『次は〜東吉岡〜東吉岡〜』  しゃがれた車掌さんの声がスピーカーから響いてきた。東吉岡から二駅を過ぎれば私が  通っている高校の最寄り駅だが、次の駅からは私達学生に加えて会社勤めの人が  乗り込んでくる為、空前絶後のラッシュ状態になってしまう。 『ドアが開きます…扉に手をはさまないよう、ご注意願います』  電車が停車し、ドアが開くのと同時に老若男女が一斉に飛び込んできた。月末だから  だろうか、今日はいつもの3割増しぐらいの人間が詰め込まれてきた。ドアの際に  立っていた私は思わずドア側を向き、背中で寿司詰めの圧力を受け止める。 「くっ…」  同級生と比べると大きめの乳房がドアに押し付けられ、独特の感触で潰れる。 (丈夫に作って貰えててよかった…)  人間の構造を模して作られている私の筐体の外装は、少々押したぐらいではロボットと  見分けがつかないようになっているのだ。 『扉がしまります…ご注意下さい』  背後からの圧力が断続的に強くなる。流石にこれは辛いかも…と思った時、扉が閉まる  音が聞こえた。がくんという衝撃を残し、電車はぐんぐんと加速し始める。 (今日はやけに運転が荒いわね…運転手さん、新米かしら?)  いつものきついカーブの手前で大きく減速を始める車両。減速の度合いもどこかぎこち  なく、私の身体ががくがくと左右に揺れる。昨日の晩にお父さんが組み込んでくれた、  新開発の三次元ジャイロが無ければ大変なことになっていたかもしれない。そう考えて  いる内に電車は規定通りの減速を完了し、カーブに進入した。私はカーブの外側にいる  ので、後ろの人が私に身体を押し付けるような格好になっているらしい。 「んん…っ!」  背中の肩甲骨ユニットの下あたりに、柔らかい二つの物体が押し付けられている感触が  伝わってきた。そういえば、扉から入ってくる時に奇麗な女性が一人いたっけ…。 「…ん」  私より少し低めの、しかし確実に女性であることがわかる声が耳に入ってきた。少し  苦しそうな声で、どうやら私と同じ目にあっているらしい。 「つっ…」  30秒程続いた遠心力がゆるみ、背中にのし掛かっていた圧力が緩んでいく。ここから  しばらくは直線が続くので、少しは楽になる筈だ。 「ぁ…っ …ん…」  聞き覚えのある声が、再び私の聴覚センサに捉えられた。さっきとは違い、周期的に  私の後ろから聞こえてくる。背中の触覚センサが、二つの柔らかい物体が押し当てている  ことをひっきりなしに伝えてきた。いや、ただ単に押し付けられている訳ではない。 「はぁ…ん…ふぅ…んんっ」  背中越しに伝わってくる圧力が微妙に変化していた。縦横無尽に圧力分布が変化するうえ、  その物体の真ん中は固く尖ってきているのが判る。 (まさか…!?)  私のメモリから二文字の漢字が浮かび上がろうとした瞬間、今度は臀部の辺りに圧力を  感じたのだ。聴覚にはとらえられないが、服の生地がすり付けられる感触がリアルタイムに  伝わってくる。目をつぶり、背後の女性であろう人間からなんとかして身体を離そうともがく。 「…貴女、ロボットでしょ?」  艶めかしい女性の声が、私の聴覚を貫いた。 (!?)  突然の事に、私のシステムは一瞬だが過負荷状態に陥った。筐体全体の温度が急激に上昇し、  強制放熱システムが一気に作動する。冷却液潤滑ポンプの動作周期が一気に上がり、それだけ  では事足りないのか、人間でいう”冷や汗”が外装表面から滲みでてきた。 (何故私の…いや、少しの時間しか触れてないのに、私がアンドロイドであることが)  そう、バレる筈はない。自分を落ち着かせるため、聴覚センサを一時的にシャットダウンした。 (これで大丈夫…) (あら…無粋な子ね…) (えぇ!?)  思わず声が出そうになったのをぐっと押える。 (そんな、聴覚は一切遮断した筈なのに…) (そんなことするからよ)  声は、非接触式のメンテナンス用インタフェースを通じ、直接私のAIに語りかけていた。こんな  事が出来るのは、自分の身内以外考えられない。 (ふふん…基本的な部分はあたしと同じなのね…あら?) 「ぁんっ!?」  股間に指らしきものが触れた。割れ目にそって、何度もゆっくりと前後に動かされている。 (んっ…ひっ…ふぁっ!) (へぇ、こんなのまで実装されてるんだ…っと、大声だしちゃ気付かれるわよ?) (いや…んっ! ぁ…やめ…て…) (駄目よ…折角遇えたのに…それに、ね) (あっ!?)  下半身がびくりと痙攣し、一瞬の間をおいて下腹部から軽い衝撃音が響く。 (あらまぁ、こんなにセキュリティが甘いなんて)  それは、人工女性器へのアクセスを簡単にするために急遽設けられた、メンテナンスハッチの  ロックが解除された音だった。ショーツで隠されている部位とはいえ、もしここに手を突っ込まれ  ようものなら… (嫌…お願いです…やめ…) (…どうやら今日は時間切れのようね) (え…?) (ふふ、こんなに震えちゃって…可愛い子)  筐体内部を弄られるという恐怖感が、全身のアクチュエータを小刻みに痙攣させていた。 (じゃあ陽子ちゃん、明日同じ車両の、同じ時刻に…) (わ、私の名前まで…) (来なかったら、貴女が人間じゃないってことを公表するわよ) (!!)  驚愕と共に目を見開いた瞬間、聴覚が元に戻った。いつのまにか電車は駅に停車しており、  ラッシュを形成していた乗客の内の何人かが降りていく。 「あの…人は…」  私を思うがままに弄っていた女性は、いつのまにかいなくなっていた。 (続く)