電車帰り






 帰り道の電車で、阪東は子供を見た。
 その日は、バイクで行けないバイトに行って、その帰りだった。
 窓の外が夕焼けの色に染まる。
 子供は、阪東の向かいの席に座っていた。
 男の子だった。
 都内を出て、そろそろ空き始めた車内で、暇つぶしに開いた携帯電話の時計は午後六時。
 曜日は日曜日だった。
 休日に遊び疲れたのか、少年はよく眠っていた。
 父親らしき男が隣に座っていた。
 男の膝に崩れるような姿勢で、寝息を立てている。
 目を留めた切欠は分からない。
 けれど、いったん意識すると、もう視線を離せなくなった。
 白い腕と細い足。
 座席に投げ出された未発達なそれらを、じっと見つめる。
 俺は変態か、と背筋が寒くなる。
 それでも視線を外せなかった。
 寝ている少年はもちろん、隣の父親よ気づいてくれるな、と思った。
 胸の中に、ほとんど生まれて初めての勢いで、罪悪感が広がる。
 子供の顔は見られなかった。
 休日の夕方、電車は進み、停車した駅でまた少し乗客が多くなる。
 少年は、まだ目を覚まさない。
 阪東は、一人唇を噛む。
 子供の足を見つめ、腕を見つめ、俺は変態だ、とまた口には出さずつぶやく。
 拷問のような時間は、しかし、電車が次の駅の近くまで進んだところで終わった。
 停車駅を告げるアナウンスが流れ、父親が子供を起こす。
 肩をつかんで揺り起こされながら、

「もう着いたの?」

 眠たげに眼をこすりながら、男の子は言った。
 言いながら顔を上げ、目が合う。
 少年は、対面の柄の悪い男と目が合うと、驚いたような顔をした。
 阪東も驚いた。
 思わず口を開きかけ、しかし、次の瞬間、電車は駅に着いた。
 少年は、父親に急かされながら降車していった。

「ヤバかった……」

 人波の中で、小さな背中が完全に見えなくなったのを確認して、阪東はつぶやく。
 今度は声に出して言った。
 親子のいた席には、入れ替わりで年配女性の二人組が座った。
 彼女たちはお喋りに夢中で、阪東のつぶやきになど気づかない。
 再び走り始めた電車のシートにもたれ、上を向く。
 「ヤバかった」ともう一度つぶやいた。
 大きく息を吐く
 この場合の「ヤバかった」は、良かったと同義だ。
 あるいは安心した、と。
 妙な罪悪感になどかられずに、もっと早くにあの子の顔を見ておけば良かったと思った。
 向かいの席で、驚いたように自分を見た、子供の顔。
 色が白く、つるんとしていて、目も鼻も口も小さい。
 薄い眉と、それを顰めてこちらを見るときの表情が。
 そういった性癖が、自分にあったわけではないと安堵する。
 少年の顔は、ヒロミにそっくりだった。



 阪東は、上京して最初に住んだアパートに、ずっと住んでいる。
 最初は一人暮らしで、今は二人。
 部屋に戻ると、ヒロミが寝ていた。
 この時間から、と暮れたばかりの窓を眺める。
 頭の冷静な一部分は、ヒロミのバイトのシフトのことを思い出し、けれど、冷静でない大部分は、妄想じみた考えを捻り出す。
 ヒロミの寝顔を見て。
 ヒロミは、いつになく安らかな顔で寝ていた。
 その表情を間近に、俺を待っていた、と。
 そう思う。
 枕元に膝をつき、ヒロミの顔に手を伸ばした。
 触れた指先に凹凸の感じられない、つるんとしたヒロミの頬を撫でる。
 伏せられた目元、結ばれた口元が、うっすらと笑ったような気がして、やっぱりな、と阪東はつぶやく。
 薄い上掛けをめくると、電車の中で見た、あの少年の足のように、白いヒロミの足があった。
 どれだけ見つめても、罪悪感など微塵もわかない。
 当たり前だ、俺のものだ、とヒロミの頬から、足の方に今度は手を伸ばす。
 内腿の皮膚を撫でると、ヒロミがきゅっと眉根を寄せた。

