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「ツナが出てった後さ、内藤に胸ぐら掴まれて啖呵切られたよ」
 俺の友達泣かせんな、って。

 山本の部屋の、バスルームの扉一枚隔てた外側から、彼は俺に打ち明けた。
 ――……ロンシャンが。俺でさえ彼が怒った姿を見たことがないのに、あのヘラヘラしてるロンシャンが、山本の胸ぐら掴んで啖呵切ったって?
「……信じられない……」
 頼りにならないと思ってたロンシャンが俺のために。何かちょっと照れくさい。後でお礼言わなきゃなぁ。
 蛇口を捻ってシャワーを浴びる。温かいお湯を頭から浴びると、少し落ち着いた。と同時に、冷静になった。何か……すげー恥ずかしい。ここ出たら山本いるんだよな、どんな顔したらいいんだろ。鏡の中の俺は困り果てた顔をしている。

「……それで、俺――」

 バスルームの外から山本の声が微かに聞こえた。けれどシャワーの音にほとんど掻き消されて、何を言っているのか分からない。俺は身体をおざなりに洗うと慌ててシャワーを止め、そろりと扉に近づいて、そっと開けた。
「や……山本? 何……」

 そこには山本が仁王立ちになっていて、俺は半開きの扉から顔を覗かせたまま硬直した。ど、どうしよう。

「……俺、嫉妬してた」

 山本は言った。は……え、え?
 呆然としている俺を、山本はバスタオルでくるんで抱きしめる。
「な、何……?」
 いきなり言われても訳が分からない。山本は身体を離して俺の顔を覗き込む。困ったような表情だった。山本は脱衣場にあった引き出しからタオルを取り出して、俺に差し出す。……と、スポーツタオルにしては少し大きめのそれは、よく見覚えのある――。

「……なんで?」

 確かに教室で襲われたあの日、俺に投げられたタオルだった。



 訳が分からない意味が分からない、何でこれがここに?
「ごめん」
 山本は困った顔をしてそう言った。何がごめんなのかも分からない。

「……あの日、お前を助けたの、俺だよ」

 ――え?
 ますます混乱してきた。
「だって山本、部室で」
 そうだ、野球部の部室に行ったとき、山本はいかにも自分じゃないみたいな素振りで、持ち主に返すとか言って、え、あれ?
「あー、あれは……だってさ、思わねーもん返しに来るなんて、しかもまた襲われてるし……」
 山本は溜め息混じりに言った。そんなこと言われたら何か俺が悪いことしたみたいで反論できない。
「そんで咄嗟に嘘吐いちまった……ごめん」
 俺は何も言えなかった。でもその真実は俺の中にごく自然に、すとんと収まった。山本が……やっぱ、山本だったんだ……。受け取ったタオルに視線を落とす。何だかじんわりとした実感が沸いてきて、そういや声がそうだったかもとか、いやパニックでよく覚えてないんだけど。とにかくちょっと嬉しくなってしまった。やっぱり山本だったんだ。

「それと……まだツナに謝んなきゃいけねーことが」
 俺は顔を上げた。山本は俺から視線を反らす。そして足元を見つめたまま言った。

「あの噂流したのも、俺」



 噂。その単語に、俺はどうして山本の部屋に来たのかようやく思い出した。
「え、な、何で?」
 俺は訊ねた。そしたら山本は俺の手を掴んでぐいと引っ張って、腕の中に抱き込んだ。ぎゅうぎゅう締め付けられて苦しい。
「ごめん」
 耳元で山本のくぐもった声が聞こえる。
「ごめんじゃ分かんないよ……」
 俺は困り果てて呟いた。俺の肩口に顔を埋めたまま山本は言う。
「俺、ツナがしょっちゅう襲われてるって聞いて腹立って、そういう噂流したら少しは襲う奴も減るんじゃねーかって」
 最初に助けたときからちょっと気になってたんだ、大丈夫かなって、あん時は誰だか分かんなかったけど二回目に部室で会ったとき、すげー、何かもー、ダメだった。

 山本はそんな風に言って俺を強く抱きしめる。俺は回想した……確かに、部室での一件から昨日まで、俺は一度も襲われていなかった。今までは補習があった帰りやちょっと人通りの少ない所に行くだけで視線を感じたり押し倒されたりしていたのに。
「俺を避けてたのは……?」
「……ツナが襲われなければ、それで良かったから」
 あれ以上何か訊かれたらボロ出ちまいそうだったし、それにやっぱ嫉妬したっつーか、あー。
「……内藤とかゴーカン魔よりずっと俺の方が、ツナに触りてーと思ってたのに」

 その声色から、子供みたいに口を尖らせてる山本を想像した。何か可愛くてちょっと笑った。山本は一度身体を離し、俺の肩を掴んで俺の目をじっと見て言う。

「好きだ」

 ――もう何だっていい気がした。勝手に勘違いした誤解を解こうとしていたときも、さっき襲われたときも、俺、山本のことばっかり考えてた。噂のことを聞いて悔しかったのも裏切られたと思ったからで、噂のお陰で助けられてたなんて知らなかった。そういやさっき襲われたのは、俺が山本の部屋で喚き散らしたせいかもしれない……嫌いだって言ったもんなぁ、俺。別れ話……にも、聞こえるよなぁ。

「山本……お、俺、山本にだったら、何されたって嫌じゃない」
 むしろ山本にそんな風に思われて嬉し……あ、あれ?

「お、俺も、好――」

 言い終わる前に思いっきり抱き締められた。山本はくしゃくしゃの声で、うわ言みたいに俺の名前を呼ぶ。

 こんなはずじゃなかったのに。最初は普通に女の子が好きで小柄な自分が嫌いで襲われるのが腹立たしくて、それでも今は山本の腕の中にすっぽり収まって、まぁいいやなんて思ってたりして。

 山本のお陰で、俺の世界は何だか、すっかり傾いてしまったようだった。












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完結です
長い間お付き合い頂きありがとうございました



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