同病相憐


 umeharuariのキナキナさんの軍ポンが好きで好きで、何度も読み返しているうちに、書きたくなった話です。
 二次創作の二次創作と言われても悔いなし。
 特に、「スタートライン」の、軍司と秀吉の青春っぽさがたまりません。
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 リンクご許可いただき、ありがとうございました。









 屋上へ続く階段の下で、軍司は珍しい相手と会った。
 同じ一年の加東秀吉。
 秀吉は珍しく一人で、また珍しくコソコソとしていた。
 コソコソ階段の上、つまり屋上の方をうかがうような素振りを見せている。
「おい」
 軍司が声をかけると、ビクリと肩を震わせ、振り返った。
「何だ、テメーかよ」
 軍司の顔を見て舌打ちを一つ、いったい誰と間違えたのか。
 階段を上ろうとすると、秀吉が自分の方をじっと見ていることに気づいた。
「お前も来るか?」
 つい声をかけてしまったのは、ほんの数か月前まで抗争の相手だったこの男が、そのときなぜか、気安い友だちのように思えてしまったからだ。
 きっと嫌がるだろうと思ったのに、秀吉は黙ってついてきた。



 階段を上がってドアを開ける。
 と、屋上には誰もおらず、無人のソファが二人を迎えた。
 軍司の隣で、秀吉がそっと息を吐いた。
 落胆とも安堵ともつかない、それに、軍司は気づかぬふりをした。
 落胆とも安堵ともつかない、秀吉と同じ表情を、自分だって浮かべている。
 そう、自覚があった。
 誰もいない屋上で、軍司はフェンスにもたれ、煙草に火をつける。
 たちのぼる煙の行方を目で追っていると、
「おい」
 秀吉が呼んだ。
 ここへ来てから、何が落ち着かないのかウロウロしていた秀吉は、
「何だよ、これ」
 そう言って、靴底で屋上の地面を叩いた。
 そこには、以前、先輩たちやゼットンから問われるまま軍司が描いた、この街の中学の勢力図があった。
 赤いクレヨンで描かれた拙い図は、雨風にさらされ、ほとんど消えかかっている。
「ああ」
 うなずいて、軍司は、それを描いたときのことを説明してやった。
 秀吉は聞いているのかいないのか、中島の名前が出たとき僅かに反応しただけで、後は上の空だった。
 上の空で、足元を見ている。
「聞いてんのか、テメー」
 言いながら、軍司は、秀吉の視線の先を追った。
 軍司自身の名前の上に書かれた、「エビ中」のかすれた文字。
「おい」
 秀吉が言った。
「お前、エビ中だったよな?」
 聞かれて軍司は脱力する。
 エビ中だったも何も。
 少し前まで、お互いの中学の看板を背負って、角突き合わせていた仲だろうに。
「ああ」
 脱力ついでにうなずくと、秀吉は黙って横を向いた。
 視線を泳がせ、言葉を選んでいるような、そんな顔だった。

(京華の狂犬が)

 珍しい、と軍司は思った。
 珍しいどころか、秀吉のそんな顔は初めて見た。
「なあ、」
「あの……」
 視線を逸らしたまま、秀吉は言った。
 歯切れが悪い。
「中学で、アイツ……アイツら、どんなだった?」
「は?」
 聞かれた意味が分からず、軍司は聞き返す。
 すると、秀吉は、
「だから」
 眉間に皺を寄せて、不機嫌そうに言った。
「アイツらだよ、テメーの、同じ中学の!」
 そこまで言われて、軍司は秀吉から何を聞かれたのか、ようやく理解した。
 しかし、聞き方が悪い。
「本城さんたちのことかよ?」
 そう言うと、秀吉はグッと何かを飲みこんで、
「だから、そう言ってんだろーが!」
 噛みつくような、ひと声。
 大声で吠えると、秀吉は軍司に背を向けた。
 耳が赤い。
 とても赤い。
 ああ、今の顔を見られたくねーんだなコイツ、と軍司は思った。



