スイッチ





オリキャラの女子が出てきます。
阪東とやっております。













バイトが終わって部屋に戻ると、知らない女がいた。
女は、阪東の物であり、またヒロミの物でもあるベッドで寝ていた。
寝ているのは女だけで、部屋の中に、阪東の姿は見えなかった。
上掛けから、裸の肩がのぞいている。
うっすら汗を纏った女の肌と、独特の生臭い空気が、ついさっきまで、ここで何が行われていたかを雄弁に物語っていた。
眠る女を見下ろして、ヒロミはため息をついた。



こんなことは、今日が初めてじゃない。
足元に落ちているコンドームのパックを拾い、ゴミ箱に放る。
高校卒業後、地元を出てバンドを始めたヒロミは、阪東と二人で暮らし始めた。
より正確には、阪東が元々一人で住んでいた部屋に、ヒロミが転がりこんだ。
そこでヒロミが初めて知ったこと、ヒロミを驚かせたことは、世の中には、あの阪東と意気投合できてしまう女が存在する、という事実だった。
あの阪東、つまり、嫌われもののカラスの学校で、そのカラスたちにさえ嫌われていた阪東である。
それも、一人二人じゃない。
割と大勢いた。
母親以外の異性とは、話すチャンスもないまま学生時代を過ごしてしまったヒロミにとって、彼女たちの存在は、ほとんどカルチャーショックだった。



ヒロミは、眠る女の顔をのぞきこんだ。
長い茶色の髪に覆われて半分しか見えない顔は、とりあえず見覚えのあるものではなかった。
と言って、ヒロミは阪東の周りにいる女たちを、いちいち覚えているわけではない。
たまに打ち上げなどで同席することがあっても、努めて口を利かない、なるべく記憶に留めないようにしていた。
女の顔を少し見て、知らない奴だと確かめて、それだけだった。
しばらく待っても目を覚まさないので、ヒロミは阪東に電話をかけた。
たぶん出ないだろうと思ってかけた電話は、案の定、留守電の応答メッセージを空しく繰り返すばかり。
舌打ちを一つ、携帯電話を壁に投げつけ、窓の外を見れば、朝だった。
行きかう車の音、人の声がする。
明け方まで働いて、ヒロミは疲れていた。
本当のことを言うと、一刻も早く眠りたい。
けれど、この状況では眠れない。
どこか他所に行って休むには、あてもなく金もなく、何よりそれは理不尽だと思った。
転がり込んだとはいえ、阪東の方から誘われてのことだし、家賃も半分払っているし、どうして俺が出て行く必要がある、と。
腹の中をふつふつと煮え立たせるような怒りが、ヒロミの足を止めさせた。
と、同時に、いつまでも寝ている女にも苛立ちが募り、

「おい」

声をかけた。
口を開けば、驚くほど低い声が出た。
二度、三度と呼んでいると、女はモゾモゾと動き出した。
誤解されても嫌なので、後ろを向いて待つ。
やがて、体を起こす気配、布団をめくって何かを探すような気配がして、
「ねえ」
甘ったるい声が、ヒロミを呼んだ。
振り返ると、下着姿の知らない女が、シーツの上に座っていた。
ヒロミを見て、黒く縁取られた大きな目を瞠る。
女の反応を見て、阪東じゃなくて残念だったな、とヒロミは思った。
意地の悪い気分だった。
険のある顔で、あんた誰?と無言のうちに問われたのに、お前こそ誰だよ?と視線だけで答える。

「ヒデトは?」

半裸の体を上掛けで隠しながら、女が聞いた。
知るかよ、とヒロミが答えると、何でよ?と聞かれた。
女は、ベッドの下に落ちたワンピースを拾う。
乱れた長い髪を手櫛で整える姿を横目に、
「面倒くせえ」
ヒロミの口から、思わず本音がこぼれた。
女は、ますます顔つきを険しくして、ヒロミを睨んだ。
が、ヒロミには、彼女の機嫌を損なわないよう振舞う、どんな理由もなかった。
逆の理由なら、山ほどあった。
ついでに言えば、余裕もなかった。
「早く帰れよ」
あわただしい身支度の終わりを見て取り、ヒロミは言った。
あんたがいる限り阪東は帰ってこねーよ、と。
これは本当に余計なひと言だった。
立ち上がって近寄ってきたかと思うと、女はヒロミの頬に平手打ちを一発。
パンッと小気味いい音のするやつを一発喰らわせ、足早に部屋を出て行った。



女が出て行った後、一人残されたヒロミが最初にしたことは、部屋の換気だった。
窓という窓、というほど数はないが、部屋中の窓を開ける。
網戸まで開け放てば、表通りの喧騒と、排ガスを含んだ空気が、部屋の中に流れこんできた。
それなのに。
ベッドの方へ一歩近づき、ヒロミは立ち止まる。
女のにおいがした。
あるいは、ヒロミの鼻にそう感じられただけかもしれない。
明日になれば、たぶん顔も忘れているような女のにおいが、情事の名残りのように漂っている。
たまらず、台所に逃げ、換気扇を回した。
換気扇の紐を千切れるほど強く引っぱり、ブーンと音を立てて回り出したのを見て、ヒロミはその場にへたり込んだ。
くすんだステンレスのシンクに、頬を赤く腫らした自分の顔が映っていた。
面倒くせえ、と再び口から本音がもれる。
体の本音を言えば、一刻も早くベッドで眠りたい。
それなのに、ちょっと前まで阪東が誰かとセックスしていた場所だ、と思うと、近づくこともできない。
情けなかった。



