部屋の電気をつけるより先に唇を塞がれた。
鍵を回し、ドアを開いた瞬間のことだ。
花道はそのまま玄関の床に押し倒され、嵐のように覆い被さってくる流川の黒髪を眺めていた。
息が上がって、まともな思考なんてかけらもない。ただ、本能的に流川を悟ってそれに抗わないだけだ。
「ん、っん…う」
捻じ込まれ、引っ張り出された舌を噛まれる。花道が小さく呻く声に煽られるように流川はキスを繰り返した。
今までで一番苦しい。でも、今までで一番流川の事がわかる気がして花道はきつく目を閉じた。
体育館から自宅まで、どうやって帰ったのかも思い出せない。なのに、強烈な流川の視線だけははっきりと覚えていて、これはいよいよ頭がイカれてきたと認めざるを得ないのだ。
じゃなきゃ、こんな状況ありえないだろ。なけなしの理性で現状把握しようとする花道に、流川は一瞬も隙を与えなかった。
唇を塞ぎながら、腹部を弄られる。シャツの裾から冷たい指先の感触がして、花道は声を上げた。
「おい、る…っ!ちょ、なに!」
「ダイジョウブ」
「なにが…、ってコラ!!」
侵入した流川の指が、いつの間にか鳩尾を辿り鎖骨部分にまで上がってきている。同時にシャツもそこまで捲れて外気に晒された肌が寒さを感じ取った。
玄関先の床は背中にあたるし、花道の右肩には買い置きのペットボトルが触れてくる。なにもかもが冷たいものだらけなのに、何故か花道の体温は異常なほど高く感じられていた。
流川は花道の下唇を軽く舐めてから顎を伝い、喉仏を唇で挟んだ。その感触にぞわ、と背中が粟立って花道は息を飲む。
「触ってイイ?」
「…っもう触ってんじゃねーか!」
「違う。もっと、触りたい」
ここへきて漸く流川の意図することが判って焦った。
鈍いといえども花道も健康な男子高生のひとりである。そういうことに興味がないわけではないし、いつかは自分もと思っていた。しかし現実問題、この場合はどうなのかと冷静に思う。
相手は流川だ。女の子ではない。それに男同士でこれは…、とぐるぐる考え出した花道に焦れたのか、流川は勝手に動き出した。
一刻の猶予もないとばかりに不埒な指が胸の頂を掠めてくる。
「うお!どこ触っ…うっ」
腰にくすぐったいような痺れが走った。むず痒いような未知の感覚は花道を恐怖に導いて、唐突に流川から逃げたくなる。
「や、めろ…!って、」
「ダイジョウブだから」
「な、にがだよ!こんなんやめろって」
「…どあほう、」
身を捩る花道に、流川が伸び上がって耳にキスをする。
そのまま、花道の反応がよく見える位置で小さく囁く。曰く、ビビってんのか?と。
「だ、誰がだ馬鹿!!」
「じゃあ我慢してろ」
「っお前、何様…」
「どあほう、好きだ」
もう何も言わせる気はないらしい。流川は彼なりの極上の笑顔をみせると無理矢理唇を塞いで花道の胸を撫で擦った。
張りのある健康的な肌が流川の指を楽しませて、次第に抵抗を弱らせる花道の肩からシャツを抜き取ってゆく。
見事な手管だと感動する間もなく上半身を晒され、花道は急に不安に駆られた。
だけどビビるわけにはいかない。俺は天才なのだから。
心細さに叱咤してキッと流川を睨みつける。そこで花道は気がついた。流川の視線が何故か胸部に注がれている事に。
何だと思って目をやって花道は目を瞠った。先ほど流川が悪戯のように掠めていた胸の頂、なんだかジンと痺れているような気がしたが、そこが赤く尖って流川の目に晒されていた。
なんだこれ…!花道は盛大な羞恥に駆られ、流川の視線から逃れるように身体を反転させようとした。
しかしそれより一足先に流川の上体が圧し掛かってくる。花道が抗うのも束の間、彼はそこに顔を伏せ…あろう事かそこを口に含んだ。
「…っっ!」
驚いたのは、その行動よりも、流川の舌の感触が生々しかったことだ。
下から上へ、小刻みに、そしてゆっくりと吸い上げられ、花道は腰が浮くような感覚に身悶えた。
こんなのは知らない。くすぐったい。熱い。…こわい。
様々な感情が入り混じって収集がつかなくなった先に何があるのか。今更ながらとんでもないことをしている気になって花道は呻いた。
「…ふ、…っう、」
