白い雪のちらつく凍えるような夜空の下を、ブレザーの上にウールのコートを 着込み、寒そうにマフラーの中に首を縮めて、少年は早足に歩いていた。  足を進めるたびにがさがさ鳴るスーパーの袋を肩越しに提げ、向かうのは彼の 自宅ではなく、そこから少し離れた幼馴染の家。白い息を吐き出しながら、門の 前にたどり着くと、空いている手でインターホンのボタンを押す。押す。押す。 『はーい、百瀬[ももせ]でーす』 「ああ、俺。寒いから早く開けてくれよ」 『あ、陽ちゃん、待ってたよ! 今すぐ行くから!』  3回も鳴らしてようやく返ってきた返事に、変声途中の微妙な高さの声で短く 返すと、彼――陽太[ようた]は、言葉のとおり、寒そうに靴を鳴らしながら、 扉が開くのを待った。 「お待た――ひゃっ」  一度は開きかけた扉が、悲鳴とともにぱたんと閉じる。続いて聞こえたのは、 遠ざかっていくスリッパの足音。そして数十秒の後、もう一度扉が開くと、丸い 眼鏡の女性が顔を出した。眉を寄せたあきれ顔で、陽太が言う。 「寒いって言ったろ、ひそか姉[ねえ]」 「あはは、ちょっと甘く見てたよ。ごめんね、こんな中で待たせちゃって」  一度戻って取ってきたのか、薄めの上着の上に着込んだピンクの綿入れの前を かき合わせながら、少し恥ずかしげに笑って、ひそかはそう答えた。サンダルを 鳴らして門の前までやってきた彼女がかがみこんで鍵を開けると、きいい、と、 かすかにきしみをあげるそれを開け、陽太は敷地の中へと足を踏み入れる。 「あ、陽ちゃん。荷物持とうか」 「いいよ、すぐそこまでだし。それよりひそか姉、インターホンで名前名乗るの いいかげんやめろよな。馬鹿みたいに聞こえるから」 「う……。電話機でとってるから、ついやっちゃうんだよね……」  ふたり並んで玄関をくぐりながら、ひそかはしゅんと肩をすくめた。 − 冬の雪の夜、ひそかと陽太 −  百瀬ひそかは、才女だった。  詳しいことを陽太は知らなかったが、とにかく彼女は頭がよかった。考査前や、 授業でつまづいたとき、宿題が解けないときなど、陽太は何度も彼女のお世話に なっていた。  そして、百瀬ひそかは、美人だった。  柔和な顔立ち、優しげな瞳、艶やかな髪、たっぷりとした胸元、きれいな腰の ライン。ひとりの夜のベッドの中でも、陽太は何度も彼女のお世話になっていた。  しかし。百瀬ひそかは、生活力には欠けていた。  洗濯はできてもアイロンはかけられない。掃除はすみずみまでいきわたらない。 ミシンなど触ったこともない。台所では、陽太は何度も彼女のお世話をしていた。  そして今日も、その台所での世話を終え、陽太はブレザーの上からグリーンの エプロンを身につけ、シンクで皿を洗っていた。食卓のテーブルの上に上半身を 伸ばし、彼の背中を見ながら、ひそかは幸せそうに呟く。 「はー。やっぱり陽ちゃんのごはんは最高だねー」 「どーも。ま、お世話になってるし、これぐらいはな」 「いつも助かってるよー。ひとりでコンビニとか出前って寂しいし高いし栄養も 偏るしねー」  言いながら、よいしょ、と、ひそかが体を起こしたその瞬間、まばゆい白光が 彼女の背後から部屋を満たした。何事かと振り向いたのと同時に、耳をつんざく 轟音が響き渡り、部屋の明かりがふっと消えた。 「きゃああああっ!?」 「停電!?」  洗っていた皿を持ったままで、陽太はひそかの方を振り向いた。が、明かりに 慣れた目には、すぐ目の前にあるはずの食卓すら映らない。 「ひそか姉! 大丈夫か!?」 「だ、大丈夫ー……。ちょっと耳がきーんってするだけ……」  必死に闇の中で目を凝らす陽太。やがて薄い光にも目が慣れてくると、食卓の 向こうでうずくまっているひそかの姿が、彼の目に映った。シンクに皿を置いて 側に駆け寄ると、同じようにしゃがみこんで、陽太はひそかの顔をのぞきこむ。 「びっくりしたー……。