ツメアカ

■ 第二話 「二十五歳になりました」

 さあ始めようかというとき、は栗田にあるものを見せられて悲鳴をあげた。
「ええええ!」
「文句言うなよ」
 栗田もうんざりした顔で言う。
「だって、こんなの着るの?」
「今じゃないって、胴体部分と手足を繋げて、最終調整のときに着せるの。その間はちゃん意識ないんだからいいでしょ」
「でも終わったとき、これ着てるってことでしょ!?」
「まあ、そうだけど」
 彼らがなぜもめているかというと、のオーバーホール中に着る服だ。通気性、耐久性はありそうだが、デザイン性は……皆無だ。はその服のデザインをこう評価した。
「うえぇ。九十年前の近未来映画みたい」
「悪かったな、そんなのしかなくて」
 『マロンちゃん』こと栗田はボショボショと呟いた。妻のクローゼットから取ってくるわけにもいかず、倉庫に眠っていた仮装衣装か何かを引っ張り出してきたのだ。
「ほらさっさとはじめるぞ」
 その異様にポケットの多い奇妙な服をつついているを、栗田は制御装置に追いやった。


 菊池三佐のところへ遭難者らしき影を発見したと連絡があったのは、横須賀への上陸許可が下り当時の衣服への着替えが済んだときだった。パナマ帽片手にCICに入ると、どこからかクスクス笑いが漏れた。
「遭難者は?」
「港で遭難者って言ってもおかしいんですけどね、溺れてるので……港の人間に任せますか?」
 ガンカメラの映像をモニターに出して、青梅が半ば呆れ気味に言った。菊池はカメラの向こうで必死にもがく人物を見つめた。
「あの服装この時代の人間に見えるか?」
「はい?」
「あの服、変じゃないか」
「え」
 青梅はモニターを食い入るように見た。
「あ……なんだあ、美術系の専門学校生か?」
「……早くしないと手遅れになるかもしれん、艦長に連絡を」
 菊池はモニターを見たまま言った。


「ねえ、マロンちゃん。どうなってる?」
 は『マロンちゃん』にしきりに尋ねた。
「ん? ばっちりばっちり」
 なおざりに答えた『マロンちゃん』は最後の調整に真剣で、あだ名通りの栗のように大きな鼻に汗を浮かべている。ごつごつした太い腕がそこをこすると、『マロンちゃん』の鼻は腫れたように赤くなった。
「ちゃんとお願いした通りにしてくれたんだよね?」
「したしたあ! 大方はね。はい終わり」
「大方!?」
「ほら、鏡」
 鏡を渡され、は新しくなった自分の顔を覗き込んだ。
「うわあ、すごい」
 『マロンちゃん』はの驚く顔を見て満足そうだ。の入っている制御装置のスイッチを切り、彼女の全身に繋がっているケーブルを一本ずつ外していった。の注文で以前より少し長くなった黒髪が絡んで邪魔になる。
「すごいよ、私大人になってる! マロンちゃん見て!」
「ああもうここ二週間ずっと見てたって」
『マロンちゃん』はそう言ってから小声で「ヌードでね」と付け足した。
「あ、視界が高ーい! すごい、マロンちゃん天才だよ!」
 の絶賛の嵐に、『マロンちゃん』はちょっと顔を赤くした。ケーブルの抜く手を止めてから鏡を受け取り、
「かわいくなったな、ちゃん。十五歳の姿もよかったけど、とりあえず二十五歳の誕生日おめでとう」
 と感慨深げに言った。
「かわいいじゃなくて、きれいになったって言ってくださる? それに、ちゃんじゃなくて博士。先月で博士号取ったんですから!」
 『マロンちゃん』はがまだ十五歳の容姿で大学に通っていたときのことを思い浮かべた。卒業式で大きな角帽とガウンを身に着けたの姿は、今思っても滑稽である。
「やっぱり思い切ってオーバーホールしてもらってよかった。十歳も年齢詐称してたらさすがにまずいもんね」
「全身機械化してるんだから、いつまでも若くいられていいじゃない。うちのカミさんなんかシワが出てきたとかって大騒ぎ」
「……ねえ、マロンちゃん」
 急にの声が沈んで『マロンちゃん』はどきっとした。彼は、これを期にが月一でオーバーホールしたいと言い出すのではないかと内心冷や冷やしていたのである。
「どうした」
「なんだか目が離れすぎてない?」
「そう?」
 ほら始まった。女が自分の容姿に不満を持って限りがないのは妻を見て承知している。
「あ、なんかお尻が大きい!」
「これくらいがちょうどいいって」
「やだ、他にも気になるところいっぱい!」
「そういうと思って、フォルム改造ソフト、補助脳に入れといたよ」
「そんなの根本的な解決にならないよお!」
 苦笑いしながら『マロンちゃん』はをなだめたが、はその他にも耳が立っているだの、唇が薄いだの、髪がまっすぐすぎるだの、ぶつぶつ文句を言いだして、『マロンちゃん』の手には負えなくなってしまった。とその時。
「おい、どうなった」
 救世主の声が聞こえて、『マロンちゃん』はほっとした。太くどっしりした声の救世主が姿を現すと『マロンちゃん』はこっちだと手を振り、はどこかに隠れようとあたふたしだした。
「あ、まだ来ちゃだめ!」
 そう叫んでは制御装置の後ろに隠れようとするが、『マロンちゃん』が押しとどめた。
「こらこら動くな、まだケーブル全部外してないんだから」
「だってえ」
 そんな二人に近づいてきたのは白衣を着た大柄の男である。
「二人とも、ここは研究所だぞ。騒ぐんじゃない」
「松下、なんとか言ってやってくれよ。十分かわいいんだから」
 大柄の男は眉をひそめた。
「なにかあったのか?」
「博士になんて見せられない! 目は離れてるし、お尻なんてこれじゃハチに刺されたみたいよ」
 これだけで大体の事情は分かったようで、松下博士は苦笑いしながらの顔を覗き込んだ。
「見せてみろ」
 そう言われると、後ろを向いていたはしぶしぶ振り返った。
「博士、変じゃない?」
「おお、かわいくなったじゃないか」
 は口を尖らせる。
「きれいって言って欲しかったの」
「せっかく栗田オーバーホールしてくれたんだ。お礼は言ったのか?」
 は不機嫌そうに顔を歪めたが、しぶしぶ『マロンちゃん』の方を向いて「ありがと!」と口を突き出していった。すると『マロンちゃん』は皮肉っぽく肩をすくめて言った。
「声も少し大人っぽくしたんだから、『ありがとう、栗田さん』とか言って欲しいなあ」
 は嫌だと舌を出してやろうかと思ったが、少し考えてから意地悪のつもりで、
「ありがとう、栗田さん」
 と言ったが、自分が想像したよりセクシーな声が出て驚いた。『マロンちゃん』は思ったとおりだと手を叩く。そして最後に松下博士が、
「いい女になったじゃないか」
 と言うと、はすこしばかり機嫌をなおした。
「ほんとにそう思う?」
「ああ、美人になったよ」
 するといっぺんには笑顔になって、松下博士に抱きついた。
「じゃあこれでいい!」
 『マロンちゃん』は、とりあえず月一のオーバーホールは免れたとほっと胸をなでおろしていたが、抱きつかれた松下博士がの体を見下ろしながら言った、
「やっぱり尻が少しでかいな」
 の一言でまたもや青ざめるのである。

 

 

 

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