気を抜いたらおかしな声が上がりそうだ。花道は両腕を交差して口元を覆った。
それに気付いた流川がやんわりと両腕を解いてくる。力は決して強くはないのに、逆らえない仕種だった。
「声、我慢しなくていーから」
「っ、…まえ、だから何様」
「どあほう、声、もっと出して」
「話聞けよ!ってか、誰が出すか!」
「出させる」
軽口を叩きながら流川がその脇腹を辿る。ヒ、と小さく悲鳴を上げた花道に気を良くして、花道の両腕を右手でひとまとめにすると頭上に固定した。
「なに、すんだコラ!」
「声、出さないんじゃねーの?」
「く…っ」
意地を張る花道に、流川は益々調子に乗ってきた。もう一度胸に舌を這わせると、今度はへその辺りを左手が探ってくる。
もはや花道は、くすぐったいのか気持ち悪いのか、そのどちらでもないのかわからなくなっていた。
ただ、声を殺せば殺すほど、やたらと身体の感度は強くなるらしい。流川の密かな息遣いでさえ、花道の皮膚は敏感に感じ取って苦しい思いをした。
そうこうしているうちに悪戯が本格的になってきたような気がする。花道へのちょっかいは普段の為りを潜め、いつの間にか快感を引き出そうとするそれに変わっていた。
やばい、と思ったときには既に下肢を弄られ、殆ど大した抵抗もできずに下着ごとズボンを脱がされてしまっていた。
さすがにここまでくると花道にも焦りが生まれる。いや、もう既に、流川と接しているときから常日頃花道はどこかしら身体の様子がおかしくなるのだが、改めて状況をみつめてみれば焦りというよりも恐怖が花道を支配した。
体育館でキスをして、触れられて、抱きしめられた。それから怒涛の展開で自分の家に流川が上がりこんで、この有り様だ。
急展開にもほどがあるんじゃないだろうか。
危険信号が報せる警戒音に、しかし花道は直接性器を握られて頭が真っ白になった。
「あっ!」
強張る花道に、流川は構わずそこを扱いてくる。執拗なその動きが花道の身体の自由を奪って、わけもなく視界が滲んできた。
更に流川は胸と鎖骨を甘噛みして、確実に花道から理性を剥ぎ取ってゆく。
濡れた音が下肢から響いてくる頃には花道の身体はしっとりと濡れ、熱を持って流川の前に投げ出されていた。
「っく、…あ、あ、」
「どあほう、気持ち、いい?」
「…ちく、ねー、…っ、」
もう性器はすっかり頭を擡げて張り詰めているのに、花道は僅かな意地を捨てられなかった。
だって、と花道は目をきつく瞑る。流川の手で昂ぶって、万が一にも達してしまったら、それこそもう堕ちると思ったのだ。
暗くて底のみえない怖ろしい場所。花道の知らない、知ってはいけない領域に。
ああでも、もう既に片足は突っ込んでしまった気がする。花道はぎゅ、と唇を噛んで薄目に流川を見遣った。
そこにいた彼は、花道の知らない男だった。
僅かに濡れた前髪に、そこから覗く熱量の篭った真っ黒な瞳。あまりにも明け透けに飢えを突きつけられ、花道は息を飲んだ。
「じゃー、もっと、気持ちよくスル」
ちらりとみえた赤いものは、流川の舌だったのかもしれない。
確認する間もなくそれは視界から消えて、次の瞬間花道は途方もない衝撃を受けた。
「っぅあ!」
熱くて濡れたものが花道の性器を覆って柔らかく締め付けてくる。
それが流川の口内だとわかって全身の血が沸騰しそうになった。
「あっ、あ、あっ、るか、…やめ、ろ!」
「やめねー」
「しゃ、べるな…!」
こんな事されて、1秒だってじっとしていられない。花道は口内から逃れるように必死に腰を引いた。すると、動いた拍子に流川の歯に先端が擦れてしまい、その鋭い感覚に高い声が出た。
計らずもイイ部分だったのがわかって羞恥に眩暈がする。
流川の目が嬉しそうに細められているのもみてしまって、花道はたまらなくなった。
「あ、っく、ああ、あ」
「どあほう…きもちいい?」
熱くて、とろとろで、そのままもっていかれてしまいそう。目も眩む快感の前に、もう花道は抗う矜持を持ち合わせていなかった。
「…ち、っいい、から、も…」
「イく?」
「ん、っあ、っク」
「どあほう、」
イっていい、という声がどこかで聞こえた気がした。