 昨日、秀吉は、同じクラスの奴と揉めたらしい。
 今朝、下駄箱のところで会った、マサから聞いた。
 またか、と軍司が言うと、まただな、とマサも言った。
 ケンカの腕は申し分ないのに、秀吉は、どうも人をまとめるというのが上手くない。
 一年戦争もとっくに終わった今なのに、未だに自分のクラスの奴らと大小のケンカに明け暮れている。
 あれで、中学のときはどうしていたのか、不思議なくらいだった。
 B組の頭は実質、米崎。
 そんな風に囁かれる噂は、たぶん真実だろうと軍司は思う。
 昨日も、またくだらないことで揉めたらしい。
 体育の時間にサッカーをしていて、ノーコンで馬鹿力の誰かが打ったシュートが、グラウンドの周りに立っている木に当たり、その木が折れた。
 校庭の木を折ってしまって申し訳ない、なんて思考回路の生徒は、鈴蘭にはいない。
 けれど、派手な音を立てて倒れたのに興味を引かれて、何人か集まってきた。
 その中に、秀吉もいた。
「これ、卒業記念のアレだってよ」
 気づいたのは誰だったか。
 折れた木の脇に、小さな立て札のような物があった。

「鈴蘭男子高校第○期生 卒業記念」

 鈴蘭のような学校で、卒業の記念樹というのも、全然似合わなくて笑えるが、そこで、今までの鈴蘭で最強だったのは第何期か、という話になった。
 いかにもくだらない、自分たちのような奴らが好みそうな話題だ。
 ○期か、○期か、いや、あの期には○○さんがいた。
 話は盛り上がったらしい、マサがそう言っていた。
 そして、盛り上がったところで、それまで黙って聞いていた秀吉が、唐突に言ったんだそうだ。
「少なくとも、二十四期じゃねーな」
 あんまり唐突な発言だったので、場がシンとなった。
 また間の悪いことに、話の輪の中に、その期に兄貴のいる奴がいたらしい。
 そんな訳ねーだろ、何でそんなこと言えるんだよ、と食って掛かったクラスメイトに、秀吉は更に言った。
「理由なんかねーよ、とにかく、二十四期の奴なんかクソなんだよ」
 で、乱闘。
 秀吉の親友のマサも、乱闘には、もちろん秀吉サイドで参加した。
 しかし、そのマサにしてからが。
 マサは、乱闘のきっかけ、つまり、秀吉が何であんなことを言ったのかだけは、さっぱり分からない、と首をひねっていた。



 鈴蘭の二十四期生は、自分たちが二十七期だから、ちょうど入れ替わりで卒業した学年だ。
 本城さんたちのいっこ上だな、と軍司は思った。
 秀吉は、ソファに座って煙草を吸っている。
 多少は落ち着いたのか、軍司の方を向き、さっきの質問に答えろ、とばかりに睨みつけてきた。
「あー……」
 軍司は腕組みをして考える。
 上を向くと、梅雨時には珍しく、青い空が広がっていた。
 蒸し暑い空気の中を泳ぐように、カラスならぬツバメが飛んでいる。

(あの三人、あの人たちの中学時代ねえ……)

「実はオレもあんま知らねーんだよな」
 はぐらかすのも気の毒な気がして、正直なところを言うと、
「は?」
 秀吉は目を丸くした。
「情けねー話だけどよ、中学んときの杉原さんはスゲー無口で、本城さんや桐島さん以外とは全然喋んなかったからよ」
 そういえば、まともに口を利いてもらったこともなかったな、と思い出した。
 そう言うと秀吉は、マジか、と呟いて黙りこんだ。
「……あの人、こないだウチのクラスに来たぜ」
 ややあって、口を開く。
「彼女がいねー奴にオレの気持ちは分からん!とか叫びながら来て、コメ捕まえて、何つーんだアレ……恋愛相談みたいなことしてたぜ」
「マジかよ……」
 軍司には、にわかに信じ難かった。
 あの、無口で渋くてケンカが強くて、おっかなかった杉原さんが……。

「そんで、アイツは……」

 衝撃を受けている軍司をよそに、秀吉は言った。
 奥歯に物が挟まったような言い方に、軍司は思わず秀吉の顔を見た。
 秀吉は、これまで軍司が見たことのない顔をしていた。
 片耳のピアスを指でいじりながら、煙草を足元に擦りつけて消す。
 気持ち上気したその顔に、コイツにも人間らしい心ってモンがあったんだな、と軍司は思った。
 何だかんだと長いつき合いの中で、今日は初めて見せられる顔ばかりだ。
 アイツ、アイツ、と秀吉はくり返す。
「だから、アイツは、その、ヒ……き、」

