いつもそんなことばっかり

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 君はひとの話を聞かない。そう言っても、たぶん変わりはしないのだろう。



   いつもそんなことばっかり



 俊介がベッドの上を占領するのはいつものことだ。宗一は気にしない。たとえそれが自分のベッドであったとしても。
 俊介は宗一のベッドが好きだ。くつろぐのに最適という。何を以て最適なのか宗一は聞いたことがないが、聞いたところで碌な返事が返ってこないことも分かっていた。
 気にしないのが一番だ。宗一は思う。
 なぜなら俊介は、宗一の話を聞かない。
「俊介」
 宗一はぼう、と読んでいた小説から顔を上げた。気にしないと思っていたけれど、気になるものだってある。
 けれど俊介は気付かない。
「俊介!」
 先程よりも大きな声を出す。今度は数秒間をあけたのち、あれ、呼んだ? というそぶりで俊介が宗一を見返した。
 呼んだ、と宗一は頷く。
「なに」
「音うるさい」
 今度はわざと小さな声で宗一は言った。俊介が首を傾げてもっと大きく言ってと暗に促したけれども、聞く気はなかった。
 俊介は不満そうな顔で、漸くその頭からヘッドホンを外した。「なに?」
「音、うるさい」
「あー? だからヘッドホンしてるんじゃん」
「音漏れしてんのが気になるんだよ。いっそスピーカに繋げ」
 俊介は肩を竦めた。
「めんどう」
 そうしてもはや宗一の応えを待たずに、ヘッドホンをはめてしまう。
 宗一は憮然とそれを眺め、溜息を吐いた。分かっていたことだけれど、やっぱりなんだかやるせない。
 『めんどう』なんてきっと俊介は思っていない。いや、思っているのかも知れないけれど、それは多分そのポーズをやめることが面倒なだけなのだ。
 無造作にベッドにうつ伏せに横たわって、雑誌をめくる。雑誌は音楽雑誌だったり週刊マンガ雑誌だったり、あるときは通販カタログだったりする。必ずヘッドホンを付けていて、音はだだ漏れ。視覚も聴覚も、宗一ではないものに向けている、そういうポーズ。
 気にしない。宗一は小説に再び視線を落とす。
 春先までは変わらなかった。宗一の部屋で、ゲームをしたりレポートを書いたり、たまには酒なんか飲んだりして普通に過ごしていた。楽しかったけれど、あっという間の日々だった。
 大学生活の終わりまで、そういう日々が続くんだろうと宗一は思っていた。夏の終わり、夕立の終わった日暮れに俊介から告白されるまでは。
『俺お前のこと好きかも知んない』
 告白なんてものではなかった。けれど思い返すに、あれを告白以外の何と呼べばいいのか、宗一には分からない。
『好きって?』
『聞き返されると良くわかんねえな。あー……触りたいとか、そんなん』
 俊介は宗一の顔を見ようとはしなかった。ずっと、雨が上がったばかりの外へと頑なに視線を逸らしていた。
 けれど俊介は、それでも問うた。
『どうよ』
 そのどうよ、がどういう意味だったのか。
 宗一には分からなかった。宗一が俊介をどう思うかと訊ねたかったのか、それともその告白に対する何らかの感想を訊ねたかったのか。
 今も分からない。俊介はそれ以上を問おうとはしなかったし、あえて宗一も意味を俊介に問い返さなかった。
 そのことを、今は少し後悔している。
「俊介」
 小説のページをめくる。内容は頭に入ってこないけれど、宗一もこんなポーズを取らなければ、この空間が辛かった。
 俊介が宗一の部屋に来ても雑誌を読むようになったのは秋の初めだ。秋の終わりにはすでにヘッドホンをしていた気がする。音量は徐々に大きくなっていき、最近では宗一の気になるレベルになった。耳でも壊れるんじゃないのかと宗一はときどき思う。
 それでもきっと、そうしなければ俊介はここにはいられないのだ。
 触りたいと言われたその日から、宗一は俊介を意識している。気持ち悪いとかそういうことは思わなかった。ただ意識した。
 だから時折、俊介から何らかの、濃密な気配が漏れ出ているのが分かった。それは宗一が小説を読んでいるときだったり、レポートを書いているときだったり、まどろんでいるときだったり、した。いずれにせよ、気付いて俊介を窺っても、彼は絶対にこちらを見ていなかった。全身で、宗一の存在を感じ取ろうとする気配だけがした。――今も。
「俊介」
 名を呼ぶ。読んでも、音楽にかき消されて俊介の耳には聞こえないだろう。
 それでも届く気がした。
「お前は、俺がお前のこと好きかも知んないって言ったら、どうしたんだ」
 答えは返るはずもない。知っている。
 俊介は応えを求めていないから、宗一の気持など知ったことではないのだろう。それでもそばにいる。まともに向き合うこともできないのに、離れてしまうこともできない。なんて矛盾だと宗一は思うけれど、結局同じ穴の狢なのだった。
 意識してもそれを伝えることができない。俊介は聞きはしないだろう、求めていないから。
 小説をぱらりと捲る。もしかしたら、自分からも俊介を感じ取ろうとするあの気配が漏れているのだろうか。宗一はそんなことを思った。


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2009.03.09


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