■ 第四話 「未来予測装置」
「信じらんない! プレゼントだけすっかり忘れてたなんて! しかもなに? 『そろそろ来客があるから』ですって! いつもそんな言い訳するのよ、いったいなんの客だっつの」
研究所の外に栗田を送っていく間中、は至極ご立腹だった。栗田がなだめながら歩くのも一苦労である。
「ちゃんそう怒るなよ。ちゃんのオーバーホールを言いだしのは松下なんだし」
「でも実際にしてくれたのはマロンちゃんでしょ」
「そりゃそうだけどさあ……」
ため息をつく栗田に、はあっと思い出して言った。
「オーバーホールで、お願いしたものちゃんとつけてくれた?」
「ああ、一応つけたけど。松下に相談してからの方がよくなかったか?」
も栗田も小声になり、自然と周りの人間を気にしだした。
「博士は心配性だからだめ。大丈夫よ、私の意志でしか起動しないし、ほんと少しだから」
「でもなあ。確かに補助脳の演算は格段によくなってるけど、そんな……」
そこまで言って栗田はまわりに人がいないか確かめた。
「予知システムなんて……」
「いいじゃない。天気予報みたいなものよ」
「おっかねえな。戦闘チップのほうがよっぽどお上品だぜ。それに、そもそも未来決定論は一世紀前に否定されてるんだろ」
オーバーホールの際、は自分の開発したシステムを補助脳に組み込んでもらうよう栗田に頼んだのである。未来予測システムその名もウィスダム。心配そうに忠告してくる栗田に、はさっそく博士の顔になって答えた。
「でも天気予報と同じで、ある程度は現在の状況を観測して近い未来を予想できるわ。ウィスダムには予測の限界を知る、大きな可能性が秘められてるの! そしてそれは、私の研究テーマであるパラレルワールドの観測に繋がるっと」
これには栗田も何を言っても無駄だというようにため息をついた。栗田が心配しているのはの体だけではない、これから作られていくはずの未来を決め付けてしまうことに、言いようもない不安を覚えるのである。
「なあ、平行世界ってどんなとこなんだ?」
「うーん、本当にいろんな世界が無数にあるの。私たちの文化そっくりなところもあるし、人間がいない世界もある」
「え、なんで人がいないんだ? 平行した世界だろ」
「正確には、世界がすべて平行に存在してるわけじゃないからよ。人間のいる世界と人間のいない世界で分岐してたり、もう本当に数え切れない分岐点があるの」
栗田はあまりよく理解していないようであった。
「あ、あーじゃあさ、ちゃんが調査に行ってる世界はどんなところ?」
「こことほとんど同じ。ただ、調査にはこの時代より五十年くらい前の地点に行ってるから、ちょっと古風に見えるわ」
「へえ。子供の姿だと紛れ込みやすいだろ」
「そんなことないわよ! この前なんか学生の修学旅行に入り込んだのはいいけど、点呼なんてあるの知らなかったし、危うくバレそうになって……」
あの出来事は今考えてもぞっとする。は身震いした。
「うわあ。なんかちゃんって危なっかしいんだよな。やっぱり、護身術のチップだけでも持ってかない?」
冗談っぽく栗田が言うと、は笑って彼を小突いた。
「いてて。でも本当に護身術だけでもインストールしといたほうがいいよ。いくら特殊合金で弾丸も跳ね返すっていっても、生身の中枢神経に衝撃がくれば危ないんだから。延髄切りなんてされたら気絶しちゃうぞ」
栗田はの首筋をチョップする真似をする。
「頭を殴られるなんて、めったに無いことだから大丈夫よ」
は栗田の手から逃れながら言った。と、そうしているうちに研究所の玄関に着き、栗田は手を振って駐車場に走っていった。
「じゃあな、送ってくれてありがとう。そうだ、所長にあいさつしとけよ。きっとびっくりするぜ」
去り際こう言われたので、は二週間ぶりに所長室に向かった。いつものように窓を眺めるようにして座っている所長にはそっと近づいて、後ろから抱きついた。
