モロゾフ詩集『幸せの壷』について

イリヤ・ミハイロヴィッチ・モロゾフ
イリヤ・ミハイロヴィッチ・モロゾフ(?〜1942)

『パンドラの箱』という話をご存知だろうか。絶対に開けてはいけないと言われた箱を、パンドラという女が、開けてしまい、あらゆる悪徳が箱からあふれだし、箱の中には「希望」だけが残っていたという有名な話だ。たいていの人が知っているだろう。

オリジナルのギリシャ神話では、この話は、「箱」ではなく、「壷」だった。モロゾフの詩集は、この「パンドラの箱」のパロディで、「幸せの壷」という壷があり、「幸せ」が壷からあふれだして、壷には「不幸」だけが残っていた、という話である。

ただし、『幸せの壷』では、すでに壷のフタは、開けられていていて、この壷を見つけた、アレクセイ・セルゲイヴィッチ・アントノフという兵隊の若者が、この壷の中の「不幸」達と語り合うという構成になっている。

「なあ、お前達、なんで、フタが開いているのに、外に出ないんだ?」

アレクセイ・セルゲイヴィッチが、何の気なく言ったこの一言で、壷の中はいっせいにざわめきたった。それからしん、と静まり返った。

やがて、怒りをはらんだ声が、次のように言った。

「俺達は、出たくても出られないんだッ。出られたところで、人間の奴らは、俺達を捕まえては、この壷の中に戻しちまうんだッ」

この一節のように、『幸せの壷』の詩は、何かを暗示するような、風刺するような表現が多く、解釈を読者に求めるが、しかし、それをはっきりとは明示できないようになっている。自分にも、これが、どういう意味だか、よく分からない。

ひとつの解釈としては、モロゾフの生きた、スターリン時代のソ連は、他の社会主義国家と同様、我々は進歩的、国民はみんな幸福で、不幸なんてありはしない。貧困もない。悪徳もない。資本主義社会の奴らは、みんな堕落して腐りきっているが、我々、社会主義国家の国民には、その害毒は及ばない、ということに建前上は、なっていた。ソ連が崩壊した今となっては、もう、何を言わんか、であるが、こうした「貧困があってもなかったことにする」「不幸があってもなかったことにする」ことへの、詩人モロゾフのあてこすりだった・・・・・・様な気がするが、そうじゃないような気もする。結局のところ、よく分からない。

それで、その「不幸」の、身の上話が、この詩集の中身なんであるが、これもなんか、寓話のような話になっているのだが、『イソップ寓話』みたいに、言いたいことが、ハッキリ書いてないので、何を意味しているのか、何を教訓とすれば良いのかが、いまいちよく分からず、読んだ人によって、解釈が分かれると思う。

小説『蝶が、石の花に変わる森の、5人と1人』のもとになった詩、『蝶が、石の花に変わる森の、蝶の話』は、蝶の標本採集家から、必死で逃れようとする蝶たちの話である。当然、蝶の標本採集家は、美しい蝶を集めようとする。それで、蝶たちは、標本採集家につかまらないように、どうにかして、醜くなろう、醜い蝶になろう、とするのだ。

マリア(仲間の蝶である)が、捕まったと聞いて、
とうとう私は決心を決めたわ。
今日こそ、この私の顔に、醜い醜い、
傷跡を残すの。
そうすれば、「あの人」は、
私になんか、見向きもしないでしょうよ。
ええ、そうですとも。そうなんだわ。
きっと、そうなのよ。

私は、切れ味の悪いナイフを、顔に
あてて、力をこめて、傷をつけたの。
ああ、痛い、痛い。
私の目からは、涙があふれたわ。
傷が痛かったから、だけじゃないわ。
私は、大事なことに気が付いたからなの。
こんなに醜くなって、
この先、ずっとずっと私は、醜いままで、
生きていくのだわ。
そして、ずっと醜いまま年をとり、
醜いまま死ぬのだわ。


解釈不明でしょ。蝶に顔があるのか、というツッコミはなしにして。 現実に、モロゾフが、こういう女の身の上話を聞いたのだろうか。だとしたら、どういう状況なんだろう。結局、よく分からない。この「蝶の標本採集家」が何を風刺しているのかも、ハッキリとは言えない気がする。なんとなく、想像するものは、無いわけじゃないけど。

なにしろ、「不幸」の語る身の上話が、詩の内容なんで、悲惨な話ばっかりだ。「ネクラはダメ!!」の現代日本じゃあ、モロゾフの詩は、受け入れられないだろうなぁ・・・などとふと思う。

中でも、詩「月が、とてもとてもきれいな晩」はすさまじい。これは、ある村で、一人の少女が、伝染病にかかるのである。村人たちが、伝染病から助かる方法はただひとつ。この少女を殺して土に埋めること。で、結局、少女は捕らえられて、殺され、埋められる。救いようのない話だが、この結びが、もうなんとも・・・(鳥肌)

あのかわいそうな女の子は、
はじめに頭痛がきたのだったっけ。
それとも、熱がきたんだったけ。
なんで、俺がそんなこと知りたいのかって?
いや、だってそうだろう。
もし、俺が、あの子と同じ病気だったら、
あの子と同じように
今度はこの俺が、
縊られて、埋められるんだ。


俺、昨日から、咳が、止まらないんだ。
熱も出てきたんだ。
どうしよう。
あの子と同じ病気だったら
俺があの子にやったのと同じように、
今度はこの俺が、
縊られて、埋められるんだ。


読んでて、なんか・・・。残るものはあるけど、それがなんなのかは、言葉に出しては言えない。

だいいち、こういった「悪夢のカタログ」としか言えないような詩ばかり集めた詩集の題名が、『幸せの壷』だというのだから、正直、ふざけてると思う。「不幸」を閉じ込めておく壷の名前が、「幸せの壷」だというのには、何か意味があるのだろうか。

結局、・・・・・・・・・・・よく分からない。

モロゾフ自身も、この詩集同様、本当に、よく分からない人だった。

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