■ 第十一話 「私も行きます!」
目の前の光景はウィスダムの映像だと一瞬気づかないくらいリアルだった。が本物の角松が狙撃されたのかと思ったくらいだ。映像はゆっくりと進んだ。と握手していた手にはいつのまにか拳銃が握られ、角松が痛みに顔を歪める。弾丸が飛んできた方向はの背後。は背中のすぐ後ろに人の気配を感じて凍りついた。振り向くと……
「もう放してもいいかな」
角松の声で意識を取り戻したは、自分が彼の手をものすごい力で握り締めていることに気がついた。はいまの映像に頭を混乱させたまま、慌てて手を放す。
「ご、ごめんなさい」
「なにか分かったか?」
は慌てて答えた。
「何も見てない!」
が大きな声を出したので辺りは静まり返った。皆困惑した様子で焦点の定まらない彼女を見ている。
「松下さん、大丈夫?」
桃井が心配そうな声を出した。は首を振って答えた。
「船酔いしたみたいです。そろそろ部屋に戻ってもいいですか」
止める者はいなかった。
朝食を食べに行かないかと桃井に誘われたが、はさっきの映像のことで頭がいっぱいだった。いりませんと答えると、後で持ってくるからと言ってドアの前から桃井は去っていった。
「さっきのはいったい何? 誤作動? いや違う、ほら考えて考えて……」
頭が混乱して、補助脳の記録部分からうまく情報を引き出せない。
「大丈夫、落ち着いて」
そう言い聞かせて目を閉じ、ウィスダムの見せた光景をもう一度再生する。輸送船、港、と映像は流れ、一瞬途切れた後、拳銃をかまえた角松が現れた。とたん映像はスローモーションのようになり、彼に飛び込んでいく弾丸がはっきりと見える。そして弾丸はまっすぐ角松の肩に命中し、シャツを焦がし筋肉を引き裂いて貫通することなくそのまま埋め込まれた。
「うっ」
角松の肩から血がほとばしって、は吐き気を覚えた。角松が倒れるのを確認する前に映像をしまい込んでしまう。ベッドの上に縮こまって、はじっと考えた。
「どうしよう」
ただの好奇心でとんでもないものを見てしまった。はしばらく罪悪感に苛まれていたが、ふとその後に彼の命運は今まさに自分にかかっているのだという、大きな使命に気がついた。
「ど、どうしよう!」
「かかか、角松さんは?」
「え? 航海長たちと話があるって言ってたけど……」
食事を持ってきた桃井が部屋に入った瞬間、は噛み付く勢いで聞いた。
「あの、私、すぐにお話したいんですけど!」
「え、私が伝えておくってのは駄目?」
「駄目です!」
トレイの平行を保っていることを忘れるくらい、桃井はたじろいた。だがすぐに落ち着きを取り戻して、
「ちょうど午後からあなたに艦長と会ってもらおうってことになってるの。それまで待ってね」
小娘の戯言と解釈されたのだと感じて、は押し付けられたトレイを受け取らなかった。
「でも今すぐお話しないと!」
「そんなに急いで、何を話すっていうの」
あ、とは言葉に詰まった。角松になんと言うのだ。私の開発した未来予測システムがそれは私の頭の中にあるんですけどなんで頭の中にあるかというと実は私サイボーグでいやそれは後で説明しますがそもそも私は別の世界からいやそれも後で解説するとしてとにかくそれが角松さんの危険を察知したんですだから船に乗って中国へは行かないでください、
「って無理」
は思わずそう口に出してしまった。桃井が眉をひそめる。
「なにが?」
「いいえ……角松さんはまだ船にいらっしゃるんですよね」
「ええ」
「じゃあ、午後まで待ちます」
がそう言うと、桃井は満足したような呆れたような顔になった。
「そう、よかった。じゃ、これちゃんと食べてね。お昼ごはんもここに持ってくるから」
今度こそトレイをに押し付けて、桃井は部屋を出て行った。
「よしっ」
はまだ湯気を立てている飯を見下ろして気合を入れた。午前中は、腹が減っては戦はできぬ、いざ出陣! という具合にことが進んだ。もちろんは昼食も残さず平らげた。そうしていると角松を助けなければという使命感がむくむくと増していくように思えたからだ。食事を必要としない機械のはずなのに、体はどんどん栄養を吸収していくようであった。
