彼は、俺の皮膚に刻まれた傷の一つ一つにそっと唇を落とした。
俺は何も言わずに、ただされるがままになっていた。
肩のあたり、胸のあたり、脇腹あたり。小さな傷大きな傷関係なく、彼は慈しむようにその一つ一つに口付けをしていく。
その行為の延長線上には恋愛のそれがあるわけではない。ただ俺が、何の意図もなくそうさせているだけだった。
俺の命令だから、ただそれだけの理由で獄寺君は俺の身体中の傷跡に口付けをさせられている。
“傷つく”ということを一番よく分かってるのは彼で、俺を傷つけさせたくないと一番思っているのも彼だということを、俺はよく知っている。彼は俺が傷付くことを恐れていて、だから彼は俺を絶対に傷つけない。
でも、彼が俺の盾になってくれたところで、俺は肉体的にこそ傷つかないけれど、彼が肉体的に(あるいは精神的に)傷付くことで、俺は精神的に傷付く。
だから根本的には何の解決にもなっていないし、そもそも意味がない。
だから俺のことを庇わないで欲しいし、俺は彼を庇わない。彼が嫌がるであろうことを知っているから。
全ての傷跡に口付けをし終わると彼は顔を上げ、女の子に好かれるであろう端正な顔で綺麗に微笑んだ。
こんな行為には意味がないってことはきっと彼も分かっているのだと思う。
でも彼は何も言わずに、俺に従う。
俺を傷つけないために。
「こんなことさせられて、何も言わないんだ」
俺は訊いた。
「理由とか、そんなものはもう何だっていいんです、あなたの意思が俺の意思です」
今分かるのはそれだけです、と、また微笑んだ。
あぁ本当に君は馬鹿だよ獄寺君、そんなこと言ったらまた俺はつけあがってしまうじゃないか。だからこそ君を選んだのだけれど。
ねぇ獄寺君、君が優しいから、あまりにも優しすぎるから、俺はどんどんつけあがって卑屈になっていく自分に嫌気がさして、時々死にたくなるんだ。
だから本当は君なんかいなければ良かったと思ってるんだよ、本当はね。
口付けられた傷跡は癒えるどころか、唇が触れたそばからトロトロと腐って溶けていくような気がした。
俺は何がしたいんだろう。溶かされて消えてしまいたいのかもしれなかった。
消えるのならいっそ、俺を絶対に傷つけることのない彼に、優しく優しく、消してほしかったのかもしれない。それとも彼を利用した罰として、彼自身に消してほしかったのかもしれない。
分からない。
君に口付けをもらって、つけあがって、卑屈になって、死にたくなって、消してもらうために、また、口付けをもらう。
君に会うための口実ができる。
そのループに気付いたとき、本当に馬鹿なのは俺だと思った。
彼は頭がいいから、既にそのループの存在に気付いていただろう。
その上で、何も言わずに。
あぁそれって、ますます死にたくなるよ。
ふわりと柔らかい口付けを全身で感じながら、彼の優しく柔らかい愛情を感じながら、やっぱりいなくなったら困るかなぁとぼんやり思った。だって俺に一番甘いのは彼なのだから。
何も見えなくなるよう祈って、俺は目を閉じた。
======================================================================
獄寺君は不器用だと思う
ツナも不器用だと思う