女の子たちがファンシーなメモ用紙に手紙を書いて、授業中に友達同士で回しあっているのは何となく知っている。その手紙はたまに俺を経由することがあるから。折り紙みたいにきちんと折り畳まれたそこには女の子らしい小ぶりの字で“○○ちゃんに回して"などと書いてある。先生が板書している隙をみて、俺はそれをまた他の人に回す。そうして何人もの机を渡り歩いてやっと、その手紙は“○○ちゃん"に届くのだ。あの中身に何が書いてあるのかは知らないけれど、女の子たちは毎日毎日飽きずに手紙を出しあっている。
いいよなぁ女の子は。なんだか楽しそうだ。
そんなことを考えながら、俺は頬杖をついて黒板をぼんやり眺めていた。授業は退屈だ。最もポピュラーな退屈しのぎである“窓の外を眺める"という行為(しかしそこに意味はこれっぽっちもない)は窓際の席の人だけの特権だから、窓際から数えて三列目である俺に行使することは不可能。ノートの隅に落書き……自分の絵心のなさを思い知るだけの不毛な行為なので却下。ペン回し。出来ないので却下。諦めて授業に集中。論外。だいたい人間の集中力ってのはせいぜい15分そこらが限界なんだ(いつか見たテレビ番組の受け売り)、時計を見れば、ほら、もう授業開始から25分経ってるじゃないか。これは無理だね。
俺は無難に居眠りをすることにして、持っていたシャーペンの芯を引っ込めた。
が、丁度そのとき後ろの席のクラスメイトに背中をつつかれた。何だ、またバケツリレーだろうか。バケツじゃないけど手紙だけど。肩越しに背後を振り返ると、やはり手紙を手渡された。しかしその手紙はいつも回されているような手紙とは少し違っていた。ルーズリーフの切れ端みたいだし、ただの四つ折り。珍しいな。少しだけそう思ったけれどあまり気にも止めず、これを今度はどっちに回せばいいんだと思いながら、俺は手にした手紙を裏返し……て、止まった。
“ツナへ"。ただそれだけ書いてある。差出人は不明。誰だろう。俺に手紙なんて。何か手紙を出されるようなことしたっけ?そう思いながら手紙を開いて……――そこに書いてあった言葉に、俺は思わず叫びそうになった。叫ぶ代わりに窓際の斜め後ろの席を思いっきり振り向いた。そいつは手紙を受け取って読む俺の一部始終を観察していたに違いない(なんて悪趣味だ)、俺と視線が合うと満面の笑顔を向けてきた。
うわ、何、なにあいつ。
授業中なのとびっくりしすぎたのと恥ずかしいので、俺は口をぱくぱくさせながら前に向き直り、そうして改めて手紙に視線を落とす。
そこには俺の退屈を吹き飛ばし一瞬で歓喜と羞恥に変えた三文字が、補習仲間の見慣れた文字で綴られていて、俺はその手紙をそっと折り畳んで、ペンケースの奥底に仕舞い込んだのだった。
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「大好き」