だが使命感は強固なものとなったものの、は角松をなんと言ってとめるのか決めるのをすっかり忘れたまま、呼びにきた桃井とともにミーティングルームへと向かってしまったのである。
なんだか重々しい空気の漏れ出す扉の前に立って、は緊張する。と同時に何の対策も考えなかった自分の間抜けさを呪った。
「そんなに堅くならないで。食べられやしないから」
桃井が笑って扉をあけた。中には昨日の三人と、艦長らしき人が座っていて、空いている席に座るように言われた。まるで面接試験みたいだ。
一番奥に座っている、初老の男が口を開いた。
「はじめまして、艦長の梅津です。体はもう大丈夫ですか」
「は、はい」
「まあそう緊張せずに」
梅津が苦笑いしながら言って、の後ろで桃井がクスクスと笑った。は恥ずかしさにうつむく。
「この状況で混乱なさっているかとは思いますが、それは私たちも同じです」
「はい。お察しします」
「本位ではありませんが、しばらくは我々と行動を共にしてもらいます。詳しいことは桃井一尉に聞いてください」
やはりこの艦に残ることになるのか。は少々不安に思いながらも従うことにした。
「今日からあなたもこのイージス艦『みらい』の一員です。『みらい』にようこそ」
「ありがとうございます。あ、それと、あの」
「なんでしょう」
はとても重要なことを聞いていなかったことを思い出した。
「私のことは、誰が助けてくれたんですか?」
「ああ、副長だよ。この人、角松二佐」
尾栗が答えた。おおお、との中で罪悪感はぐっと増した。
は角松のほうを見た。角松はこちらを向いてはにかむ。
「ありがとうございました、角松さん」
「どういたしまして」
笑った顔が松下博士にどことなく似ていて、はどきっとする。そして、角松の服装だけが他の人たちと違うのに気付いて、いやな予感がした。
「あの、どうして角松さんはスーツなんですか?」
尾栗がああと答えた。
「副長はこれから出かけるんだよ」
は背中の毛穴がブワッと開いて、冷や汗が流れるのを感じた。
「へえ、どこに?」
がそういうと皆口ごもった。その様子を見て、はなにか明かせない事情で角松が船を降りるのだろうと思った。が取りあえず控えめに、
「あの、私も一緒に行っちゃあ……」
と聞いてみたら、席についていた四人が一斉にこちらを向いた。
「あ、いえなんでもないです」
とうてい許可してもらえそうになり雰囲気に、はすぐに引き下がった。梅津艦長は一瞬怪訝な表情になって、少々性急な感じで言った。
「それでは、もう部屋に戻っていただいて結構ですよ」
「松下さん、角松二佐に話したいことがあったんじゃないの」
「は、はい……」
なかなか動こうとしないに、桃井はもう一度声をかけた。
「松下さん?」
「あ、あの」
もごもごと口を動かす、肩眉を上げて角松は見た。
「はい?」
が顔を上げると角松と目があう。
「え、えっと」
「なんですか」
「た、助けてくださって本当にありがとうございました。あ、握手を」
は立ち上がって角松に手を差し出した。さっきまでの使命感はすっかり萎えてしまって、できることならテーブルの角に頭をぶつけて死んでしまいたかった。
「いいですよ」
快く角松は握手を受けてくれる。はもしかしたらと思ってウィスダムを起動させるが、それの見せる未来は変わらなかった。
「ありがとうございました」
握手を終えると角松は梅津の方に向き直った。
「それでは、私は出発します」
「ああ、気をつけてな」
「それでは、松下さん」
の横を通り過ぎ角松が部屋を出て行こうとする。梅津たちも立ち上がり、皆が入り口に集中する。どうにか呼び止めよう、でもなんと言ったらいいかわからないがまごついていると、尾栗がそばに寄ってきてに耳打ちした。
「さっきの占い、当たってたよ」
この一言が、のスイッチをもう一度入れた。未来を知っているのは自分しかいない、さあ止めるんだ、!
