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 俺が気付いていなかっただけで、山本は本当に有名人であるらしい。運動部の奴なら山本の名前を知らない奴はいない。その活躍ぶりはしばしば俺のクラスでも話題になり、俺は適当に相槌を打ちながら友人達の話に聞き入った。聞くところによると、山本は中学時代から持ち前の運動神経を存分に発揮していたらしく、その頃から既に有名人扱いだったらしい。どんなスーパーヒーローだよ。
 今まで気付かなかった俺が変なのかもしれない、そう思ってしまうくらいに山本は有名人だった。そして山本は色んな運動部のピンチヒッターを請け負っているためか、学校の至るところで姿を見かけた。教室の窓から校庭を見下ろしても、体育館や道場付近でも、もちろん野球場のあたりでも。日によっては屋内競技の練習と屋外競技の練習を掛け持ちしていることもあるらしく、よく補習の後なんかに校舎近くで見かけた。だいたい先に気付くのは山本のほうで、あの人好きのする笑顔で近寄ってくるのだ。有名人に好かれて嫌な気分はしない俺は、そんな感じで彼と交流を深めていった。



「ツナ」
 ある日の夕方、校舎を出たところで声をかけられた。ふと顔をあげると、校庭の方から見慣れた笑顔が駆け寄ってきた。
「あ、山本……先輩」
 その言葉を聞くと山本は苦笑して、俺の頭をポンポンと撫でた。“山本”でいいよ、と言ってくれたのは山本本人だけれど、いざ本人を前にしてみるとどうしても“先輩”を付けずには呼べないのだ。ほら、やっぱり年上だし助けてくれた恩人だし有名人だし、気兼ねする、っていうか。
「今日は陸上部ですか?」
「そーなのな」
 相変わらず忙しい毎日を送っているらしい。今日も補習を終えて寮に戻る途中の俺とは大違いだ。
「……あれからまた何かあったりしたか? 大丈夫?」
 山本は眉間に薄くシワを寄せてそう訊ねてくる。
「あぁ……大丈夫です、ありがとうございます」
 そういえばあれから一週間ほど経ったけれど、その間一度も貞操を狙われていない。俺はよく補習の帰りなんかの人気がなくなった時間に襲われることが多い。この一週間もほぼ毎日補習だったのだけれど、言われてみればとても平和な学園生活を送っていた。できるだけ目立たないように目立たないようにしている努力が実を結んだ……のかもしれない。
 俺の回答に、山本は満足そうに笑った。ん?満足そうに?
 いやいや、自分が助けた俺が襲われてないって言うんだ。ここは満足そうに見えても正解だろう。何となく違和感があったけれど、そう自分で自分を納得させた。

「……あ、そういえばあのタオル、どうなりましたか?」
 そういえばずっと訊きそびれていた。探してくれると言ったから任せきりだったのだ、さすがに申し訳ない。
「あー……あぁ、あれな、やっぱ野球部の奴で正解だったみてーでさ、ちゃんと返しといたから」
 また何となく違和感のようなものを覚えた。しどろもどろで心なしか目線が泳いでいるように見える。気のせいだろうか。
 それでもそこに深くツッコむのはおかしいだろうと思い、俺は山本の言葉を素直に受け取った。受け取らない理由もないことだし。
 でもここまで来たら、タオルの持ち主の正体を知りたいような気がしてきた。向こうは俺のことなんて知らないだろうし知らなくていいと思っているだろうけど、俺が一方的に知っておく分には許されるだろう。別にコンタクトを取るつもりもない。ただ知りたいだけだ。
「あの、良かったらその人の名前、教えてくれませんか?」
 すると山本は何かを探すように視線を宙に泳がせた後、あぁと思い出したように声をあげた。
「あの、黙っててくれってさ、恥ずかしいだろうからって」
 ……そっか、そうだよな。俺は少し残念だったけれど納得した。
 山本は何か迷い事をしている時のようにきょろきょろ辺りを見回した。そしてまた思い出したように声をあげる。
「そうだ、俺まだ片付け残ってんだ、わりー! じゃ、またなツナ!」
 慌てて山本は校庭の方へ走っていった。
 その後ろ姿を見送りながら、俺はぼんやり考える。
 “恥ずかしいだろうから”。

 ……ん?
 俺はそこで気付いた。
 タオルの持ち主は山本に“恥ずかしいだろうから自分の正体は明かさなくていい”と言った。
 ……山本はその言葉を何と受け取っただろうか?
 というのも、俺は山本に、自分がタオルを受け取ったときのことをかなりぼかして説明したのだ。つまり、タオルを受け取ったときに“知らない奴に犯されかけて”恥ずかしい思いをしていた、なんてことは一言も言ってない。そんな説明しか聞かされていない山本は、タオルの持ち主の“恥ずかしいだろうから”という言葉を何と受け取っただろうか……まさか、いや、万が一。

 ――山本がタオルの持ち主と俺が“恥ずかしいこと”をしていた、なんて勘違いをしていたりはしないだろうか?

 例えば、例えばの話だよ。俺とタオルさんはまぁその、名前も知らないまま何かの拍子にエッチをしちゃって、その人が“ごめんね、これ、返さなくていいから”なんてタオルを俺に渡してさ、でも俺がタオルさんを探し回っていたのは実はタオルさんが忘れられなかったから……なんて展開が山本の頭の中で繰り広げられていたとしたら。
 まずい。相当にまずい。山本に嫌われることだけは何としても避けたい。だって自分を助けてくれた相手なのだ。その善意を裏切りたくなんかない。それが例え山本の勘違いによるものだって、勘違いを勘違いのままにしておきたくはない。

 慌てて校庭に視線を走らせてみたけれど、もう山本の姿はどこにも見えなかった。



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