「これ跳べたら俺と付き合って」

 直前に耳打ちされた一言は、絶対俺に対して言う台詞じゃないと思う。でも山本はどこか嬉しそうにいつも通り楽しそうに、靴の爪先をトントンと鳴らした後にスタートラインからゆっくり助走を始める。そして俺には一生分かりそうもない絶妙なタイミングで緩やかにスピードを落とし歩幅を調節し、背中から飛び込んだ。しなやかに反る背。少し遅れて身体についていく足。空中でくんと引っ張られて、踵が見事にバーを越えていった。
 女の子の黄色い歓声。
 145センチ。
 俺の背に程近い高さのバーを軽々と飛び越えた山本はマットに背中を沈めた後、すぐに起き上がった。

「やった! ツナ!」

 山本が期待に満ちたキラキラした目で俺を見る。俺はついそっぽを向いてしまった。恥ずかしい。スポーツ万能、こんなにかっこいい山本がどうして俺にあんなこと言うのか分からない。

「ツナ、見てた? どうだった?」
 山本が笑顔で駆け寄ってくる。すごいよ山本、心の中ではそう思ったけど、それを今言ったらダメな気がする。だって多分そんなこと言ったら、じゃあ付き合ってくれるよな、なんて押し流されてしまうんだ。それだけはいけない。

「……150センチ」
 俺は呟いた。それを聞くと山本はおっしゃーと気合いを入れながらスタートラインに戻っていった。多分彼は150センチの高さすらものともせず、バーを軽々と跳び越えてみせるのだろう。つまりそれが、俺のプライドの高さでもある。もうすぐ彼がやってくる。彼の笑顔にどうやって返事をするか、再度上がった黄色い歓声を聞き流しながら考えていた。











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