明日死ぬ虫の交尾






 中出しした。
 誰の中か、といえば、ヒロミの中だ。
 初めてじゃなかった。
 初めてじゃない、けれど、めずらしいことだった。
 ヒロミは、阪東の下で忙しく呼吸している。
 阪東の視線に気づくと、少しだけ顔をゆがめた。
 怒っているようにも、また、笑っているようにも見える表情だった。



 ヒロミの中で、一度出した阪東は、けれど未だ力を失わず、疲れマラってすげえな、と阪東は思う。
 めずらしく、久しぶりに、阪東はヒロミに中出しした。
 それは、お互いハードな仕事が続いて、珍しく何週間も交わることがなく、要するに余裕がなかったせいだ。
 仕事といっても、二人の本業……いつか本業と胸を張って言いたい音楽ではなく、各自肉体労働系のアルバイト。
 それが終わって、家に戻ったのが数時間前。
 家にはヒロミがいた。
 ヒロミもバイト上りのようだった。
 よほど疲れていたらしく、洗い髪にタオルを被り、座卓に突っ伏して寝ていた。

「おい」

 阪東は、寝ているヒロミの肩を揺すった。
 やりたくて起こした訳ではなく、この時点では少なくともそうではなく、別の理由があった。



「毎日来れねえかって言われたんだ」

 寝ぼけ眼をこするヒロミに、そう言った。
 今日のバイトが終わって、帰ろうとしているとき、阪東は、現場の責任者に呼び止められた。
 定期的に入っている現場で、責任者の男は、阪東の仕事ぶりをひとしきり褒めた後、そう言った。

「毎日?」

 ヒロミが復唱する。
 阪東が頷くと、いきなりキレた調子で、ハア?と来た。

「バンドどーすんだよ?」

 伏せていた顔を上げると、被っていたタオルが落ちた。
 ヒロミは、濡れたままの頭を掻きむしる。

「心配いらねえよ」

 阪東は答えた。
 ずっとって訳じゃねーし、しばらくだよ、しばらく。
 そんな風に言いながら、実のところ、そうでもねえだろうな、と阪東は思っていた。
 えらいオッサンは、阪東に、要は正社員になれ、と言っているようだった。
 このご時世に、奇特というか、何と言うか、ありがたい申し出だった。
 が、阪東は即答を避けた。
 とりあえず、ヒロミに話そうと思ったのだ。
 相談しようそうしよう、というアレだ。
 そんなことは初めてだった。
 いったん保留にさせてくれ、と阪東が言うと、責任者の男は、カミさんに相談か、と言った。
 違う、と言い張るのも変な気がして、そんなもんッス、と答えた。

「お前、カミさんがいるならな、尚更ちゃんとした方がいいぞ」

 そんな頭も止めて、な!とえらいオッサンは、阪東の肩をぽんとたたき、余計なひと言を添えて、去っていった。



 その辺りの経緯を、阪東は、かいつまんでヒロミに話した。
 さすがにカミさん云々のところは伏せたが。
 話し終えると、ヒロミは眉根を寄せた。
 バンドどーすんだ、とさっきと同じことを繰り返す。
 どーもなんねえだろ、と阪東は思った。
 現在、バンドは開店休業状態である。
 理由は例によって、二人を除く全てのメンバーが抜けてしまったこと。
 抜ける際のゴタゴタで、世話になっていたイベンターにも不義理をして、次のライブの目途も立っていなかった。
 ヒロミの視線を避けて、部屋の隅を見ると、ギタースタンドに据えられた愛器があった。
 愛器、といって、実はもう一週間も触っていない。
 ケースに入れときゃ良かったな、と思う。
 ヒロミは、勘がいい。
 視線を避けた阪東が何を見ているか、すぐに気づいたらしい。

「触ってやれよ、お前のギブソン、ほこり被ってんじゃん」

 そう言って、嘲るように笑う。
 確かめるまでもなく、笑う目の奥は、笑っていなかった。

「ギブソンじゃねーよ……」

 答えながら、阪東は項垂れる。
 挑発半分の冗談に、乗る気も起きなかった。
 分かっている、俺は。
 前の見えない状況の中で、楽な方に逃げようとしているだけだ。

 自分でもそれが分かっていたからこそ、阪東は、その場で誘いに飛びつかず、持ち帰ってきた。

「阪東」

 ヒロミが呼ぶ。

 じゃあどーすりゃいいんだ。

 そう思いながら、阪東は、声のした方に手を伸ばした。
 喉元の皮膚に指が触れ、顔を上げるとヒロミと目が合う。
 突起した骨を指で押した。
 阪東、と今度は咎めるように呼んだヒロミに、どーすりゃいいんだ、と阪東は思う。

