美しい瞳

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 彼は美しかった。
 涼しげな容貌に華奢な体躯。それでいて女性的でも、ひ弱そうでもないその姿を、間下はいつも目で追ってしまう。
 彼を美しいと言う者は、大抵が彼の顔の造りを誉めた。きりりと上がった目尻、すっと通った鼻筋、薄い唇。そういったパーツが、これ以上ないくらい絶妙なバランスで配置されたその顔を、しかし彼は好んでいないようだ。顔を誉めた者とは、口もきかない。
 だから間下は決して、その顔を美しいとは言わなかった。美しいと思っていたけれども、決して讃えたりしないと決めた。その美しい顔も、目に痛いくらいの白い肌も、陽に透ける色素の薄い髪も、すらりと伸びた指も、全て。それらは彼の目立った美しい部分であると同時に、酷く間下の欲望を刺激する存在だった。
「どうした、間下」
 彼は声まで涼しげだ。そう考えてはっとし、間下は頭を振った。「いや」
「何でもない」
「ほんとか?」
「少しぼんやりしてただけだ。寝不足なんだ」
 間下は早い口調で言い捨てた。彼は気分を害したふうもなく、「機嫌が悪いな」と肩を竦め、呆れたそぶりを見せた。
 いけない、と間下は思う。
 こんなふうに、彼の近くに――親しい友人という位置に来るまで大変時間がかかった。一年目はクラスが違ったから、噂を聞き集め、姿を目で追うにとどめた。二年目に同じクラスになってからは、じわじわと外堀を埋めるように友人を伝い、グループを伝い歩き、彼のもとまで辿り着いた。焦ってしくじるわけにはいかなかった。時間をかけて、漸く三年目、周囲からも彼自身からも、親友と認められる所まで来た。
 だからこそ今が、一番危うかった。
 間近で見た彼の美しさに溜息が出る。美人は三日で飽きるというが、間下は彼に全く飽きる気がしない。一日目よりも二日目、二日目よりも三日目、日が経つにつれて彼は美しさを増す。そんな気がした。
 最近は、彼と歩いていると彼に見とれて時を忘れる。その美しさに目を細め、讃えてしまいたいと思う。讃えて、押さえつけて、そうして暴いてしまいたい。服で覆われたところも全て曝け出して、そうして――。
「おい?」
 彼の声に、間下はのろのろと顔を上げた。彼は眉根を寄せている。そのしわさえ美しいと思うのだから、自分は重症なのだろう。間下は唇を歪める。
「もしかして具合が悪いのか? だったら保健室に行けよ。連れてってやる」
「いや、大丈夫だ」
「でも」
 細い指が、間下の二の腕に触れた。布越しでも、その感触に間下の身体が熱くなる。振りほどくように腕を跳ね上げ、彼の両腕を掴んだ。強く、そうして引き寄せる。
「間下?」
 びっくりと目を見開いた彼の顔さえ美しい。間下は思わず苦笑して、握力を緩めた。
「目にゴミが」
「え、どこだよ? 入ってるのか? 全然痛くないけど」
「いや、俺のほう」
「お前かよ。だからって力一杯引っ張ることないだろう」
 仕方のないやつだなと、彼は間下の目を覗き込んだ。長い睫毛に覆われた、綺麗な白目。そして美しい瞳がくるりくるりと間下の目の中を見分している。
「どっちだ? 見えないな」
「そうか。だったら目薬でも刺すよ。ありがとう」
 ふん、と彼は鼻を鳴らす。「最初っからそうしたほうが早かったな」
「全くだな、悪かった」
「いや、別に。それにしてもお前、綺麗な目だな」
「は?」
 思わず固まった間下に、彼は言い訳するように素早く続けた。
「ほら、黒目がくっきりと黒くて。黒目ったって、そこまで濃く黒い瞳は、珍しいと思うんだよ。それだけだよ。変なこと言って悪かったな」
 照れているからか、目をそらしていた彼が、黙っている間下を訝しんでか、視線を合わせた。そうして笑う。
「なんて顔してるんだか」
 間下は答えられず、ただ驚きのまま目を見開いていた。


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2009.01.31


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