そんな馬鹿な話があって堪るか。

「俺、人魚なんだ」

 真実味も現実味もない気の抜けた笑顔で、山本は俺にそう言った。確かに山本には以前から変人のきらいがあったけれど、とうとうデンパが開花してしまったか。俺は半年前にできたばかりの、新しい友人の行く末を悲観した。傘に叩きつける雨音がうるさい。

 人魚といえばどっかの国の童話に出てくる、人間の王子様に恋した人魚が自分の声と引き換えに人間になって王子と一緒に暮らすのだけれど、結局は失恋して海に身を投げて泡になって死んでしまうアレ……人魚姫?姫だって?いやいや。だって男じゃん。じゃ半魚人?それ妖怪?

「……山本が傘を嫌うのも、水泳が上手いのも全部、人魚だからだ、って?」
 冗談で言ったつもりだったのに、濡れ鼠の山本はごく自然に、うん、と頷いた。でも俺だって急な雨で傘がないときは濡れて帰るし、水泳の上手い人皆が皆、人魚な訳じゃないだろう。
「じゃあ魚の尻尾とか出るんだ」
「おう、出るぜ」
「出してみてよ」
「いや、それは」
 そこで山本は口ごもった。
「……あんまり見て気持ちいいもんじゃねーのな。邪魔だし、動きにくいし、生臭いし」
 困ったように笑ってから、山本は付け足した。
 それに、火傷するのな。
 そう呟いて自分の膝を撫でた。

 自ら望んで雨に打たれている山本に、俺はやっぱり傘を差し出してやりたくなった。雨は冷たい。寒くないのだろうか。人魚だから平気なのか。だからといって心配しないわけにはいかなかった。何せ山本は俺の友達なのだ。実は人魚でした、とか言われたって。心配するなというほうが無理だ。
 それに、まだ信じたわけじゃない。――山本がこんな馬鹿げた冗談みたいな嘘を何の意味もなく吐く奴だとは思っていないけれど――……いやでも、信じない。デンパか妄想だと信じたい。

「……っていうか、何で、突然そんなこと」
 俺が尋ねると、山本は静かに口を開いた。そろそろ帰らないといけねーんだ。
「帰るって、」
 どこに?一緒に下校したとき、いつものT字路でじゃあまた明日って別れて帰る家じゃなくて?そういや俺山本の家行ったことあったっけ?

「海」
 冬は雨が降らなくなるだろ、そうすると俺、生きてけねぇのな。山本は少しだけ悲しそうな顔をして、未だ雨の止まない夜空を仰いだ。





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