「このままじゃ、お前までダメにするんだ、俺は」

 言い訳のように言って、阪東は、一年前と比べて、だいぶ削げたように見えるヒロミの頬に触れた。
 ヒロミは、一瞬、泣き出しそうに顔を歪めた。
 ぎゅっと唇を噛みしめ、喉元から頬へと移った阪東の手を払う。
 弱気に……と言いかけて止め、俯く。
 小さな部屋の空気が、ひどく澱んでいた。
 現状を打破する何かが欲しく、しかし、それが何なのかは、さっぱり分からない。
 阪東は、払われた手で、もう一度ヒロミの頬に触れた。
 目元を指で撫でると、ヒロミが目を閉じる。
 引き寄せられるように、顔を近づける。
 現状、できることが、他に思いつかない。
 今度は、ヒロミも拒もうとはしなかった。





 結果、これだ。

 阪東は、自嘲気味に息をついた。
 未だ忙しく息をつくヒロミの中を、未だ力を失わない自身でもって、ゆるく突く。
 結合部から、粘質な音がした。
 余裕がなくて着け忘れるなんて、どこの童貞だ、と思った。
 相手がヒロミだから良かったものの……と。
 そこまで行って、阪東は止めた。
 思考が、危ないところに足を踏み入れかけた。
 今度はゆるく、ではなく、ヒロミの弱いところを狙って突いた。
 ヒロミは息を呑み、何かに耐えるような顔をした。
 ン、と閉じた口の奥から、鼻にかかったような声が漏れる。

 そうか、別にいいのか。

 快楽が高まるとともに、止めたはずの思考が、だらしなく流れ出す。
 口を押えようとしたヒロミの手をシーツに縫いとめ、更に何度も揺さぶった。

「まだ足んねえのかよ」

 ヒロミは、上気した顔に呆れたような表情をつくった。
 それも徐々に蕩けていく。
 阪東を食んだ中は、一度目に放たれたものでいっぱいだった。
 揺さぶりながら、ふと視線を下に遣ると、ヒロミの性器が見えた。
 互いの腹で擦られて、大きく膨らんでいく性器。
 かわいそうだな、と阪東は思った。

 かわいそうだ。
 こいつは馬鹿だ。

 俺なんかに捕まって……と、そこまで行って、阪東は再び思考を止めた。
 あ、あ、あ、と緩んだ口から、垂れ流される声に耳を傾ける。
 繋った部分の快楽に、努めて集中した。






 目覚めると、空は白々と明け始めていた。
 重たい体を引きずるように起こし、窓の外を見る。
 行き交う人や車の流れを、ひとしきり眺めてから、阪東は布団に戻った。
 隣には、ヒロミが寝ていた。
 昨夜、二度目が終わった後、布団を敷いて、阪東はヒロミに三度目を強いた。
 散々にされたヒロミは、今、血の気が失せた顔を枕に埋めて寝ている。
 閉じた目の端に、涙の塩が固まっていた。
 やりすぎた。
 その自覚はあった。
 阪東は、のろのろと手を伸ばすと、上掛けをめくった。
 そこには、ヒロミの足があった。
 太腿に手をかけて、大きく開かせる。
 露わにされたその場所は、度過ぎた蹂躙のため、赤く腫れていた。
 さすがに、こんな状態の相手を、もう一度どうこうする気は起きない。
 阪東は、ヒロミが起きないよう気を払いつつ、その場所を指で開いた。
 と、こぼれてくる。
 予想どおりだ、と阪東は思った。
 予想どおり、つまり、精液だった。
 掻き出してやるまでもない。
 少し開いてやれば、双丘の間を落ちて、シーツに染みをつくるほど。
 吸収する器官がないからか、阪東の出したものは、昨夜のまま、そのまま、その場所にあった。

「すげえな」

 思わずつぶやく。
 阪東は、奇妙な感動をおぼえた。
 窓から朝日が射し込んでくる。
 眩しいのか、ヒロミは上掛けを引いて、頭から被った。
 薄い布団の上端から、金髪の毛先だけ見えている。
 硬い足の間にこぼれた、自分の精液に指をひたし、

「孕めばいいのに」

 思わず、阪東は口にしていた。






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