とにかくはこのまま行かせてはいけないと角松を呼び止めた。
「ま、待ってください!」
「なんですか?」
皆が不思議そうな顔で振り返る。は口をパクパクさせながら考えた。行くなといっても変に思われてしまうのは当たり前だ。考えろ、考えるんだ。
「松下さん、どうしたの?」
桃井が心配そうにを覗き込むので、は余計に焦った。
「わ、私」
「え?」
「わ、私も一緒に行きます!」
焦るあまり混乱した口が吐き出したのは、そんな無謀な発言だった。
「もう放してもいいかな」
角松の声で意識を取り戻したは、自分が彼の手をものすごい力で握り締めていることに気がついた。はいまの映像に頭を混乱させたまま、慌てて手を放す。
「ご、ごめんなさい」
「なにか分かったか?」
は慌てて答えた。
「何も見てない!」
が大きな声を出したので辺りは静まり返った。皆困惑した様子で焦点の定まらない彼女を見ている。
「松下さん、大丈夫?」
桃井が心配そうな声を出した。は首を振って答えた。
「船酔いしたみたいです。そろそろ部屋に戻ってもいいですか」
止める者はいなかった。
朝食を食べに行かないかと桃井に誘われたが、はさっきの映像のことで頭がいっぱいだった。いりませんと答えると、後で持ってくるからと言ってドアの前から桃井は去っていった。
「さっきのはいったい何? 誤作動? いや違う、ほら考えて考えて……」
頭が混乱して、補助脳の記録部分からうまく情報を引き出せない。
「大丈夫、落ち着いて」
そう言い聞かせて目を閉じ、ウィスダムの見せた光景をもう一度再生する。輸送船、港、と映像は流れ、一瞬途切れた後、拳銃をかまえた角松が現れた。とたん映像はスローモーションのようになり、彼に飛び込んでいく弾丸がはっきりと見える。そして弾丸はまっすぐ角松の肩に命中し、シャツを焦がし筋肉を引き裂いて貫通することなくそのまま埋め込まれた。
「うっ」
角松の肩から血がほとばしって、は吐き気を覚えた。角松が倒れるのを確認する前に映像をしまい込んでしまう。ベッドの上に縮こまって、はじっと考えた。
「どうしよう」
ただの好奇心でとんでもないものを見てしまった。はしばらく罪悪感に苛まれていたが、ふとその後に彼の命運は今まさに自分にかかっているのだという、大きな使命に気がついた。
「ど、どうしよう!」
「かかか、角松さんは?」
「え? 航海長たちと話があるって言ってたけど……」
食事を持ってきた桃井が部屋に入った瞬間、は噛み付く勢いで聞いた。
「あの、私、すぐにお話したいんですけど!」
「え、私が伝えておくってのは駄目?」
「駄目です!」
トレイの平行を保っていることを忘れるくらい、桃井はたじろいた。だがすぐに落ち着きを取り戻して、
「ちょうど午後からあなたに艦長と会ってもらおうってことになってるの。それまで待ってね」
小娘の戯言と解釈されたのだと感じて、は押し付けられたトレイを受け取らなかった。
「でも今すぐお話しないと!」
「そんなに急いで、何を話すっていうの」
あ、とは言葉に詰まった。角松になんと言うのだ。私の開発した未来予測システムがそれは私の頭の中にあるんですけどなんで頭の中にあるかというと実は私サイボーグでいやそれは後で説明しますがそもそも私は別の世界からいやそれも後で解説するとしてとにかくそれが角松さんの危険を察知したんですだから船に乗って中国へは行かないでください、
「って無理」
は思わずそう口に出してしまった。桃井が眉をひそめる。
「なにが?」
「いいえ……角松さんはまだ船にいらっしゃるんですよね」
「ええ」
「じゃあ、午後まで待ちます」
がそう言うと、桃井は満足したような呆れたような顔になった。
「そう、よかった。じゃ、これちゃんと食べてね。お昼ごはんもここに持ってくるから」
今度こそトレイをに押し付けて、桃井は部屋を出て行った。
「よしっ」
はまだ湯気を立てている飯を見下ろして気合を入れた。午前中は、腹が減っては戦はできぬ、いざ出陣! という具合にことが進んだ。もちろんは昼食も残さず平らげた。そうしていると角松を助けなければという使命感がむくむくと増していくように思えたからだ。食事を必要としない機械のはずなのに、体はどんどん栄養を吸収していくようであった。