「ン……」

 ヒロミの口から、鼻にかかったような声がもれる。
 薄闇の中でも白い、ヒロミの肌の感触を、手の平で味わっていると、自分がどんどん昂っていくのが分かった。
 未発達な細い足より、筋肉に覆われた硬い足の方が、ずっと興奮する。
 やっぱり俺は変態じゃなかった、と改めて安堵した。
 きっと、ヒロミが起きていれば、別種の変態だと指摘しただろう。
 でも、今は寝ている。
 阪東は、心置きなくヒロミの顔を眺めまわした。
 単に見た目のことを言えば、見れば見るほど、電車の中で見た子供とヒロミは似ていた。
 寝顔は普段よりあどけなく見えるせいかもしれない。
 普段の、起きているときのヒロミは、と言えば、あどけないなんて印象とはまるで無縁だ。
 目つきが悪く生意気で、阪東自身も他人のことは言えないが、大変に柄が悪い。
 そのくせ頭の回転が速く、変に冷静で、怒り以外の感情を面に出すことは滅多にない。
 それは、初めて会った頃からそうだった。
 高二の進級時に鈴蘭に転校した阪東が、初めて会ったヒロミは、十五歳の高校一年生。
 そのときのヒロミは、もう今のヒロミだった。
 黒髪のリーゼントに、眉毛を落とした顔。
 どこからどう見ても立派なヤンキーで、更生など今更誰が期待するのかという感じ。
 阪東が知っているのは、初めて会ったときから今に至るまで、全てそういうヒロミだった。
 そうなる前のことなど、意識したこともなかった。



 それが、ついさっき。
 阪東は、電車の中で、ヒロミに似た少年を見た。
 似ていたな、と思いながら帰り道、駅からの道を辿りながら、ふと考えた。
 ヒロミにも、ああしたときがあったはずだ。
 阪東の知っている、十五歳のヒロミ。
 それより以前、まだグレる前の、阪東がそれしか知らない、こうなる前のヒロミのことを。
 考えて、無性に腹が立った。
 理由は、とても簡単で、自分の知らないヒロミがいる、と。
 そう考えたら、もうダメだった。
 歩きながら、腹が立って腹が立って仕方がない。
 帰りの電車の中で、まさか、俺は性的な意味で子供が好きなのか、と一時でも不安になってしまった。
 だから、その八つ当たりも含めて、今日はもう絶対に抱いてやろうと決めていた。
 阪東は、ヒロミの足を撫でていた手を離し、一度立ち上がると服を脱いだ。
 横たわったヒロミの上に覆いかぶさる。
 よっぽど疲れているのか、服の上から体に触れても、ヒロミは目を覚まさない。
 阪東が服を脱がせようとすると、うるさそうに腕を払った。
 そんな反応は、普段なら腹が立つが今日は立たない。
 その前にすっかり腹を立てきってしまっているから、というのもあるが。
 阪東は、ヒロミの服を脱がせると、剥き出しになった足、そして、腹を撫でた。
 そして、頬に口づける。
 性急にことを進めるつもりはなかった。
 それは、ヒロミが寝ているから、ではなく、帰り道にもう決めていたことだ。
 夕暮れの道を歩きながら、電車の中で見た子供の顔を思い出し、何度もつぶやいたこと。

「俺の知らねえヒロミがいる」

 つぶやくごとに腹立たしさと、更に比例するように欲望がこみ上げる。
 だから、今日は絶対に抱いてやる、と。
 そう決めた。
 ゆっくり、ゆっくりと、最終的には手酷く抱いてやる。
 今ここにいるヒロミと一緒に、もう手の届かない過去も、余すことなく自分のものにするような。
 そんな抱き方でなければ、満足できない。
 阪東は、呼吸に合わせて上下する、ヒロミの腹を撫でた。
 手の平を押しつけ、ヒロミの無意識に、己を刻みつけるように触れる。
 同じ場所ばかり執拗に撫でていると、やがて、ヒロミが声を上げた。
 甘えたような、鼻にかかる声に、思わず笑みがもれる。
 閉ざされた瞼がピクリと動き、阪東は、ヒロミの顔に顔を近づけた。
 もうすっかり日は暮れて、部屋の中は暗い。
 灯りも点けていないから、そんな部屋の中で、これから起こるヒロミの表情の変化をつぶさに見るためだ。
 一つも見逃したくない。
 そっくりそのままとは言わないけれど、きっと、自分の知らないヒロミが、今のヒロミになる過程を目にすることができる。
 阪東にとって、一瞬が永遠のように感じられる時間だ。
 そして、目覚めたヒロミに、一番最初に言うセリフは、

「お前のすべてが欲しい」

 もう決めている。
 きっと、電車で見た少年と同じ年頃には、とても賢い子供だっただろうヒロミには、その言葉だけですべて分かるに違いなかった。






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ひとつ前にアップした「ring」とは逆に、今度はヒロミが寝っぱなし。
グレる前の先輩やヒロミがどんなだったのか、とても気になります。






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