「ああ、桐島さんか」

 あんまりにもゴチャゴチャ言っているので、先手を打ってその名前を口にすると、秀吉は一瞬で顔色を変え、今にも飛びかかりそうな目つきで軍司を見た。
「桐島さんもなあ……」
 秀吉が、直接には関わりのない先輩たち、鈴蘭第二十四期生のことを、どうしてクソとまで言って罵ったのか。
 マサ同様、分からないなりに、ピンときてしまうものがあった。



「桐島さんも、あんま知らねーんだよな」
 そう言うと、秀吉は、あからさまにガッカリした様子を見せた。
「あの人も、昔は今みたいに落ち着いてなくて、何かっていうとすぐキレてたしよ、本城さんと杉原さんの他は相手にしねーって感じで」
 そういえば、桐島さんにもまともに喋ってもらったことなかったな、と軍司は思い出す。
「見た目も恐かったんだよな、背は小さかったけど、オールバックで、眉毛全部剃っててよ」
 そう言うと、秀吉は、
「知ってんじゃねーかよ、テメー」
 唸るように言った。
 遠目にも赤い顔をしている。
 普段はスカしている秀吉の、そんな姿がおもしろく、軍司の中で、数年来眠っていた悪戯心がふと頭をもたげる。

「まーとにかく、後輩に自分からケンカ売りに来てくれるような、そんな優しい先輩じゃなかったってことだな」

 いつだったか、屋上で本城さんと桐島さんが喋っていた。
 そのときに、漏れ聞こえた話から思いついて言ってみたのだが……、効果は覿面だった。
 まるで弾かれたように、秀吉は顔を上げる。
 今しも火をつけようとしていた二本目の煙草をソファに落とし、ハッとして軍司を見た。
 笑ってやると、
「ジャリッパゲが……」
 奥歯をギリギリ鳴らしながら、殺すぞ、と立ち上がる。
 まずいことを言った、地雷を踏んだ。
 けれど、軍司は楽しくなった。

(久々にコイツとケンカってのも悪くねーな)

 中学時代、散々やり合ってきたから、お互い、相手の手の内は嫌と言うほど知っている。
 おもしれーな、と思った。
 青筋立てて立ち上がった秀吉は、けれど、二三歩進んだところで立ち止まる。
 軍司の顔を見て、何度か瞬きする。
 ふいに、何かに気づいたような顔をした。
 睨み合った視線を外し、フッと笑う。
「何だよ?」
 軍司が聞くと、それには答えず、おもむろに背中を向けてソファに戻った。
 落ちた煙草を拾って火をつけ、深く吸い込みながら腰を下ろす。
 いきなり余裕を取り戻した秀吉に、やましいことなど何もない、訳ではないけれど、それだけに、今度は軍司の方が焦ってしまう。
 何だよ?と重ねて聞けば、
「……」
 秀吉は、ニヤッと笑った。
 ムカつくくらい男前の顔だ。
「だから、」
「で?」
 そして、軍司の声を遮るように、

「で、テメーは『本城さん』かよ?」

 そう言った。



 からかうようなセリフの意味が、頭に届いて理解できるまで、数秒あった。
 耳から頭に染み入るように、その意味が分かって、頬が熱くなる。
 ニヤニヤしながらこちらを見る秀吉は、形勢逆転とでも言いたげだった。
 さっきまでテメーもこんなだっただろうが、と軍司は思う。
 さっきまでの秀吉に負けないくらい、耳まで赤くなっていることが、自分でも分かった。
 そのときだった。
「!」
「!」
 階段をのぼってくる、足音が聞こえた。
 二人して、思わず顔を見合わせる。
 靴の裏で素早く煙草を消し、秀吉が立ち上がった。
 軍司も、赤面を一瞬で忘れて、ドアの方を向く。



