ばらばらで、細い

 …うわあ。
 嫌なところに出くわせちまった。
「古泉くん、ごめんなさい、こんなところまで呼び出しちゃって…」
「いえ、構いませんよ」
 放課後の体育館裏で告白なんて古典的なことを未だに思いつく女子がいることに俺は少なからず驚きながら、身を竦めて角を曲がった狭い陰に隠れていた。そこから出ようと思うと嫌でも告白の邪魔をすることになるので、俺はじっとしたくもない出歯亀をする羽目に陥ってしまったのだ。こちらから表に出られないことは二人も知っているだろうから、ここにいる俺が見つかる(という言い方も不快だが)危険性は低いとはいえ、余り気分のいいものではない。
 それにしても、よりによって古泉だ。ちょっと声色が違う感じもするが、あいつの声を聞き違えるはずもない。あいつにとってこんなこと日常茶飯事であることは軽く想像できるのだが、現場に居合わせるとなると落ち着かない。あり得ないことだが、現在あのハンサム野郎と不純同性交遊をしているのは勘違いでなければ俺であり、そうなるとこの複雑な心境も多少の説明はつく。つけたくはないが。
 古泉はそれだけで食っていけそうな容姿と明晰な頭脳にスポーツ万能、加えてうさんくさい品の良さを兼ね備える完璧男で、言うまでもなく非常にもてた。いや、むしろそのスペックの高さゆえ、女子も及び腰になったり牽制し合うようで、男子が想像するほどには告白されていないらしいのだが、そうはいってもそこらの男とは較べものにならないだろう。俺は正直なところを述べると、もてる男というやつがこういうシチュエーションでいかに振る舞うかということに少なからず興味があった。不安にならないかと言われると、まあその、なんだ。ならんな。
 少女の細い声が、こぼれるように落ちる。
「あのね、もう、想像はついてるかもしれないんだけど…」
「…」
「古泉くんが転校してきてからね、ずっと、好きでした」
「…」
古泉、何か喋れよ。女の子が居たたまれない感じになってないか。
「前に彼女はいないって言ってるの聞いたから、…もし、まだいないなら、私と付き合って、くれませんか」
「…ええ、彼女は、いないんですけど」
ようやく口を開いた古泉の声が非常に低いので、俺はひどく驚いた。もてる男は告白されてる最中こんなにテンションが低いってのか。
「申し訳ありませんが、好きな人がいますから、お気持ちには応えかねます」
断りやがった。いや、そりゃ断るだろうと思ったけど、断らなくても困るけど、こんなにあっさり断らなくてもいいだろう。余韻とかゼロだな。普段俺に雰囲気がどうとかいってなかったか。
「で、でも、付き合ってはいないの?」
お、食い下がった。古泉は考えているのか、答えない。女子の噂の伝播速度は凄いから、万が一ハルヒの耳に届いたときごまかせるか考えているんだろう。そんなとこ適当に答えろよ。
「付き合ってないなら、今はその人のこと好きでもいいから、お願い」
「…」
古泉、おまえあの饒舌さはどこに落としてきたんだ。
「付き合ってるの?」
そう女の子が再び訊ねた次の瞬間、
「そんなこと、あなたには関係ないでしょう」
という古泉のばっさりした返答で空気は凍りついた。
 古泉、さすがにそれはない。それはないだろう。俺が女なら泣くぞ。泣き崩れるか思わず一発平手打ちするぞ。本当に古泉か?俺が知っているにやけたいつもの古泉と雰囲気が違いすぎる。
「…、そう、だね、ごめ…」
「あ、いえ、言い過ぎました、すみません。本当にお気持ちは有り難いのですが、やはり難しいです」
古泉の声が突然慌て始める。これは、泣かしたな。そりゃ泣くだろ。
 その後女の子は何か小さな声で呟いたが、涙声でよく聞き取れなかった。ごめんとかありがとうとかさようならとか、まあそんなところだろう。間もなくして、足音が遠くなっていった。走り去っていくスカートの揺れが、瞼に浮かぶ。

 はあ、と盛大なため息が聞こえて、俺はようやく壁から姿を現した。足音と影に顔を上げた古泉は、驚いて目を丸くしている。余り見られない表情だ。
「あなたですか。何してるんです、こんなところで」
「もっともな質問だな。ハルヒにどんぐりを集めてこいとか訳わからんこと言われてな、お前が遅いから俺一人で集めてたんだよ」
「それは申し訳ありませんでした。…あの」
「すまん。そんなつもりはなかったが聞こえてしまった」
「そうですか」
はああ、と古泉はまたため息をついて、ずるずるとコンクリートの地面に座り込んだ。
「古泉、俺が言うのもおかしいけどな、もうちょっと言い様があるだろう」
「どんな言い様ですか」
古泉が顔を伏せて恨みがましい声を上げるので俺は少し驚いたが、言葉を続ける。
「おまえのいつもの話術と演技力があれば如才なく断れるだろう。なんか悪いもんでも食べたのか?」
「そんなわけないでしょう。断ったら怒る、プライバシーに踏み込んでくる、本当のことを言ったら泣く、何なんですか。大体僕は他人とは必要な時しか話したくはありませんし、そうではなくて親しく話したい相手なんてあなたくらいなものです。元々僕は強い感情をぶつけられるのは苦手なんですよ」
俺はつい、腕を伸ばして古泉を抱きしめてしまった。ここにさっきの子が戻ってきたらとんでもないトラウマを与えることになるなと思いながらも、止まらなかった。
 古泉は虚勢を張ってとげとげしい口調でいたが、実際はひどく傷ついていた。本当は誰も、傷つけたくないのだ。古泉がかわいそうで、この優しい男の細い神経がいとおしくて、俺は黙ってしばらくそのまま抱きしめていた。

「…すみません。ありがとうございます」
その声に、俺は腕を解いて古泉の顔を見た。血の気が戻って、声もいくらか明るくなった。
「もう大丈夫です。早く部室に戻って、早く涼宮さんを満足させて、早く帰りましょう」
「本当に大丈夫か?」
「ええ」
そう言いながら古泉はやにわに俺の背骨が折れそうなくらいぎゅっと抱きついてきた。その犬みたいな仕草に俺は苦笑しながら、古泉の髪をそっと撫でた。
「古泉、俺がいてよかったな」
冗談交じりにそう言って笑うと、耳元の古泉の吐息が僅かに震えた。
 笑ってくれないと困るんだが、と思っていると、古泉は押し殺した声で囁いた。
「本当に、あなたは、ひどい」
びりびりと、触れたところ全てから気持ちが流れ込んでくる。髪から、肩から、腕から、胸から、あらゆるところから。電流のように、びりびりと。
 俺はそのまま、陽が翳る中で抱きしめられていた。





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