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 この学園内の校舎の配置について、まず説明しなければならないだろう。まず校門をくぐると右側に体育館がある。その隣には校舎があって、ちょうどローマ字のEを逆さまにしたような形だ。横棒がそれぞれ一年、二年、三年校舎で、縦棒が渡り廊下。その向かい側、つまり校門をくぐって左手側には、授業で使うグラウンドがあって、陸上部なんかもこのグラウンドを使う。そして校舎とグラウンドのもっと奥、校門から入って直進していくと、フェンスを一枚隔てたところに野球場とサッカー場とテニスコートがある。さすが私立なだけあって、設備投資に金は惜しまない。ちなみにフェンスの手前には部室棟があって、屋外競技の運動部の部室はここに入っている。ついでに補足すると剣道場や柔道場は体育館の奥にあって、屋内競技の運動部の部室棟はその隣だ。さらに補足すると、学生寮はその奥。文化系の部室棟と駐車場と駐輪場を挟むので少し離れた位置にあるのだが。

 そして俺は今、フェンスを隔てて野球場を見ていた。いくら見たってこのタオルの持ち主が分かるはずはないのだけれど、多分この中に居るんだろうな。それともやっぱりタオルだけ返して、本人には会わない方がいいのだろうか。本末転倒なことをしようとしているのは俺だ。
 ――よし、やっぱり会うのは止めよう。俺は思った。何より相手の気遣いを水の泡にしたくはなかったし……そういや俺、あのみっともない恰好見られたんだよな。思い出したら急に恥ずかしくなった。
 タオルだけ部室に置いて帰ろう。俺は部室に足を向けた。時刻はもうすぐ五時。野球部が練習を終える頃であり、それはつまり俺が襲われた時間でもあることを、俺はすっかり忘れていたのである。

 部室棟の中は空気がひんやりしていて、静かだった。どの部活の生徒もまだ戻ってきていないらしい。入り口の案内図を見ると、野球部の部室は奥から二番目。一番奥の部屋は倉庫になっているらしい。俺は外からはひっきりなしに聞こえてくる気合いの入った声に耳を傾けながら廊下を進んだ。しばらく歩くと野球部と書かれた紙が貼ってある部屋の前に着いた。一応ノックしてみるものの反応はない。やっぱり皆まだ外にいるのか。試しに引き戸に手をかけてみると、意外にあっさりと開いたので拍子抜けしてしまった。貴重品とか置いてないんだろうか、まぁ寮までは行ってすぐ戻ってこれる距離だし、貴重品を持ち込む人自体が少ないのかもしれないけれど……中に一歩踏み入れると、室内は教室の半分ほどの広さで、壁に小さな窓はついているが薄暗い。両脇にずらりとロッカーが並んでいた。返すべき相手は不明だ。なので無造作に置いてあったパイプ椅子の上にタオルを置いて帰ろうと、俺はもう一歩部屋に踏み入れた――その時だった。



 ドンと背後から強く突き飛ばされすっ転んだ。受け身の取り方なんて知らない俺は床に肱と膝を強かに打ち付ける。振り向くと知らない奴が俺にのしかかって……って、またか! 俺は全力で抵抗したけれどやっぱり全然敵わない。大声を出そうとしたらまずは口を手で塞がれ、鼻まで塞ぐな苦しいってば馬鹿! それで俺は余計に暴れた。このままじゃ犯される前に窒息死だ。そいつは一瞬手を離すと、代わりに布のようなものを俺の口に押し込んできた。息は吸えるけれど喋れない、声出せない。これヤバくない? ちょっと! そいつは改めて俺の下半身から鮮やかな動作で布を剥ぎ取り足を抱えあげ、自分のチャックも引き下げてもう既に元気いっぱいの息子さんを何の準備も前置きもなく俺の穴にそれの先を宛がいグリグリ擦り付けてきた。いや無理ですから、そんなことしたって入るわけないでしょそんなもの、無理矢理押し込んだって無理無理無理! しばらくグリグリしていたそいつは痺れを切らしたか踏ん切りがついたのか知らないが俺の足を抱え直し、自分の息子を片手で固定して体重をかけてきた……こいつ、本気で入れる気!? 俺はもう死にもの狂いで抵抗した。唸りながら唯一自由な腕を振り回すと、丁度左手がギリギリ届く位置にロッカーがあった。鉄製のロッカーをガンガン叩くとガンガン固い音がした。そいつは慌てて俺の手を掴んで止める。誰かが来たらマズい。ここは野球部の部室だし、俺部外者だし……って、あれ? もしかして見つかってヤバいのってこいつだけじゃなく、て、ちょっと止めろ嫌だああああ痛い痛い痛、

