前回立ち寄った街を離れてから、もう何日走っただろうか? 夕方から振り始めた雨は止む事なく、  むしろその勢いを強めている。ヘルメットの外から聞こえるバイクのエンジン音より、雨音の方が  大きくなってきていた。 「くそ、ついてねぇ…」  街で博打を打って大負けし、稼いだ金をほぼ全て履き出してしまった。今思えば、分の悪過ぎるという  よりは、負ける事が最初から分かっている賭けだった。しかし、俺の思い出を汚されたことに比べれば  訳もないことだ。奴だけは決して許せない…今度あったら… 「あ、ありゃ?」  格好良くキメて自己陶酔に浸ろうとした瞬間、愛車のエンジンが突然ボコボコと不快な音をたて始めた。  速度計の針がどんどん0に近づいていく。 「ガス欠…」  賭けをするまえにガスを補充すればよかった。後悔する暇も無く、バイクはその息遣いを止めてしまう。  言葉にならない悪態をヘルメットの中でぶちまけた俺は、バイクを投げ出して路肩に寝転がった。  もうどうでもいい、ここまで落ちぶれたら神も糞もあったもんじゃねぇ…やけくそになってヒートアップ  した俺の頭も、雨にうたれてどんどん冷え込んでいくのがわかる。   「あの…大丈夫ですか?」  ガス欠になってからどれくらいの時間が経ったのか? 声に気付いて目を開けると、そこには女神が  立ち尽くしていた。 「…誰だお前」  仮にも女神と思った人物にかける言葉としては、あまりにも無粋な一言だ。しかし、今の俺にはそれぐらい  しか喋る気力が残されていなかった。 「そこの子…あなたのものなのですね」 「…そうだ」 「怪我はありませんか?」  どうやら彼女は、俺がバイクで転倒したと思っているらしい。道端に打ち捨てられたバイクとライダー、  そう思われても当然といえば当然だ。俺はしぶしぶと体を起こし、バイクの傍らにしゃがみこんだ女神の  もとへ擦り寄った。 「別に俺はコケた訳じゃないんだが…」 「そうなんですか?」  女神が首を傾げながら俺の顔をみつめている。歳は20歳半ばぐらいだろうか? 街にあふれている水商売の  女とは違い、化粧っ気もなければ髪も染めていない。服装は暗くてよくわからないが、ごく普通の田舎娘と  いう感じだろうか? 「声をかけてくれてありがとよ…少しは動く気力が出た」  女に見つめられただけで気力が出た自分に、妙な情けなさを感じながら立ち上がる。打ち捨てたバイクを  起こし、街に戻る方向へと歩を進めようする俺を、女神が引き止めた。 「…もしよければ、私の家によっていきませんか?」 「…は?」  見ず知らずの男を自分の家に泊めようとする女など、このご時世では聞いた事がない。政治が崩壊した  この国では、警察など有って無きが如し…彼女が例え女神だとしても、あまりにも都合が良過ぎる話だ。 「私の家、元々バイク屋だったんです…その子も治せるかもしれません」 「…本当にいいのか?」 「別に構いません。どうせ、家には私しかいませんから」  僅かだが、彼女から世捨て人の匂いが漂ったような気がした。俺と同族の匂い…今思えば、色々な意味で  これが間違いの元だったような気がする。 「言葉に甘えさせてもらうよ。家はどこだ?」 「…ここから2km程先です」  彼女が北西方向の山地を指さした。峠道の中腹に、ほんの僅かだが明かりが見えている。俺は若干の眩暈を  覚えながら、彼女の後を追ってバイクを押し始めた。