ああいう女と、この部屋で鉢合わせしたことは、初めてじゃない。
阪東と暮らし始めてから、何度もあったことだった。
そのたび、ヒロミは普段の何割か増しの態度の悪さで応対し、追い出すように帰らせた。
中には根性があるのか何なのか、そんなヒロミに秋波を送ってくる女もいたが、まったく相手にしなかった。
「ヒデト」と、ヒロミが一度も呼んだことのない阪東の下の名前を、当たり前のように彼女たちは呼ぶ。
そういう女とヒロミが鉢合わせするとき、どういうわけか、阪東はいつもいない。
ヒロミが帰ってくることを見越していなくなっている、と気づいたのは何度目だったか。
ヒロミは、上着のポケットから煙草を取り出して、口に咥えた。
膝立ちでコンロの火を拾う。
深く吸うと、煙草の先が赤く光った。
余計な思案でなく、煙で胸を満たしたかった。
こんなことは、これまでにも、何度もあった。
これまでにも何度もあって、だから、ヒロミは知っている。
煙草を吸っていると、アパートの階段を上る足音が聞こえた。
聞き覚えのあるその音に、そろそろか、とヒロミは立ち上がる。
流しの水で煙草の火を消し、拳を握ってドアの前に立つ。
足音は、ゆっくりと近づいてきた。
やがて開いたドアの向こう目掛けて、物も言わずにヒロミは拳を突き出した。



阪東は、ヒロミの拳を避けなかった。
殴られた腹を押さえて、ニヤリと笑う。
帰ったか?と平静に聞かれて、
「テメーこそ……」
ヒロミは低く唸る。
どの面下げて帰ってきやがった、と言いたかった。
けれど、ヒロミのセリフは続かない。
腹を押さえていた阪東の手が、次の瞬間、ヒロミの腕を掴んでいた。
引っ立てるように部屋の中へと連れて行き、両肩に手を置き突き飛ばした。
あっという間、抗う隙もなく、突き飛ばされた先には、ベッドがあった。
皺の寄ったシーツの上に倒れると、間髪いれず、阪東が覆いかぶさってくる。
引きちぎるようにシャツを脱がされ、キスをされた。
ここは嫌だとヒロミは言ったが、言われて聞くような阪東じゃないことは、ヒロミだって知っている。
渾身の力で背中を叩けば、阪東は激しく咳き込みながらも、しかし、押さえつける力だけは緩めない。
何なんだコイツ、とヒロミは思った。



こんなことも、初めてじゃなかった。
この部屋で阪東が女を抱き、その女をヒロミが追い出した後、情事の空気の消えない部屋で、女のにおいが残るベッドの上で、阪東は必ずヒロミを抱きたがった。
悪趣味なんて言葉じゃ足りない、最悪だった。
見当違いな気遣いか、あるいは、まさか後始末をしたことへの褒美のつもりか。
ヒロミが聞くと、しかし、阪東は心底不思議そうな顔した。

「バカなこと言ってねーで、いいからやらせろよ」

そう言って、女に叩かれて赤くなったヒロミの頬を舐めた。
そして、普段より性急に事を進めながら、
「お前じゃねーと抱いた気がしねーんだよ」
などと、身勝手きわまりないことを言う。
「だったら……」
浮気すんじゃねーよ、と言いかけて、ヒロミは止めた。
「浮気」なんて。
何だそりゃ、と思わず呟いた。



阪東は、ヒロミの足から下着ごとズボンを抜き、大きく股を開かせた。
「ヒロミ……」
囁かれ、腰の辺りを撫でられて、背筋が震えた。
少し前まで睡眠を求めていたはずなのに、触れられてしまえば、ヒロミの体は主の意思とは関係なく、すぐに別のことを訴え始める。
こっちは簡単にできてるのにな、と自嘲気味に思った。
体の下から腕を伸ばす。
ヒロミが睨むと阪東は笑った。
ごまかしているつもりの欠片もないのが、この男の嫌なところだ。
その気を確かめて、少しだけ腕の力を緩めた阪東に、逃すまいとヒロミは縋りつく。
朦朧とした頭で、しびれる指で、開き直ってしまえば、最悪の向こうにあるのは、快楽以外の何ものでもなかった。
受け入れながら頬を押しつけた枕には、さっきの女の長い髪が散っている。
その髪の茶色を視界の隅に見止めながら、阪東は金髪の方が好きなんだよ、と思うくらい、ザマーミロと毒づく程度が、今のヒロミの精一杯だった。






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これに続いて、ひどい先輩の第二弾。
昔は黒髪が好きで、今は金髪が好きな阪東です。
何か色々申し訳ない。












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