 ゆらりと視界に影が射して、ヒュンと風を切る音がした。

「そこまでだ」

 薄暗い上に視界が霞んでいてよく見えないけれど、俺にのしかかっている男の向こう側に誰かがいた。その人は長い棒のようなものの先を男の首に押し当てている。男はそそくさと俺の上から身体を退けて、逃げるようにして部屋を出ていった……た、助かった……。
 安心したらどっと涙が込み上げてきて、俺は下着を上げるのも疎かに、ボロボロ泣き出してしまった。

「だ、大丈夫か?」

 その人は持っていた棒状の何かを手放した。それは床に落ちてガランと硬い音をたてる。しゃがみこんで俺を抱き起こし、ロッカーに凭れさせる。さらに口に突っ込まれていた布を引っ張り出してくれた。何か言いたかったけれど、あぁあうぁぅあみたいな変な声しか出てこない。怖かった助かって良かった恥ずかしい。愚図る俺の頭をその人はあやすように撫でてくれた。

「他の奴等戻ってきちまうんだけど……」

 その言葉通り、遠くの方から話し声が聞こえてきた。その人はうわやべ、と呟いて、咄嗟に俺に覆い被さって抱き締めるような体勢を取った。後頭部に手を差し込まれ、その人の胸に押し付けられる。土と汗の臭いがした。

 練習を終えて帰ってきた野球部員たちは、電気も点けず薄暗い部室の中で抱き合っている俺たちを見て、部室に入りかけたところで固まった。

「……すいません」

 俺を抱きしめている男が呟いた。
 すると部員たちは何やってんだ馬鹿野郎とか破廉恥だとか恋人か? とか口々に投げ掛けてきた。しかし男はそれに一切答えず、下ろされたままだった下着と制服をおざなりにだが直してくれた。そして俺の顔を自分の肩口に伏せさせたまま膝の裏に右手を差し込んで、左手は背中に……俺はあっさりとお姫様抱っこされてしまっていた。
「マジですいません、失礼します!」
 立ち上がった男は俺をお姫様抱っこしたまま、入り口に溜まっていた部員たちを押し退けて部室から出た。そして脱兎のごとく逃げ出して、廊下を走る走る。
 部室棟を出てUターンする。スピードは落とさない。部室棟の脇を抜け野球場を出て駐車場を横切り、あれよあれよという間に俺は寮まで連れてこられていた。
 男は正面玄関ではなく中庭の方に回り、一階のある窓の前で立ち止まった。俺を一旦下ろし、窓をノックする。俺はその隙に涙でぐずぐずになった目の辺りを袖で拭った。と――勢いよくカーテンが開かれ、窓が開いた。
「悪ィ、雲雀、ちょっと部屋貸してくんね?」
 どうやら同居人らしい 。雲雀、と呼ばれた黒髪の男は、切れ長の目で興味がなさそうに俺を一瞥した後、貸し一つね、と呟いて部屋の奥へと消えた。ドアが閉まる音がしたので、部屋を出ていったらしい。
「こんなとこからでゴメンな、はい、入って」
 と言いながら男は、高い高いをする要領で俺を抱き上げ、窓から部屋の中に押し込んだ。頭から転がり込むようにして部屋へ侵入。男は自力で窓へよじ登り中へ入ってきた。背が高いって便利ですね。
「風呂とか入る? 平気か?」
 男は部屋の中をせわしなく移動しながら訊ねてきた。引き出しからタオルを取り出してきて俺に手渡そうとする――……タオル。
「あの……ありがとうございました」
 俺はそこで初めてその男の顔をまともに見た。黒髪短髪、精悍で大人びた顔立ち。男は数秒俺の顔を見つめて硬直した後、視線を反らして頭を掻いた。
「あー……とりあえず、顔洗ってこいよ、な?」
 そして視線をずらしたまま、タオルを俺に押し付ける。何となく、あの時放られたタオルと同じ匂いがする、気がした。



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やっと出会いました、長くなる予感がするのは気のせいだと思いたい



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