ツメアカ

■ 第十話 「趣味は占い」

 廊下を歩いていて、はよく見ると角松のスーツがそこら中泥だらけなのに気づいた。転びでもしたのだろうか。まさか喧嘩?
 先を歩いていた角松が言った。
「食事のときは桃井一尉が呼びに行きますから、部屋から出ないように」
「はい。ごめんなさい。あの、角松さん」
「なんですか」
 角松はまだ怒っているようだった。
「今お帰りだったんですか。ほかの二人は?」
「二人は昨日のうちに帰っているはずです。知らないってことはどうやら、出歩いたのはこれが最初みたいだな」
 後半が自分に向けられた言葉だと気づいて、は苦笑いした。
「今までどこに行ってたんですか」
「なぜそんなことを?」
 一貫しての角松のしれっとした態度に、はとうとうムッとした。
「そんなに泥だらけだと、誰だって気になると思いますけど!」
「えっ?」
 角松は立ち止まって、自分の服を確認した。そしてばつが悪そうに頭をかき出したので、はきょとんとしてしまった。
「ほんとだな、スマン」
 あっさり謝られてしまった。は今まで出合ったことのないタイプの人間に目を丸くして、どう返事していいのか分からず困惑してしまった。
「い、いいえ」
そうこうしているうち、の使っている部屋の前についた。が部屋の中に入ると、角松は「絶対に出るな」と念を押してドアを閉めようとした。ところが、
「あ、角松さん!」
 は閉まろうとする扉を押しとどめ、角松の手を掴んだ。
「擦りむいてるじゃないですか」
 に言われて角松は自分の手を見た。確かに手からは血が流れていたが、それは『ちょろん』としたもので、の慌てぶりに角松は変な顔をした。
「お。なんだ、これくらい大したことないぞ」
「ばい菌が入ったら熱が出ますよ!」
「え、あ、そうかもしれんが」
「桃井さんに診てもらいましょう!」
「いや、大丈夫だって。舐めておけば」
「そんな不潔なの、ダメです!」
 そうしては角松を引きずって医務室に急いだ。


「はいはい、じゃあ赤チンつけておきましょうね。洋介ちゃん」
 そう言う桃井を角松がにらんだ。
「桃井一尉」
「アルコール消毒は? あ、でも蒸発時の酸素で皮膚組織を破壊しちゃうから、ああどうしよう。ね、ほんとに赤チンだけでいいんですか?」
 角松の手を覗き込みながら、はおろおろとしている。これには二人も首をかしげた。
「大丈夫よ、任せて」
 手まで組み始めたに、桃井は苦笑いしながら言った。角松はもはやうんざりした様子だ。
「今の女の子はこんなに大げさなのか?」
「え、大げさでした? 私あんまり怪我したことないから」
「おいおい、まるでどこかのご令嬢だな。料理なんてしたことないんだろう」
 失礼な、とはふくれた。
「父と二人でしたから、家事は全部私がやってましたよ」
「ああ、そうなのか。スマンスマン」
 桃井一尉が言った。
「偏見なんていやあね」
「ねえ」
 も同調する。すると、医務室の扉が開いて尾栗と菊池が入ってきた。
「おいおい、副長が大怪我して帰ってきたって?」
 尾栗が大怪我のところを強調していった。『マロンちゃん』と同じくらい趣味が悪くて、面白いギャグだった。
「特高に会ったんですか」
 次に菊池が言った言葉は周りをしんとさせた。尾栗が、
「そうなのか」
 と真剣な顔つきで言うと角松は、
「いいや、ちょっと犬と遊んでいてすりむいただけだ」
 と言った。尾栗が「おどかすなよ」と苦笑いし、桃井や菊池はほっと胸をなでおろした。はというと「特高って?」と聞きたいのをこらえて、皆と一緒に安堵する振りをしておいた。
「犬と遊んでたなんて、ちょっとかわいい」
 大きな体の角松が子犬とたわむれているところを想像して、は笑った。
「かわいいだってさ」
 尾栗が角松の腕を小突く。
「やめろよ康平」
そうなると尾栗の興味は完全にに移ってしまった。年はいくつ、出身は、仕事は何、 映画は好き……趣味は? と聞かれて、は返事に困った。
「えっと、う、占いかな」
 最初にウィスダムのことが浮かんで、ついそう言ってしまった。
「へえ、タロットとか?」
「え、えっとね。手を見れば、その人の未来が分かるんです」
「へえ、手相みたいなもの?」
 このとき、彼らにウィスダムの実験台になってもらおうという、研究者としての熱がの中に沸き起こっていた。やってみせると言って尾栗の手をとると、そっとウィスダムを起動させる。
「いやあまいったな」
「鼻の下が伸びてるぞ」
 菊池と尾栗が会話しているその奥に、うっすらとビジョンが見えた。尾栗が食事を取っている光景だ。ビジョンの中の尾栗はかなりのピッチで飯を平らげている。最後の一口をほおばった。すると尾栗は気持ち悪いようなウッとした表情になる。
「うえ、砂が入ってる」
 ビジョンの尾栗はそう言って消えた。
「どう? なんか分かる?」
 本物の尾栗に聞かれ、は答えた。
「朝食のとき、嫌なことがあるから気をつけて」
「え、嫌なことって?」
「それは分からないけど」
 は嘘をついた。
「うわ、俺飯行きたくない」
「そんなに悪いことじゃないと思いますよ。ね、角松さんも占ってあげようか」
 親指で手についた赤チンをつついていた角松が顔を上げた。
「え、俺もか」
 すぐさま桃井が茶化しにかかった。
「若い子に手、握ってもらいなさいよ」
 角松は困った顔をする。
「え、いやそんな俺は」
「いいから、いいから!」
 そう言っては角松の手を握った。そのとたん、角松の手の怪我が治っていった。は驚いたが、それもウィスダムの見せる未来なのだと気づいた。そして次に現れたものを見ては再び驚いた。角松の背後で、輸送船のような大きな船が見えたからだ。視界の中で船はものすごいスピードで波を掻き分け、船を浮かべる海は点滅するように赤くなったり青くなったりしている。次は船の到着した港だ。人がたくさん見える。漢字の並んだ看板と飛び交う言語。ここは、中国か。と思ったとたん、映像は消えた。
 どうやらこれ以上は分からないようだと判断して、は角松の手を離そうとした。
「角松さん、近いうちに……」
 がそう言うと突然、別の映像が広がった。あれっと思った瞬間には耳の横をなにか熱いものがゆっくりと通り過ぎて行った。なんだと目を見張って角松を見て、は悲鳴をあげそうになる。
 目の前に立った角松が白いシャツの右肩を真っ赤に染めていた。撃たれたのだ。

 

 

 

 

 

 

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