すごい近くに落ちたよね」 「ああ。……電気、点かないな。ひそか姉、懐中電灯とかあるか?」 「そんなの急に言われたって……ひゃっ!?」  不意に鳴り響く電子音に、ひそかはまた驚いて首をすくめた。その目の前で、 陽太はごそごそとポケットから携帯を取り出すと、ぱちんとそれを開く。 「あ、親父だ。……はい。うん。……そうなんだ。わかった。こっちは大丈夫。 そっちも気をつけて。じゃ」 「石動のおじさん?」 「うん。停電で電車が止まったから今日は帰れなさそうだって」 「そっか……大変だね」  ぺたんと床に座り込んだまま、そう言って振り向いたひそかの目が、窓の外の 景色を見て丸く見開かれた。勢いよく立ち上がって、窓に駆け寄る彼女を視線で 追った陽太も、彼女と同じものを見ると眉を雲らせる。 「すごいね……」  窓の外には、大粒の雪が舞っていた。まだ降り始めたばかりなのか、うっすら 地面が白い程度だったが、このまま降り続けば、朝方には町中が景色が真っ白に なっているだろうことを思わせるその勢いに、ひそかは感心したように言った。 ごろごろとまだ唸っている空には重そうな雲に覆われ、そう簡単には晴れそうに ない。ぎゅっと眉を寄せたまま、陽太はひそかの隣に立ち、同じように窓の外を 見て呟く。 「きっついな。帰るのが」 「うん。街灯も消えちゃってほとんど真っ暗だし、危ないよ。無理しないほうが いいと思う」  そう言って彼のほうを見たひそかの顔を、ぎょっとしたように見る陽太。だが、 彼はすぐに顔をもう一度窓のほうに向けると、動揺したように視線をさまよわせ、 早口に答える。 「む、無理するなってなんだよ。帰らないわけにいかないだろ」 「でも危ないし、おじさん帰ってこないんだったら、泊まってったほうがたぶん いいよ。その、陽ちゃんが嫌なんだったら――きゃっ!」  また視界を満たすまばゆい光と轟音に、ひそかは小さく悲鳴を上げて、そばに いる陽太のエプロンにしがみつく。突然の行動に彼は驚いたが、まさかその手を 払いのけるわけにもいかず、だからと言って抱きしめる度胸もなかった。きつく 目を閉じている彼女の顔を見つめて胸を高鳴らせながら、ただ硬直する陽太。  やがて恐る恐る目を開けると、ひそかは少し涙目になって言った。 「うう、ごめんね。本当はちょっと心細いんだよ。電気はつかないし、雷も雪も すごいし。ねえ、陽ちゃんお願い、帰らないで。電気つくまででもいいから……」  しわが寄るほどに彼のエプロンを握り締めて、額が触れそうな距離でひそかは 訴える。内心の昂ぶりを隠すように、少し背をそらせながら、陽太はぼそぼそと 彼女に答えた。 「わ、わかったから落ち着けよ、ひそか姉。一緒にいるからさ」 「本当? よかった……。あ、じゃ、じゃあ私の部屋いこうか。ここ、ちょっと 寒いし。ね」 「あ、ああ」  エプロンを脱ぎ、陽太はひそかに半ば押されるように食堂を出る。ゆっくりと 階段を登り、彼女の部屋のドアを開けると、ふわ、と、鼻をくすぐる甘い匂い。 どきん、と、また鼓動が跳ねて、思わず彼が足を止めると、その背中にひそかが ぶつかった。背中に当たる柔らかな感触に、跳ねた彼の鼓動がさらに高鳴る。 「わ。ど、どうしたの? 陽ちゃん」 「あ、ごめん。な、なんでもない」  甘いひそかの匂いを含んだ、しかし冷たい空気に満たされた部屋に慌てて足を 踏み入れながら、陽太は答える。そんな彼の後ろで、ぱたんとドアを閉めると、 ひそかは彼の横を通り抜け、ベッドの足に取り付けたホルダーの中のリモコンを 手にとってボタンを押した。しかし。 「あれ?」 「停電なんだから点かないって。頭いいのになんか抜けてるんだよな、ひそか姉」 「あ、そ、そっか。うう、ごめんね陽ちゃん。と、とりあえず座って」  リモコンを戻してクッションをベッドの上に2つ並べると、そのひとつに腰を 預け、ひそかは陽太を手招きした。