ツメアカ

■ 第十九話 「世話焼き娘」

 が見たところ、如月は口数の少ない男だ。角松が聞き込みをしているときも、が地元の人間との通訳をかってでているときも、彼は少しはなれたところで腕を組んでそれを見ている。そして夜になるといつの間にか出かけてしまい、朝には新しい情報を持って帰ってくる。
「あんたも大変だな」
「え、何がですか?」
 そんな彼が突然話しかけてきたものだから、は答えをすぐに出すことが出来なかった。朝食どきで賑わっている食堂だったために、聞こえなかったと思った如月は少し声を大きくした。
「昨夜のことだ、災難だったな」
「あ、ええ、まあ」
 の背中を嫌な汗が流れた。
 昨晩の角松とには大きな課題があった。如月のいる隣の部屋に、『松下明』を帰らせなければならないという大きな課題だ。しかし、今しがた娼婦が身に着けていた服を着て『松下明』が現れたら、どう考えたって怪しまれてしまうだろう。そこで角松が犠牲になった。
「上官が娼婦を買ったと怒って飛び出すとはな」
 は力なく笑った。如月には、角松が娼婦を買い、それを知ったこと『松下明』は怒り狂って宿を飛び出し、明け方まで町中を歩き回っていたという『少し無理のある』事情説明をしてある。
「あの時は、少し驚いてしまって」
「驚く?」
「は、はい。えっと、いきなり角松さんに呼ばれたからってやってきて」
 はこのままではボロが出そうで、角松が早く戻ってきてはくれないかと思った。しかし角松は吉村が立ち寄ったという食堂の店主に、熱心に聞き込みをしている。
「それで、角松さんの部屋は隣だということも教えずに飛び出したと」
 そう言う如月の顔が昨夜のような皮肉った感じの表情だったので、は少しむっとして言った。
「すみません、如月さんにもご迷惑をおかけしたみたいで」
「いや、構わない。ただ……あれはてっきり君が買ったのかと」
「ち、違いますよ!」
 否定したの声がひどく大きかったので、食堂の椅子をちらほら埋めていた客たちが振り返った。は慌てて声をひそめる。
「なんでですか!」
「女があんたの服を着ていたからだ」
 あまり突っ込まれたくない話題に、は焦った。
「きっと着替えたんでしょう」
「なぜ」
 もっと角松と綿密な打ち合わせをしておくべきだったと、は後悔した。仕方がないので即席で言い訳を考える。
「そういう趣味の人っているじゃないですか」
「男装趣味?」
「いや男装してる女の人と、その……」
 とが語尾を濁らせて言った瞬間、如月が意外そうな顔をした。
「え、あ、角松さんがそうだって言ってるわけじゃありませんけど!」
 ちらっと顔をあげて角松の方を見た如月に、は言った。一応フォローを入れはしたが、この際彼が角松におかしな印象を持ったとしてもそれは仕様のないことだ。角松さん、ごめんなさい。は心の中で角松を拝んだ。
「あの女、日本人だったな」
 ふと如月がそう言って、は何気なく相づちを打った。
「ええ、そうでしたね」
「夢の国と言われるここも、そんなものか」
 は如月の言っていることの意味がよく理解できず、首をかしげて聞いた。
「どういうことですか?」
 だが如月はそれ以上何も言おうとしなかった。代わりに、店主と話していまだに良い情報を掴めていない様子の角松を見て舌打ちした。
「埒があかないな。式典のほうから探った方が早そうだ」
 眉間に少し皺を入れている如月には提案した。
「じゃあ、角松さんにそう言えばいいじゃないですか」
 如月は表情を崩さないまま答えた。
「私は助言する立場にない。彼が吉村の周囲を調べるといったら、それに協力するまでだ」
「なら私が言ってきますね」
 と言っては飛び出していこうとするので、如月はその腕を引っ張った。
「何言ってる。あんたは……」
 上官に指図する気かと続けようとした如月を、は得意げな笑顔で制した。
「私は角松さんの部下じゃないんです。ただの通訳、兼……」
「兼?」
「世話焼きの娘?」
 如月の腕をはがして走っていくの後姿を見ながら、如月は不思議そうな顔をして見ていた。
「娘じゃなくて息子だろう」

 

 

 

 

 

 

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