「あれ?珍しい組み合わせだな」
 しかし、数秒の後、ドアを開けて現れたのは、予想された二人のどちらでもなかった。
「ヤスさん」
「……」
「な、何?」
 コンビニ袋を片手に提げたヤスさんは、強面の下級生たちに見つめられ、身を竦ませる。
「いや、何でもないッス」
 軍司は手を振った。
 ヤスさんに罪はない。
 肩から力が抜け、フーッと長い息を吐く。
 少し離れた場所で、秀吉も同じように息を吐いている。
 落胆半分、安堵半分。
 そんな秀吉の表情を見て、軍司は思いついた。
 趣味の悪い思いつきだ。
 仕掛けたのは確かに自分だが、アイツも殴り返してきた。
 意趣返しのつもりは、十分あった。
「ヤスさん」
 ヤスさんに声をかける。
「ン、何だ?」
 二人の一年のうち、より危険な方を警戒してか、秀吉に体を向けていたヤスさんが振り返った。
 軍司は言った。
「今日、桐島さんって学校来てます?」
「!?」
 言うと同時に秀吉が、バッと、それはもう、効果音でも付きそうな勢いで軍司の方を見た。
「テメー、軍司……」
 低く唸る。
「ああ」
 しかし、そんな秀吉に気づかないヤスさんは、うなずいて、あっさり言った。
「来てるよ」
「!?」
 そう言うと、秀吉は、軍司を見たのと同じ勢いで、今度はヤスさんの方を見た。
 ヤスさんは、片手に持った白いビニール袋を、目線の高さまで上げてみせる。
「今、一緒にコンビニ行ってたんだよ」
 もうじきここに来るんじゃないかな、と、ヤスさんの言葉に他意はない。
 しかし、他意のないひと言は、あの秀吉を、尻尾を巻いて逃げる犬みたいなみっともなさで、ドアの方へと向かわせる。
「おい、秀吉!」
 軍司が呼ぶと、階段を二段下りたところで立ち止まる。
 こうまで反応されると、何だか申し訳ない気持ちになってしまうのが、不思議だった。
 振り返った秀吉は整った顔を歪め、テメーも早く女でも作れハゲ!と捨てゼリフを残し、去っていった。



「何だよ、アイツ」
 程なく、本城さんと桐島さんが、連れ立って屋上に現れた。
 いつになくドキドキしながら、でも、何を言っていいか分からずに、杉原さんは?と聞くと、マコならサボリ、といつもの感じで返される。
 二人は階段の下の廊下で秀吉とすれ違ったらしく、挨拶くらいしろよな、オレしたのに、と本城さんはブツブツ言っていた。

(秀吉と……)

 軍司はそっと桐島さんの表情をうかがった。
 けれど桐島さんは、逆立てた金髪が屋上の風に煽られるのを片手で押さえ、目に見える限り平然としていた。
 その後、亜久津さんと佐川さんも姿を見せ、しばらくすると、後ろにゼットンを従えた春道さんもやって来て、屋上は一気に賑やかになった。

「これクソまじー!信じらんねー!」

 コンビニで試しに買ってみたジュースのことらしい。
 本城さんが大声を上げる。
「あ、ホントだ!スゲーまずいッスね」
「な!金取って売るモンじゃねーよな!」
 同じジュースを買ったヤスさんと騒いでいる。
 ゲラゲラ笑いながら、まずい、まずい、と言い合う。
 お前も飲んでみろよ、と赤黒い不吉な色の缶を春道さんに差し出し、あっさり断られてキレている。
 その様子を、軍司は離れた場所で眺めていた。
 下半分をマスクに覆われていない本城さんの顔は、再会した当初こそ軍司を戸惑わせ、また怒らせもしたが、今はもう慣れた。
 リーゼントを止めて下ろした髪も、この人にはかえって似合うんじゃないかと思う。
 梅雨時の、湿気を含んだ風のせいだけじゃなく、本城さんを見ているとなぜか体が熱くなってくるのは、出会った頃からそうだった。

「そんなに分かりやすいか?」

 オレって、と軍司は呟く。
 まさか、秀吉に気づかれるとは。
 その秀吉から、ついさっき言われた。
 女でも作れ、と言われた。
 鈴蘭では誰も知らないけれど、軍司にだって女の一人や二人、いたことがある。
 一人や二人は言いすぎだが、彼女と呼べる異性が過去にいたことは事実だ。
 中学のときだ。
 同じ学校のかわいい子とつきあって、でも、その子と初めてキスをしようとしたとき、まぶたの裏にチラついたのは、本城さんの顔だった。
 それで、観念しようと思ったのだ。
 観念して鈴蘭に入れば、変わってしまったと一度は失望したものの、本城さんは、今よりもっとガキだった頃、軍司の憧れたその人のままだった。
 そして、軍司は再び彼のそばに居場所を得て、けれど、得たからこそ、言えないことができた。
 本城さんが卒業するまで、卒業しても、伝えることはたぶんない。
 だからきっと、たとえば、この先十年経って、どんな生活をしていようと、誰とどんな恋をしようと、忘れられない。
 本城さんを忘れられる日は、きっと来ない。