誘われるまま彼女の隣に腰を下ろし、陽太は 所在なげに肩をすくめる。 「……寒いね」 「冬だし。こんなに降ってるとな」 「うん……」  そこで、ふたりの会話は途切れた。落ち着かない様子で、視線を彼女がいない 方向へさまよわせる陽太と、そんな彼をちらちらと見るひそか。部屋の中には、 遠ざかっていく雷の唸りと、電池で動いている時計が時を刻む音だけがしていた。 が。 「さむ……」  ふる、と、身を震わせてそう呟くと、不意にひそかが陽太の腕に肩を寄せた。 突然触れた柔らかさと温かさに、びくりと身をすくませる陽太。それとは反対に、 ほっとしたような表情でひそかはため息をついていた。当惑したような表情で、 陽太は自分に肩を預けるひそかを見て言う。 「な、なんだよひそか姉」 「寒いんだもん……。陽ちゃんはあったかくて気持ちいいね」  一度触れたことでためらいがなくなったのか、ひそかは陽太に脚を寄せ、腰を 近づけ、ぴったりと体をくっつけて、もう一度心地よさそうにため息をついた。 が、彼女が頬を彼の肩に預けようとしたその時、陽太は状況にこれ以上は状況に 耐えられないと思ったのか、ベッドの上で少し身をずらし、彼女との間に隙間を 空ける。 「あ。陽ちゃん……」 「そ、そんなにくっつくなよ。何考えてんだっ」 「何って、あったかいなあって。そんなに怒ることないじゃない。どうしたの?」  言うとひそかは振り向いて毛布の端をつかみ、それを背中に羽織る。そして、  ベッドの上を膝立ちで歩き、陽太が腰を預けているクッションの上にぺたんと 座ると、今度は陽太を後ろから抱くように覆いかぶさり、包み込むように毛布の 前を閉じた。 「ひ、ひそか姉っ! やめろって恥ずかしいからっ!」 「誰も見てないじゃない。このほうがあったかいんだから、いいでしょ?」 「よくないって! 俺もひそか姉も子供じゃないんだから――」 「わかってるよ、そんなの」  陽太の言葉を遮るように、ぽつりとひそかが漏らした声は、不思議なぐらいに 重かった。一瞬ぎくりとした陽太の胸の上を、ひそかの右手が滑る。ひんやりと まだ冷たいその感触が太腿の上に乗ったところで、陽太は、はっ、と我に返った。 「ひそか姉! な、何してんだよ! ちょっと一回離せって!」 「……いや。いま離したら、陽ちゃんがいなくなっちゃいそうだもん」  ぎゅ、と、彼の胸元を抱いた手に逆に力を込め、さらにひそかは右手を陽太の 脚の間へと差し入れていく。あぐらのせいで脚を閉じることもできず、そして、 やはり彼女を振り払うこともできずに陽太がいるうちに、彼女の手が、ズボンの 上からそっとそこに触れる。 「うあっ」 「ひゃ」  陽太は、そのひんやり柔らかい感触に、ひそかはその熱く硬い感触に、同時に 息を呑んだ。彼女に触れられるうちに、すっかり張り詰めてしまっていた陽太の そこ。力強いその脈打ちに魅せられたようにひそかはそこを手で包み撫でる。 「すごい熱いし、硬い……。どくんどくんしてる……。陽ちゃんすごい……」 「ひ、ひそか姉っ。待てって、だめだったらっ」  逃げるように、陽太が座ったまま体を前へ倒すと、その背中にさらに乗る形に なるひそか。腰を浮かせて彼におぶさるような格好で彼の肩にあごを乗せ、手で さらに積極的にごそごそと熱い昂ぶりを撫で、揉む。決して巧みではなかったが、 他人に、それもひそかに触れられているというだけで、陽太は自分で触れる時と 比べ物にならないほどの心地よさに、息が弾むのを抑えられなかった。 「ひそか姉、やめ……っ」 「陽ちゃん、気持ちいい……」  ふたりの興奮が、毛布の中に熱を呼び始める。背中を丸めた陽太の上で、彼の 漏らす声に、彼の脈打つ昂ぶりに心を奪われ、ひそかの手にはさらに熱が篭った。 手のひらで包んで揉むの動きだったのが、指をそよがせ、軸を探り、先端を撫で、 手のひら全体で軸を絞るように擦って。