オンリーユー






すう、と息を吸って前を向く。
今夜はサングラスをしていない目に、ステージライトがまぶしい。
阪東は、光の中に立つヒロミを見た。
白い、まぶしい光の帯。
裸の背。
ヒロミは、金髪のうなじにうっすら汗をかいている。
振り返った後方のツネは、目が合うと頷いた。
古いライブハウスの天井が、どんな夜空よりも高い。
そう感じる。
キャッカンテキに見てどうなのか、なんてことはどうでもいい。
そんなことは全然関係なく、主観がすべての人生で、阪東はこのバンドを手に入れた。



阪東がギターを弾く。
ツネがベースを弾く。
そして、ヒロミが歌う。
夏の日ざしよりも熱い光の中で、汗を飛ばしてヒロミは歌う。
俺のギターも、ツネのベースも、すべての音はお前のために存在する。
心からそう思う。
自分のためだけの音に乗って、ヒロミが歌うのは、阪東の作った下品な歌だ。
スタンドマイクを抱えこんで、びりびりと鼓膜をふるわす叫び声。
悲鳴のようなその声に、阪東は、張りつめた理性の糸が千切れる音を聞いた。
ヒロミの理性の糸だ。
確かに聞いた。
だから前に出た。
阪東が前に出ると、ヒロミがこちらを見た。
向けられたのは、待ちかねたような視線だった。
ステージマイクを両手で握り、阪東を見上げる。
視線は、まるで流し目みたいだった。

(どこで覚えたんだ、お前、そんな)

無意識か?と一瞬思い、この男に限ってそれはない、と打ち消す。
いつのまにか煽ることを覚えたヒロミは、ニヤッと笑う。
視線を外して立ち上がり、前を見た。
昔と同じ小さな目が、昔とは違う欲望に光る。
客席を睥睨する横顔に、俺だけじゃ足りねーんだなと思った。
ビッチが、と思って、思ったら楽しくなった。
ギラギラ光る小さな目に、細い鼻梁、限界まで開けられた口。
かわいい顔だと思う。
かわいい顔に、かわいい声。
一般的に見てどうだなんてことは関係ない。
アンプのブーストで思い切り歪ませた音が気持ちいい。
ヒロミの顔に見とれ、声に聞きほれて、阪東はギターをかき鳴らす。
ヒロミは、ステージの上も下も皆まとめて煽ってやるぜって感じで、
歌う。
歌う。
歌う。
フロアは熱に浮かされたような顔ばかり。
そんなに数は多くなく、明らかに対バン目当てらしい客もいた。
でも、いまは。
阪東は舌なめずりする。
いまは、一人残らずこっちを見てる。
うぬぼれなんかじゃない。
その証拠に、ヒロミが叫ぶと大きな歓声が上がった。
腕を高くさし上げれば、百本単位の上下運動。
反応がいいのに気をよくしたのか、ヒロミが笑った。

(どうだ、こいつはサイコーだろ?)

笑うヒロミを見て、阪東は思った。
俺のヒロミだ。
勝ち誇った気分、弦を弾くマシンになった気分だった。
それなのに。

「……!」

その日のライブは、気分がいいままでは終われなかった。



「……!」

ギターソロの途中、何度か雑音が混じった。
出所は足元、つまり客席から。
わざわざ最前列に陣取って、まるで汚物のように阪東の名前を呼ぶ。
見覚えがあるようなないような、どこかで会ったことがあるようなないような。
印象のうすい男の顔には、「私怨」と大書されていた。

(せっかく気分よくやってたのによ)

腹が立つというより、うんざりした。
演奏は爆音で、歓声だって同じくらい大きいのに、どうして罵声ばかりはっきり聞こえるのか。

(別に俺に恨みがあってもいーけど、邪魔すんなよ)

他の客に聞こえていないなら、構うのも面倒だと思った。
だって今夜はヒロミの夜なのだ。
だから放っておいた。
それがいけなかったのか、無視されて頭にきたらしい男が、大声を上げた。
そのときだった。



すごいスピードで何かが。
ヒロミ!と誰かの叫び声が聞こえた。
裸の背が阪東の前を横切る。
硬い靴底で床を蹴り、跳躍したヒロミは、男の膝に着地した。
口を阪東の「ば」で開いたまま、唖然としている顔面にフロントキックを見舞う。
蹴って膝から落ちて、落ちながらなおも蹴った。
フロアに満ちる悲鳴に怒号。
床に転がった男の腹と言わず顔と言わず蹴りつける。
容赦ないヒロミの攻撃に、いつのまにか周囲からは人が退き、ステージの上も下もシンとしていた。
さっきまでの喧騒が嘘みたいだった。
舞い上がった埃がステージライトに照らされて、視界がぼんやりと白かった。
叩きつけるような蹴りの音と、止めるスタッフの声。
「シャイニングウィザードだったな」
楽しそうに言うので、誰かと振り返ったらツネだった。



その後、どこかに運ばれて行く男を尻目に、ヒロミはステージに戻ってきた。
剥き出しの肩を大きく上下させ、ふらふらした足取りで。
ヒロミが歩くのに合わせて、人波がきれいに割れた。

(俺の恋人がモーセだったなんて知らなかった)

阪東は思った。
まるで映画の『十戒』みたいだった。
いつだったか、深夜映画でヒロミと見た。
まだツネが加入する前で、バンドは先の見えない闇の中にいた。
チャールストン・ヘストンのモーセが海を割る。
威厳に満ちたその姿を眺めながら、二人でぽつぽつとこの先のことを話した。
暗い夜だった。



つめられた息。
大勢の視線にさらされながら、ヒロミは階段をのぼる。
駆け出すときに倒したマイクスタンドから、転がったマイクを拾った。
おもむろに拾い上げるその動作が、泣きたいくらい堂に入っていた。
わけが分からないまま、ステージに上げられてから数年、ヒロミは、いつのまにか、ステージの上が誰より似合う男になっていた。
フロア中の目が自分を見つめる中、ふうと息を吐く。
その姿に、一体テメーは何なんだ、と阪東は思う。
小さいはずのヒロミ背中が、時どき大きく見える。
そんなことが、近頃よくあった。
俺が仕込んだはずなのに、俺の想像を超えていく。
が、そういうお前に変われ、とヒロミに望んだのは、他の誰でもない、阪東だった。
ヒロミは振り返り、上手の阪東、後ろのツネと順番に目を合わせる。
よく回る小さな頭の中で、この男が何を考えているのか、阪東には手に取るように分かった。
ちらりとツネを見る。
三人で視線を合わせ、頷き合った。



遠くから、どこか遠くから、地鳴りのような歓声が近づいてくる。
阪東は、中断する前に演奏していたギターのリフを弾いた。
二週目、それにベースが加わる。
人工のブーストに、天然のブースト。
三週目、ヒロミが歌い出す。
歓声は更に大きくなった。






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ツネはずっとドラムだと思ってたんですが、実はベースだとの情報を得て、どうする?どうする?となっています。
筋少の「君よ!俺で変われ!」を聴いていて、阪東から見て、ボーカリストのヒロミはどんな感じだろうかと考えながら書きました。
「君よ!俺で変われ!」で、前にも阪ヒロ書いたような……タイトルは、オーケンの別の曲です。
しかし阪東視点は難しい。












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