 誰かの視線を感じて、軍司は振り返る。
 見れば、ソファに座って、買ってきたばかりのマンガ雑誌を開いていた桐島さんが、軍司を見ていた。
 目が合うと薄笑いされる。
 背中を冷たい汗が流れた。
 何をどこまで知っているのか。
 口が裂けても秀吉には言えないけれど、分かりやすく尖っていた中学時代の桐島さんより、今の桐島さんの方が軍司には恐かった。
 本当に、なけなしの友情で、あの男に忠告してやりたい。
 まだお前の手に負える相手じゃない、止めておけ、と。
 しかし、言った端から同じ矢が自分にも返ってくることが、あまりにも簡単に予測できて、軍司は下を向く。
 屋上の地面には、「エビ中」の文字とその下に書かれた自分の名前が、次に雨が降れば、いよいよ読めなくなりそうだ。
 桐島さんは柔らかく、けれど射抜くような視線で、軍司を見ている。

(オレには来ないその日が、もしかすると秀吉には来るんだろうか)

 赤いチョークの線を靴裏で消しながら、その視線を避けた軍司は、ふと思った。






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一年戦争は燃えますね。
鴉の何がマンガとしておもしろいって、同じテーマ(としか言い様がない)のケンカが違う場所で同時進行してて、ケンカをしている当人たちは、そのことを知らないまま、そのケンカを通じて、それぞれに違った、でも大枠では同じ答えを見つけて終わるっていう、何て言うかその、微妙にシンクロしてるんだかしてないんだか分からない展開が、スピード感があって、厚みがあって、何度読んでも引き込まれます。

そういう意味で大好きなのが、10巻あたりの、県南の三人と、龍信、千秋、春道のケンカ。
いきなり大きくなった黒焚が、一つの集団としてまとまっていく過程での産みの苦しみみたいなものを、ボス不在の状態で描く中で、反対側に配置された県南の三人のもう少しパーソナルな問題にも筆が及んだんでしょうか。
主人公のケンカの相手だから、悪役と言えば悪役ですが、それにしては悪役らしくない三人の、じゃあ何が問題なのか、というのを、殊更に言い立てる形でなく表す。
素手で泥掘ってたら、ピエタが出来ました!みたいな感じが素敵です。
春道とキーコに、因縁と言えるほどの因縁がないのも良かったです。
(あれで、たとえば、もし県南の三人がブルを襲ってそれでブルが怪我をしたので春道が仇討を〜とかいう展開だったら、あんまりおもしろくなかっただろうと思います)
一つ一つのケンカのことを言うと、私が千秋×修好きなこともありますが、特にパルコ対千秋の幕切れは素晴らしかった。
百合南でのケンカを通じてパルコが掴んだ何かが、「さん」付けで呼ばんかい、というときの表情から分かるのが、とても好き。

そして、一年戦争の春道対ゼットン、ポン対軍司、ヒロミ対秀吉も。
構造は、県南の三人と春道たちのケンカと同じですが、さすがに巻数が進んだだけあって洗練されていて、テーマ(としか言い様がない)が、分かりやすく前に出てきて、その分、登場人物各々のかっこ良さに焦点を合わせる余裕があるといったら何ですが、コメの、腐っても鯛でいてーとか、やっぱかっこいいな!と思います。
あと、この辺りの、最上級生になったヒロミは本当に恐くて、何が一番恐いって、三年になってから裸学ランを止めて、たいてい変な柄シャツばかり着てたのに、秀吉を落とす(としか言い様がない)ときだけ、白いシャツ着て、顔つきまで変わっちゃってるのが、合コンの女子的な意味で恐いです。
おまえどことなくあのヤローに似てるな!とか、あれは恋の呪文でしょうか、先輩何を考えていらっしゃるのか。





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