幸はさすがにムッとして、
「じゃあ誰の写真なんだよ」
 拗ねたように何度聞いても、もう兄は教えてくれなかった。






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ヒロミの出てこない阪ヒロ。竜みて。
12巻の41話に出てきたヒロミの写真がよく撮れていたので。あの写真、その後どうなったんだろう、と考えていたら、こういう話になりました。
捕まったら本当にマズそうな県南の二人と一緒にいた武装の皆さん、警察が来る→逃げるの流れにはすごく慣れていそうな鈴蘭の皆さん(阪東除く)は、既にこの場にいません。
人数の多い黒焚はまだ残っていそうなので、竜也さんにおかれましては、黒焚の皆さんにも写真を配っても……いいんですよ?
15巻で、各勢力の皆さんが、仲間同士連れ立って護国神社に集まってくる中、見開き使って一人で現れる阪東に、申し訳ないけれど笑いました。あれはいい。先輩は本当にかっこいい。






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