施された技巧に身を震わせ、背中はまだ 丸めたまま、陽太は首を仰け反らせて喘ぐ。 「うぁ、まっ、ひそ、ひそか姉っ、だめ、やばいってっ」 「だから、誰も見てないってば。大丈夫……」 「ち、違うっ。そういうんじゃなくて、俺、もう……っ!」 「え? あ、ええと。……うん」  切羽詰った陽太の声にようやく事情が飲み込めたのか、ひそかはようやく手を 止めた。腰の奥から溢れ出しそうだった気配が引いていくのを感じながら、硬く 強張らせていた体をゆるめ、陽太は詰めていた息を吐き出す。その背中の上で、 ひそかは頬を染め、うれしそうに、恥ずかしそうに微笑んでいた。 「えへへ……」 「えへへじゃねえよ……。なんで笑ってるんだっ」 「だって。陽ちゃんのこと、私でも気持ちよくさせられるんだってわかったから。 陽ちゃんも私と同じなんだね」 「お、同じって、何がだよっ」 「陽ちゃんも、私が気持ちいい触り方で触ったら――あ」  か、と、顔を朱に染めると、隠れるように顔を陽太の背に押し付けて、毛布の 中にもぐりこむひそか。その言葉の意味を理解し、その場面を思い浮かべたのか、 陽太も耳まで赤く染めている。 「も、もうっ。陽ちゃんったら想像したでしょっ」 「してないって! 別に俺は――」 「うそ。ここがびくびくってしたもん。絶対そういうこと考えたよ」 「うあっ、ちょ……」  またひそかの手が動き、びく、と、陽太が悶えた。一度引きかけた快楽の波が 急速に呼び戻され、吐息を震わせながら首をそらせる彼。その背中で、ひそかは 毛布の中からくすくすっと笑った。 「陽ちゃん、可愛い……。ね、覚えてる? 小さい頃、くすぐりあいっこだけは 私、陽ちゃんより強かったよね」 「ひ、ひそか姉、だめだって、俺……」 「もう二人とも小さくないけど、やっぱりこういうのは、私のほうが強いのかな」  言って、する、と、ひそかは陽太の襟元から、ブレザーの中へ手を差し入れる。 ごそごそとまさぐると、その度にびく、びくっ、と、彼が震えるのが楽しいのか、 それを感じる度に、ひそかは小さく笑いを漏らした。そして、すう、と、指先で 脇腹を撫でられたその瞬間、そこからぞくぞくと湧き上がった感覚に陽太は息を 呑み、身を硬くする。 「く、はっ!」 「わ……。ここ……そっか。陽ちゃん、ここすると、すぐ降参しちゃってたよね。 ……そっか。じゃ、ここも?」  毛布の中から頭を出し、唇を尖らせ、ふぅ、と、彼の耳の後ろ辺りへひそかは 息を優しく吹きかけた。見る間に、薄い明かりに照らされた彼の首筋が総毛立ち、 手の中で昂ぶりがびくびくっ、と、反応を見せる。 「ひ……!」 「やっぱり。大人になると、くすぐったいところは……感じちゃうところ、に、 なるんだね。えへへ、そっか。それじゃ、私……陽ちゃんの感じちゃうところ、 いっぱい知ってるよ」 「ひ、ひそか、姉ぇ……」 「陽ちゃん……」  甘く囁きながら、ひそかは手を昂ぶりの上から動かした。ほ、と、一瞬安堵の 息を漏らした陽太だったが、すぐに、太腿の内側を這い回る手の動きに、またも 背筋を震えが駆け下りて、腰の奥が疼き、息を跳ねさせる。丁寧な指先の動きが、 彼の知らなかった感覚を掘り起こしていた。 「ひそか姉、も、もう俺……っ、許して……」 「ぶーっ、ちがいまーす。くすぐりあいっこは、負けたらどうするんだった?  陽ちゃん」 「え……? あ、ひっ!」  胸元を撫でていたひそかの手が、陽太の乳首をシャツ越しにつまんだ。鋭い、 だが甘い感覚に体を貫かれ、陽太の声が裏返る。背中の上で楽しそうに笑って、 もう一度ひそかが彼の肩に顎を乗せると、目の前に見えるのは赤くなった彼の耳。 胸元に添えていた手を彼の頬に触れさせると、わあ、と、声を漏らして。 「陽ちゃん、ほっぺたもすごく熱くなってる。……興奮してるんだ。ね、ここも 気持ちいいかな? こういうことしてる本、見たことあるんだけど……」 「ひそか姉……っ! お、俺もう、降――むっ」  耳に舌を伸ばそうとしていたひそかの耳に届いた、陽太の声。