迫り来る敵からマサキを守るユウキ。アンドロイドであるとはいえ、マサキを  庇いながらの戦闘を続けなければならない彼女の身体は傷ついていた。 「はぁ、はぁ…もう走れないよ…」 「仕方ありませんね…敵の反応は近くにありませんし、そこの物陰で少し  休憩をとりましょう」  ドラム缶の脇に座り込み、息を整えようとするマサキ。それに対し、ユウキは  少しも点かれた様子を見せない…アンドロイドである彼女は疲れを知らない。 「もう少し僕の事も考え…って、そ、その傷はどうしたの!?」 「ああ、この傷は…先程の戦闘でご主人様をお守りした時、被弾した傷ですね」  ゆうきのメイド服の右肩口が大きく裂け、彼女の白く透き通った肌と…無残に  黒く焦げた人工皮膚から覗く機械部品。人工筋肉は千切れて傷口からはみ出し、  配線や細かいパイプ類は原形を留めていない。 「は、早く治療しなきゃ!!」 「大丈夫です…メイン回路、及び動力には影響ありません」 「だって、ものすごく痛そうじゃないか!」 「心配ありません。この通り、最低限の…動き…は…」  笑顔を浮かべ、右手をマサキに見せようと腕を上げるユウキ。しかし、その動きは  人間とは比べ物にならないぐらいぎこちなく、掌は不自然に細かく痙攣しながら  がくがくと握ったり開いたりを繰り返していた。 「この通り…正常に…うあっ!!」  バン、と何かが弾ける乾いた音がユウキの肩から響き、大きな火花がマサキの  眼前で飛び散る。思わず目を塞いでしまったマサキが次に見たものは、肩を  おさえてうずくまるユウキの姿だった。 「う…」 「ゆ、ユウキ…!」  マサキは傷口を押えているユウキの手を強引に払いのけた。 「やっぱり駄目だよ!なんとかしなきゃ…」  大きく裂けた傷口からはプラスチックが焼けたような臭いと白煙が漂っている。 「こ、これは…こんな酷い…」 「ご主人様…」 「僕が…僕が悪いんだ…あの時、ちゃんと僕が逃げてれば…」  女の子に守られ、そして彼女が傷ついても何もできない自分が居る。マサキは  今ほど、自分が子供であることを悔しいと思った事はない。 「畜生!!」  たまらなくなったマサキはドラム缶を殴りつけた。彼の心情を代弁するかのような  音が大きく響き渡る。 「ご主人様…私のために泣いてくれてるんですか?」 「え…」  いつのまにか、涙があふれ出ていた。止めようとすればするほど、悔しさが涙と  なって彼の頬を滴り落ちていく。 「僕は…僕は…」 「ありがとうございます、ご主人様…あなたの命は、必ず私がお守りします。」 「ユウキ…」 「だから…泣かないでください…」  目を閉じて、ただ身体を奮わせているマサキ。それを見たユウキは、静かに  マサキに擦り寄っていく。 「畜生…ちくし…んっ!?」  マサキの唇に暖かく柔らかいものが重ね合わされた。初めてだが、何故かとても  懐かしく感じるそれは、彼の心を瞬く間に癒して行く。 「悲しい時に一番効くオマジナイです。」  唇を解いたユウキが、優しい笑顔でマサキに応える。 「あ、あの…」  顔を真っ赤に染め、思わずユウキを見つめるマサキ。心なしか、ユウキの顔も  ほのかに紅くなっているように見えた。 「あ、ありがとう…でも、こんなこと…どこで覚えて…」 「それは秘密です」  悪戯っぽい笑顔をたたえていたユウキの表情が突然硬くなった。 「…どうやら休憩の時間は終わりのようです」  ユウキはすくっと立ち上がり、周囲を見回す。彼女のセンサーの反応は、今までに  ない危機が訪れることを激しく警告しつづけている。 「…ここを早く離れよう」  ユウキが手を差し伸べようとした先には、既に立ち上がったマサキの姿があった。 「ご主人様?」 「今、僕に出来る事は、君がこれ以上傷つかないように頑張るだけだ」  先程までとは別人のように凛とした表情の少年が、そこにはいた。その表情を  見た瞬間、彼女は自信の電脳がキュンと締めつけられたような錯覚を覚えた。 「あ…」 「次はどこへいけばいい?」 「…私が敵を引きつけますから合図を送ったらあちらへ全力で走ってください。」  ユウキは改めて決意した。このご主人様は、私のAIに代えてでも必ず守り通す、と。