阿部くんはいつかおれを置いてってしまうんだろうと思う。おれは阿部くんがいないと何もできないけど、阿部くんはおれとじゃなくてもきっと、上手く野球をやっていける。おれよりもっともっと上手いピッチャーは沢山いて、阿部くんはそういう人たちとバッテリーを組んだらもっともっと上手く野球ができる。そういう人だ。
 いやだ。そんなのいやだ。おれは阿部くんがいないと何もできなくて、阿部くんと一緒にバッテリーを組んで阿部くんを信じて、それでようやく試合の楽しさとか、チームの楽しさとか、知ったのに。阿部くんがいなかったらおれ、何もできなかったのに。いやだ。おれは阿部くんがおれを必要としてくれるのを願って、阿部くんを信じて、絶対に逆らわない。おれは阿部くんがいなきゃ、ダメなんだから。おれがちゃんと言うことを聞いてたら阿部くんはおれを大事にしてくれる。それでおれはまた少し自分を好きになれる。阿部くんに大事にされてるおれは何だかぴかぴかしている。阿部くんがいなくなったら、おれはだめになる。阿部くんはいなくならないって言ったけどおれはこわい。ごめん阿部くん。おれは阿部くんの全部を信じたいのに、その言葉だけは信じられなくて、いつかおれを置いて行ってしまうんだろうと思って、想像しただけで、ボロボロ泣いてしまう。ごめん阿部くん。阿部くん。どこにも行かないで、捨てないで、置いてかないで。こわいんだ。阿部くん。
 三橋。
 阿部くんの声がしておれはびくんと震えた。顔をあげられなかった。阿部くんは泣いてるおれが好きじゃない。いつもおれが泣いてると、怒ってるみたいな顔をしている。ごめん阿部くん、泣き止みたいのに阿部くんの顔を見てたら、おれ嫌われちゃったんだと思って、嫌われたくないと思って、涙がまた止まらなくなる。
 何で泣いてんだ、泣くな。
 阿部くんが言った。阿部くん阿部くん、おれ阿部くんがいなきゃだめで阿部くんがいなくなるのがこわくて阿部くんに嫌われるのも見捨てられるのも全部こわい。おれは阿部くんのこと信じたいのに信じられない自分が嫌で、いやで、阿部くん。
 阿部くんが無言でおれの手のひらをぎゅっと握った。阿部くんの手は暖かかった。おれの手はものすごく冷たかったみたいだ。おれは顔をあげられない。阿部くんが怒った顔してたらまた泣いてしまう。いやなんだ、阿部くんに嫌われたらおれはおしまいなんだ。
 泣くな三橋。
 ごめん、ごめんなさい。阿部くん。すきなんだ。見捨てないで。嫌わないで。阿部くんの手は温かくておれはこの手のひらがだいすきだ。おれのボールを受け止めてくれるこの強い手のひらがだいすきだ。
 お前が泣いてるとどうしたらいいか分からなくて、困るから、泣くな。
 阿部くんは言った。阿部くん、困ってるんだ。ごめんなさい。きっと呆れてる。それでまた泣きそうになったけど、そんなことをしたら阿部くんは本気で愛想をつかしてこの手を離してしまいそうだと思った。いやだ。阿部くんがおれの側からいなくなるのはいやだ。阿部くんの手をぎゅっと握って、涙が落ちてこないように耐えた。
 どこにも行かないから。
 阿部くんはおれの考えていたことが分かるんだろうか。欲しかった言葉がもらえて安心したおれは、阿部くんにすがってまた、泣いてしまいそうだった。












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