「所長さん!」
が後ろから抱きつくのはよくあることだったので、津島所長はいくらか余裕を持って振り返った。だが抱きついてきたのが、見知らぬ成人女性だと分かって少々慌てた。
「おや、どこのレディかな?」
だがすぐに十五歳のに面影がある顔を見て、笑顔になった。
「松下です。今日から二十五歳!」
おやおやとの姿を津島所長は眺め、
「女の子の成長は早いな」
と言った。
「君のいない二週間の間に、例の自衛隊イージス艦について調べてもらったよ。現在接続可能な全平行世界にスキャンをかけたが見つからなかった。ただの事故の可能性が高そうだ。一応、乗員のリストを出したが……」
渡された紙は十枚くらいある。は目を通しながらずいぶんたくさんの人間が乗っていたものだと思った。
「乗員241名……昔の軍人ってどうしてこんなに群れたがるんでしょう」
所長は苦笑いする。
「今は人間が戦わないからなあ」
は最初のページのリストを上から二三人分読み上げてみた。
「艦長、梅津三郎。副長、角松洋介……」
調べてもらったものの、イージス艦の失踪がただの事故で、他の平行世界に転送されたわけでなければこれ以上関わるべきではない。がそうやって消えた船への関心をなくし始めたとき、津島所長は思い出したように手を叩いた。
「それとこれも。松下博士に頼まれていた資料が届いているよ。持って行ってくれるかな」
「資料って?」
「君の配属先の研究施設だ。君が専攻していた平行世界の研究が出来るようにって、お父さんが」
は首をかしげた。なんだか嫌な予感がして、入れ替えたばかりの人工臓器が全部凍りついてしまいそうだ。
「え、でも私はこの研究所と契約が向こう三年で決まってて……」
今度は津島が首をかしげた。
「それを取り消すようにってお父さんが……」
「博士が……!?」
「あ、まずいことを言ったかな。だけど、ここじゃ平行世界の調査ぐらいしかできないし、君も物足りないだろ」
津島は顔をしかめたがもう遅かった。は津島から資料が入った封筒をむしり取ると、所長室を飛び出した。
研究所の外に栗田を送っていく間中、は至極ご立腹だった。栗田がなだめながら歩くのも一苦労である。
「ちゃんそう怒るなよ。ちゃんのオーバーホールを言いだしのは松下なんだし」
「でも実際にしてくれたのはマロンちゃんでしょ」
「そりゃそうだけどさあ……」
ため息をつく栗田に、はあっと思い出して言った。
「オーバーホールで、お願いしたものちゃんとつけてくれた?」
「ああ、一応つけたけど。松下に相談してからの方がよくなかったか?」
も栗田も小声になり、自然と周りの人間を気にしだした。
「博士は心配性だからだめ。大丈夫よ、私の意志でしか起動しないし、ほんと少しだから」
「でもなあ。確かに補助脳の演算は格段によくなってるけど、そんな……」
そこまで言って栗田はまわりに人がいないか確かめた。
「予知システムなんて……」
「いいじゃない。天気予報みたいなものよ」
「おっかねえな。戦闘チップのほうがよっぽどお上品だぜ。それに、そもそも未来決定論は一世紀前に否定されてるんだろ」
オーバーホールの際、は自分の開発したシステムを補助脳に組み込んでもらうよう栗田に頼んだのである。未来予測システムその名もウィスダム。心配そうに忠告してくる栗田に、はさっそく博士の顔になって答えた。
「でも天気予報と同じで、ある程度は現在の状況を観測して近い未来を予想できるわ。ウィスダムには予測の限界を知る、大きな可能性が秘められてるの! そしてそれは、私の研究テーマであるパラレルワールドの観測に繋がるっと」
これには栗田も何を言っても無駄だというようにため息をついた。栗田が心配しているのはの体だけではない、これから作られていくはずの未来を決め付けてしまうことに、言いようもない不安を覚えるのである。
「なあ、平行世界ってどんなとこなんだ?」