だが使命感は強固なものとなったものの、は角松をなんと言ってとめるのか決めるのをすっかり忘れたまま、呼びにきた桃井とともにミーティングルームへと向かってしまったのである。
なんだか重々しい空気の漏れ出す扉の前に立って、は緊張する。と同時に何の対策も考えなかった自分の間抜けさを呪った。
「そんなに堅くならないで。食べられやしないから」
桃井が笑って扉をあけた。中には昨日の三人と、艦長らしき人が座っていて、空いている席に座るように言われた。まるで面接試験みたいだ。
一番奥に座っている、初老の男が口を開いた。
「はじめまして、艦長の梅津です。体はもう大丈夫ですか」
「は、はい」
「まあそう緊張せずに」
梅津が苦笑いしながら言って、の後ろで桃井がクスクスと笑った。は恥ずかしさにうつむく。
「この状況で混乱なさっているかとは思いますが、それは私たちも同じです」
「はい。お察しします」
「本位ではありませんが、しばらくは我々と行動を共にしてもらいます。詳しいことは桃井一尉に聞いてください」
やはりこの艦に残ることになるのか。は少々不安に思いながらも従うことにした。
「今日からあなたもこのイージス艦『みらい』の一員です。『みらい』にようこそ」
「ありがとうございます。あ、それと、あの」
「なんでしょう」
はとても重要なことを聞いていなかったことを思い出した。
「私のことは、誰が助けてくれたんですか?」
「ああ、副長だよ。この人、角松二佐」
尾栗が答えた。おおお、との中で罪悪感はぐっと増した。
は角松のほうを見た。角松はこちらを向いてはにかむ。
「ありがとうございました、角松さん」
「どういたしまして」
笑った顔が松下博士にどことなく似ていて、はどきっとする。そして、角松の服装だけが他の人たちと違うのに気付いて、いやな予感がした。
「あの、どうして角松さんはスーツなんですか?」
尾栗がああと答えた。
「副長はこれから出かけるんだよ」
は背中の毛穴がブワッと開いて、冷や汗が流れるのを感じた。
「へえ、どこに?」
がそういうと皆口ごもった。その様子を見て、はなにか明かせない事情で角松が船を降りるのだろうと思った。が取りあえず控えめに、
「あの、私も一緒に行っちゃあ……」
と聞いてみたら、席についていた四人が一斉にこちらを向いた。
「あ、いえなんでもないです」
とうてい許可してもらえそうになり雰囲気に、はすぐに引き下がった。梅津艦長は一瞬怪訝な表情になって、少々性急な感じで言った。
「それでは、もう部屋に戻っていただいて結構ですよ」
「松下さん、角松二佐に話したいことがあったんじゃないの」
「は、はい……」
なかなか動こうとしないに、桃井はもう一度声をかけた。
「松下さん?」
「あ、あの」
もごもごと口を動かす、肩眉を上げて角松は見た。
「はい?」
が顔を上げると角松と目があう。
「え、えっと」
「なんですか」
「た、助けてくださって本当にありがとうございました。あ、握手を」
は立ち上がって角松に手を差し出した。さっきまでの使命感はすっかり萎えてしまって、できることならテーブルの角に頭をぶつけて死んでしまいたかった。
「いいですよ」
快く角松は握手を受けてくれる。はもしかしたらと思ってウィスダムを起動させるが、それの見せる未来は変わらなかった。
「ありがとうございました」
握手を終えると角松は梅津の方に向き直った。
「それでは、私は出発します」
「ああ、気をつけてな」
「それでは、松下さん」
の横を通り過ぎ角松が部屋を出て行こうとする。梅津たちも立ち上がり、皆が入り口に集中する。どうにか呼び止めよう、でもなんと言ったらいいかわからないがまごついていると、尾栗がそばに寄ってきてに耳打ちした。
「さっきの占い、当たってたよ」
この一言が、のスイッチをもう一度入れた。未来を知っているのは自分しかいない、さあ止めるんだ、!
とにかくはこのまま行かせてはいけないと角松を呼び止めた。
「ま、待ってください!」
「なんですか?」
皆が不思議そうな顔で振り返る。は口をパクパクさせながら考えた。行くなといっても変に思われてしまうのは当たり前だ。考えろ、考えるんだ。
「松下さん、どうしたの?」
桃井が心配そうにを覗き込むので、は余計に焦った。
「わ、私」
「え?」
「わ、私も一緒に行きます!」
焦るあまり混乱した口が吐き出したのは、そんな無謀な発言だった。