瞼の奥が真っ白になる。爆ぜる。凄まじい快感。
薄らと視界が開けたときには、花道はいきすぎた快楽の余韻に包まれ、まともに焦点を合わせることができなかった。
「ヘーキ…?」
「……」
ぼんやりと流川を見上げて、素直に頷く。
息がきれて、ちょっと苦しいと思ったのも束の間、花道はこちらを見下ろす男が喉を鳴らしたのをみて愕然とした。
「おま…、まさか…飲…」
コクリと首を縦に振る流川をみて、絶望する。信じられない。今すぐ死にたい。
花道は真っ青になって流川を凝視した。流川は平気な顔でこちらを見返してくる。
「ありえねえ…」
「何で?どあほうのだから、ヘーキ」
「ばか!あほ!死ね!!」
花道はあらん限りの力で罵倒を吐いた。そうでもしなきゃとてもいられなかった。
初めてで、男で、流川で。霧散していた理性が戻ってくると、急激に羞恥が襲ってきて居たたまれない。
なのに流川はあくまでも流川で。緩みきった瞳で花道を包むから、花道は二の句を告げなくなるのだ。
「可愛い。すき。すげー好き。どあほう、」
嬉しくて幸せでたまらない。そんな顔でこんな事を言われて、他にどうしろっていうのだ。
花道は顔を逸らして羞恥に耐えた。みるみる顔に血が集まってくるのがわかる。きっと今、すごくみっともない顔になっている。
悔しくて奥歯を噛むと、上から唇が降ってきた。
熱の溜まった目尻を啄まれ、耳朶にも触れられる。ふわふわと柔らかい感触が顔に、肩口に繰り返されて、知らず力が抜けた。
恥ずかしすぎる行為が、しかし花道にとってはどうしようもなく心地良い。
流川がどこかで制服のポケットを探る音がしたが、どうでもよくなっていた。
「ちょっとがまん、して」
「ふ、あ…?」
「やさしくスルから」
カパ、と何か蓋の開く音がして、花道が顔を上げようとすると、突然信じられない場所に冷たさを感じた。
「なに…っ!」
慌てて上体を起こすと更に信じられない光景が広がっていた。
流川の指が、花道の尻の間に潜んでいる。
冷たいと感じたのは指に塗り込められたハンドクリームだったらしく、蓋の開いたままのそれをみて花道は動揺した。
「止っ…てめ、どこ触っ…あ!」
容赦ない流川の指が、一気に二本奥へと突き刺される。痛みと圧迫感に喉の奥が引き攣った。
そのままぐちゃぐちゃと内部を掻きまわされ、あまりの事態に押し込めていた恐怖が頭を擡げる。
こわい、怖い、痛い、こわい。流川。もはや花道は嗚咽を漏らして流川を押しやった。
しかし流川は何も言わず花道を抑え付け、更に花道の股間に顔を落としたかと思うと躊躇いなくそこを再び口に含む。
そうなるともう、花道にはどうすることもできなかった。
痛いし、熱いし、何かが疼く。止め処なく涙は溢れ、酷いことをしているのは流川なのに、わけもなく流川に縋りたくなった。
「ん、うあ、…ってえ、いてえ、るかわ、」
「もうすこし、がまん、しろ」
「も、むり…!っく、」
「ダイジョウブ、」
また勃ってきてるから。そう囁く声は届くのに、花道には流川が何を言っているのか理解できなかった。
ただ無償に苦しい。痛いのとは違う感覚が内部で膨れて、ずくずくと奥の方が疼く。
相変わらず内部を引っ掻き回す指は優しさのかけらも感じられないのに、どうにかしてほしくて花道は流川の首を引き寄せた。
「も…、なんとか、しろ、っ」
思い返せば正常な行動とは思えないが、花道は驚く流川に構わず唇に噛み付いたのだった。
それから先は正に疾風迅雷。喰われるように舌を噛まれ、めちゃくちゃに抱きしめられた。
息苦しさに喘げば流川は僅かに唇を離し、それからまたすぐに堪えらないと塞いでくる。
下肢では内部に入った指を引き抜かれ、勝手に収縮するそこに熱い塊を押し付けられた。
それが何か、なんて聞かなくてもわかる。花道は目を閉じて両腕で顔を覆った。
「、っイ!」
衝撃は想像以上だった。引き裂かれるような痛みと圧迫感、思わず開いた目の前で星が瞬いたようにも思えた。
呼吸するために口を開くけれど、あまりの痛さにままならない。ぼろぼろと零れる涙が如実にそれを物語って、流川は急いていた動きを止めた。