「うーん、本当にいろんな世界が無数にあるの。私たちの文化そっくりなところもあるし、人間がいない世界もある」
「え、なんで人がいないんだ? 平行した世界だろ」
「正確には、世界がすべて平行に存在してるわけじゃないからよ。人間のいる世界と人間のいない世界で分岐してたり、もう本当に数え切れない分岐点があるの」
栗田はあまりよく理解していないようであった。
「あ、あーじゃあさ、ちゃんが調査に行ってる世界はどんなところ?」
「こことほとんど同じ。ただ、調査にはこの時代より五十年くらい前の地点に行ってるから、ちょっと古風に見えるわ」
「へえ。子供の姿だと紛れ込みやすいだろ」
「そんなことないわよ! この前なんか学生の修学旅行に入り込んだのはいいけど、点呼なんてあるの知らなかったし、危うくバレそうになって……」
あの出来事は今考えてもぞっとする。は身震いした。
「うわあ。なんかちゃんって危なっかしいんだよな。やっぱり、護身術のチップだけでも持ってかない?」
冗談っぽく栗田が言うと、は笑って彼を小突いた。
「いてて。でも本当に護身術だけでもインストールしといたほうがいいよ。いくら特殊合金で弾丸も跳ね返すっていっても、生身の中枢神経に衝撃がくれば危ないんだから。延髄切りなんてされたら気絶しちゃうぞ」
栗田はの首筋をチョップする真似をする。
「頭を殴られるなんて、めったに無いことだから大丈夫よ」
は栗田の手から逃れながら言った。と、そうしているうちに研究所の玄関に着き、栗田は手を振って駐車場に走っていった。
「じゃあな、送ってくれてありがとう。そうだ、所長にあいさつしとけよ。きっとびっくりするぜ」
去り際こう言われたので、は二週間ぶりに所長室に向かった。いつものように窓を眺めるようにして座っている所長にはそっと近づいて、後ろから抱きついた。
「所長さん!」
が後ろから抱きつくのはよくあることだったので、津島所長はいくらか余裕を持って振り返った。だが抱きついてきたのが、見知らぬ成人女性だと分かって少々慌てた。
「おや、どこのレディかな?」
だがすぐに十五歳のに面影がある顔を見て、笑顔になった。
「松下です。今日から二十五歳!」
おやおやとの姿を津島所長は眺め、
「女の子の成長は早いな」
と言った。
「君のいない二週間の間に、例の自衛隊イージス艦について調べてもらったよ。現在接続可能な全平行世界にスキャンをかけたが見つからなかった。ただの事故の可能性が高そうだ。一応、乗員のリストを出したが……」
渡された紙は十枚くらいある。は目を通しながらずいぶんたくさんの人間が乗っていたものだと思った。
「乗員241名……昔の軍人ってどうしてこんなに群れたがるんでしょう」
所長は苦笑いする。
「今は人間が戦わないからなあ」
は最初のページのリストを上から二三人分読み上げてみた。
「艦長、梅津三郎。副長、角松洋介……」
調べてもらったものの、イージス艦の失踪がただの事故で、他の平行世界に転送されたわけでなければこれ以上関わるべきではない。がそうやって消えた船への関心をなくし始めたとき、津島所長は思い出したように手を叩いた。
「それとこれも。松下博士に頼まれていた資料が届いているよ。持って行ってくれるかな」
「資料って?」
「君の配属先の研究施設だ。君が専攻していた平行世界の研究が出来るようにって、お父さんが」
は首をかしげた。なんだか嫌な予感がして、入れ替えたばかりの人工臓器が全部凍りついてしまいそうだ。
「え、でも私はこの研究所と契約が向こう三年で決まってて……」
今度は津島が首をかしげた。
「それを取り消すようにってお父さんが……」
「博士が……!?」
「あ、まずいことを言ったかな。だけど、ここじゃ平行世界の調査ぐらいしかできないし、君も物足りないだろ」
津島は顔をしかめたがもう遅かった。は津島から資料が入った封筒をむしり取ると、所長室を飛び出した。