今よりもずっと 小さい頃に決めた遊びのルール。負けたら降参と言って、それでおしまい。だが、 それを言い終えるより早く、ひそかは、ぐい、と、彼の頬を引き寄せると、その 唇を自分の唇でふさいだ。内腿と昂ぶりを指先でくすぐり撫でながら、数秒ほど 口付けを続けてそれを離すひそか。 「ぷぁ……。ふふ、昔、陽ちゃんもこういう意地悪したよね。降参って言おうと した私の口ふさいで。あの時は苦しかったなあ……」 「ご、ごめん。だから、もう……」 「あは、大丈夫、怒ってないよ。懐かしかっただけ」  言って、またひそかは柔らかな胸を彼の背中に押し付けながら舌を伸ばすと、 今度こそ耳へとそれを伸ばした。舌先に神経を集中させ、ぴと、と、それを彼の 耳に触れさせて、ゆっくりとその輪郭をなぞっていく。 「ん……ん……ん……」 「あ、ああ、あああっ! うあ、あっ!」  耳から頭の芯へ流し込まれるようなぞくぞくとした快楽に、陽太が激しく喘ぐ。 女性が自分に施すような柔らかい優しい愛撫に、限界の一歩手前で留め置かれた 昂ぶりが、下着の中で何度も跳ねた。ひそかがいなければ、とっくに自分の手で しごいて果てていてもおかしくない生殺しのまま、だが、わずかに残った理性が それを拒んでいる。 「ひそか、ひそか姉っ、俺、俺もうっ、たのむ、たのむから……っ!」 「だから、陽ちゃん。負けたときは降参、でしょ?」 「そ、そうじゃなくて、俺……っ!」 「ひゃ!?」  ついに耐え切れなくなった陽太が、ひそかの手をとってそれを自分の昂ぶりの 上にぎゅっと押し付ける。びくん、びくん、と、先ほどよりも強く脈打っている それに一瞬驚いたような声をあげたひそかだったが、やがて理解したのか、ごそ、 と、そこを探った。ジッパーの金具が指先に触れると、それを慎重に引きおろし、 彼女は小さく笑う。 「そっか。男の子もイけないと苦しいんだ。ごめんね陽ちゃん……」 「ひ、ひそか姉ぇ……」 「うん。じゃ、終わりにしよう」  言いながら、ごそごそと指先をそこへ差し入れるひそかだったが、ジッパーの 奥から引っ張り出すには、彼の昂ぶりは張り詰めすぎていた。ジッパーを開けて それを引き出すことに慣れていないこともあり、その指は昂ぶりに絡みついて、 中途半端にしごくような動きをするばかりで、なかなか目的を達せられない。 「うう……っ!」 「ご、ごめん陽ちゃん。ちょっと、体、起こして……」  ぐい、と、上半身をひそかが引くと、陽太は体を起こすのと同時に、ベルトを 両手で緩め、ズボンのホックを外した。する、と、ゆるんだそこに入り込む手。 あ、と、ひそかは声を上げると、彼の昂ぶりをそっと握る。 「うわ、すご……きゃっ!?」 「あ、う、ううううっ!!」  どくん、と、これまでにない勢いでしゃくりあげた昂ぶりに、ひそかは小さく 悲鳴を上げた。感じたことのない力強さとともに、手に降りかかってくる何か。 その熱いぬるみを手になじませながら、本で読んだとおりに手の中の昂ぶりを、 懸命にしごく。 「う、うっ、あう、ううっ!」  それを放出しながら、陽太は意識が真っ白になるほどの射精感に、がくがくと 身を震わせていた。射精しているというよりも、精液を引き抜かれているような、 そんな錯覚に陥るほどの強烈な快感。いっそ苦しげな呻きに、ひそかが心配げに 言う。 「よ、陽ちゃん、大丈夫?」 「あ、う……」  やがて放出が収まると、陽太の体からふっと力が抜けた。突然のことに悲鳴を 上げる暇もなく、ベッドにもろともに倒れこむふたり。はぁはぁと激しい呼吸を する彼の下で、ひそかはいままでにない感覚に浸っていた。 「陽ちゃん……大好きだよ。小さい時から、ずっと。これからもずっと」  荒い呼吸と、時計の音だけが聞こえる寝室でそう囁くと、ひそかはもう一度、 陽太を後ろから優しく抱きしめた。