ひ、っひ、と声にならない音を繰り返す花道の頬に、労わるようなキスがひとつ。唇と、目許と、鼻の頭に続け様降らされて、花道は漸くゆっくりと息を吐いた。
その拍子に下肢の硬直が緩まる。僅かに和らいだ締め付けを見計らって、流川はまた深く腰を進めてきた。
もうここまでくると花道は痛みも苦しさも何もかもを流川に許す他ないと思った。
それ以外、どうしていいかわからない。
ただもう、目の前には流川しかいなくて、熱くて、痛くてどうしようもない。
「ん、く…っあ、あっ!るか、わ、るかわ」
「ど、あほう、っ」
「も…おれ、わけ、わかんね…っ」
「ダイジョ、ブ…おれも、わかんねー」
流川の言葉を聞いて、強く穿たれて、唇が戦慄く。馬鹿みたいに声を上げて流川の背に縋ったのは、繋がった下肢みたいに上半身もくっついてしまえばいいと思ったからだ。
気付いた流川が身体を倒してきて花道の額に口付ける。そこじゃない、と花道は首を引き寄せて、自らまた流川にキスをした。
流川は小さく目を見開いて、それから丹念に口付けを返す。流川の舌が甘いと感じたのは、もしかしたら唾液のせいかもしれないと思った。
さっきから口内を満たすこの液体が、無償に甘ったるくて癖になる。花道は注がれるままにそれを飲み下して、もっと、と流川を見上げた。
濡れた瞳が花道を映す。身体が密着する。裸の胸が流川のシャツに触れ、そこで、そういえばこいつ、何で脱いでねえんだと急に腹立たしくなって、花道は流川のシャツを力一杯引き裂いた。
ビリリ、と布の裂ける音がしたけれど、流川も花道も、最早そんなことを気にしてる余裕はなかった。
「るかわ、っるか、あ」
「どあほ…、すき、だ」
「ん、…うあ」
「すき、すきで、おかしくなる、」
「っは、あ、っ」
「…お前も、はやく好きに、なれ」
俺を、すきになれ。
腰の奥を突かれ、足を抱えられ、もっとずっと挿入が深くなる。
不意にどうしようもなく泣けてきたのは、そのせいだ。
剥き出しの流川の胸が花道の肌と触れて、花道はその温度に焼かれそうだと震えて泣いた。
「…信じらんねー」
くしゃくしゃに皺の寄った制服に、シャツ。何の液体かわからないもので汚れた床に目をやって、花道は盛大に肩を落とした。
隣では流川が正座して花道を見上げている。
「何が?」と悪びれもせず問うてくる様は、何もわかっていないどころか、少し嬉しそうでもあるから花道は引き攣った。
「何が?じゃねーよ!この変態!!」
「何、キレてんだ?どあほう。」
「てめー、オレは男だぞ!なんでオレが女役なんだよ!」
他にも色々言いたい事はあるが、とりあえずはそこだ。花道は流川の胸倉を掴み、最上級の凶悪面で凄んでみせた。
しかし流川は何を勘違いしたのか逆に顔を近付け、ちゅ、と花道の唇を啄んでくる。
「可愛いー、どあほう、照れてんの?」
「っばか!死ね!!今すぐ死ね!!」
「イヤダ。死ぬなら腹上死」
「よし、今すぐ殺してやる」
花道は流川の首を掴み、そのまま意趣返しにキスをしてやった。
せいぜい驚け。目を瞠る流川の黒目に花道は不敵に笑って立ち上がる。
体中どろどろだし、ありえない場所がすごく痛い。とにかくこのままだと大変な事になりそうだった。
「おい、キツネ。そこ掃除しとけよ」
花道は大股で風呂場に直行し、帰宅してから漸く部屋の明かりをつけたのだった。
その後、花道がどうなったのかというと。実はどうにも変わっていない。
相変わらず流川を前に過剰意識するし、おかしな症状も収まらないままだ。
ヤられ損じゃねえかとあれから何度も花道は思ったけれど、不思議なことに以前の苛立ちはすっかりなくなっていた。
それが、流川も自分と同じだと気がついたからなのか、それとも煮え切らなかった想いに区切りがついたからなのかはわからない。
けれど流川を中心に回っていた日常が、次第に自分だけでやりたいように流川を動かせるのだと知って、花道はある種、獰猛な獣を手懐けた気分でいたのだった。
それに、と花道は思う。
あれだけ馬鹿みたいに自分を好きだと豪語する。流川のその目が真っ直ぐこちらに向けられているうちは、花道は穏やかでいられると核心できるのだった。
さて、それから…。
問題はまだ、山積みであるが。
END