魔女と兄と私


シゲンが連れてきたゾーアの魔女……シエラ。
初めて彼女を見た時、何て綺麗な人だろうと思った。
長い緩やかなウェーブを描くプラチナブロンドの髪。
サファイアの聖い光を思わせる瞳の色。
陶磁器のような白い肌。
誰もが見て憧れる、女の理想を形にしたような人。
感嘆の溜息が知らず漏れるほどだった。

……そして、同時に湧きあがる焦りと疑問。
風を受けそぞろ立つ波のように心がざわめく。

彼にとって彼女は一体何なのか。
彼女にとって彼は一体何なのか。

それはまるで水に落とされた石が、円の波紋を生み出すように。
言いようのない不安が大きく大きく広がっていく。
これは私の正直な気持ち。
その気持ちを見透かされたのか、彼女はすぅっと目を細めた。
「あなたが……ジュリアね?」
その声を聞いて驚愕し、思わず目を開く。
何てこと!
声までが艶やかで甘く、綺麗じゃない!
透き通るような声っていうの?こういうのが鈴を転がした声っていうの?
悔しい……。神様は不公平だ。
天はニブツを与えずっていうけど、嘘だ。
この人は私の持ってないものを全て持ってる。
あの兄の心でさえも……きっと。動かす程の。
自然と警戒心というバリアーがゆっくりと働く。
嫌だ。この人には負けたくない。
兄は……シゲンは、この人にはとられたくない。
私じゃない、他の誰を選んでもいい。
でもこの人だけは……この人だけには渡したくない。
勝ち負けの問題じゃない事くらい分かってる。
こんな子供じみた気持ち、みっともない事くらい分かってる。
見苦しい……汚い。醜い感情。
自分でも眉をしかめるくらいの、嫉妬の炎が私の心を支配する。


でも、あえて言う。

私は負けたくない。

負けない。

これは正しい。きっと。

そう思わないと……逃げ出してしまいそうだったから。




「私、あなたの事を知っていたわ」

シゲンがゾーア帝国で傭兵をしていた時に知り合ったと聞いた。
ゾーアの魔剣士とまで言われたその字名は、遠いイルにも響き渡っていた。
だから、そう心配もしてなかった。シゲンは自分の信念を貫く人だ。
ゾーア人の為に活躍している事を誇らしくも思った。
そして成す事を成しとげたら、シゲンはきっと自分の所に帰ってきてくれると……
そう信じていたから。
実際、そうだったけど……。
でも、彼はゾーアの魔剣士だった頃の話は聞かせてくれなかった。

それを……!

寝耳に水とはまさしくこれだろう。
私の知らないその数年間を共有し、傍にいた人。しかも女。
その彼女が私を知っていると言う。
私、聞いてない。一言も。あなたの存在は私の中には、ない。

「そう、恐い顔をしないで。別に嫌な思いをさせたい訳ではないのよ」

誰がそうさせてるのよ!と言いたいところをぐっと我慢した。
気に入らないわ。その物言い。
誰かさんを思い出すのよ。

「どうして……あなたは私の事を知ってるなんて言うの?」

ああ……我ながら、情けないったらありゃしない。
他にも核心に触れた聞きたい事はあるはずなのに、出たセリフがこれ。
苦虫を噛み潰した表情を今してるんだろう。
あっ!今、一瞬笑ったでしょう?ムカつくわ!
そういう所も似てるのよ。誰かさんに。
彼女は、その美しい目許に笑みを湛え、こちらを見つめている。
あ、左目の下に泣き黒子……ふーん、こんな所でも負けてるわ……私……。
……って!
そんな事思ってる場合じゃないのよ。何よ何よ何よ!!!
はっはっは!こんな時に他に目が行く私も結構、余裕じゃない。
そうか……こういう修羅場って、開き直ってきたりするものなんだ……。
初めて知った。

「シゲンはあなたの事をよく話していたから。
だから、顔は知らなくてもあなたを見た瞬間、すぐに分かったわ」
「……え?」
「シゲンは幸せよ……。気付いてないのはきっとあなたも同じだけど」

やっぱりこの人の物言いって……。雰囲気が似てる。

「……ね、ねえ!」
「なあに?」

……うっ……こんな所でも余裕の笑み。大人の女って皆こうなの??

「……一応……お礼だけは言っとくわ。
あの……有難う。その……シゲ……あ、兄を助けてくれて」
「ふふふ、当然の事よ。気にしないで。彼は私の……」

……何?『私の』何?

シエラは暫し沈黙した後、「命の恩人だから」と言った。

……何よ、そのもったいぶった間は!しかもその話も知らないわよ、私。
何なのよ一体。

「あら?気に入らないっていう顔ね?私が嘘を言ったとでも?」
「……そ、そんな事……」
「シゲンから聞いてない?」
「……う、うん」
思わず頷いてしまう。

うわ!しまった!!何素直に反応してるのよ!バカバカ!!私のバカ!!
この人はきっとシゲンの事が好き。それは判る。根拠はないけど女のカンよ。
きっと私の知らない数年間は、想像もしたくない時間を二人で過ごして来たんだろう。
だから本当は話もしたくない。
……だけど。
この人のさっきからの物言いと態度が何処か似てるの。
シゲンに。
だから……心の中では『気に入らない』を連発してても、思わず反応してる私が居る。
悔しい。

「……そう。そうよね……。あなたには私を知って欲しくなかったのね」

そう言ってちょっとだけ目を伏せた。
あ、まつげ長ーい……ってまた!余計な事を思ってる自分に苦笑する。
ああでも、どういう事だろう……?
「シエラさんは……私に知って欲しかったの?何を?」
思わず聞いてしまった。

「あなた……可愛いわ。シゲンが構うのがよく判るような気がする」

シエラは一言そういうと「……ホームズに挨拶をしてくるわ」といって消えた。
驚いた!ワープの術って初めて見た……あれが魔女。シエラ。金髪の魔女……。
ぶつぶつとそう繰り返してまた気付いた。
ああ、もうまた変な所で感心して……。ばかじゃないの?私。
しかし可愛いって何よ?子供っぽい所は認めますわよ。
構うって何よ?だからシゲンが手を妬いているとでも言いたいの?
だから邪魔だと言いたいの?
もっとハッキリ言ってくれないと判らないわ!!
喧嘩にもならないじゃないの!!
謎だ……あの人の言葉は。
しかもかなり苦手なタイプだ。判らない。
シゲンと同じベクトルを持つ人なんて居ないと思っていたのに。
そんなの、彼一人だけで十分よ!!
思わずふぅと溜息が出る。
だからシゲンにもゾーア帝国での事が聞き出せないのよ。
上手くはぐらかされてしまうから。
ズルイと思う。
ズルイ人達だと思う……。

ジュリアはまた大きく溜息をついた。



……一方。

シエラのワープした先には長身の青い髪の男が立っていた。
「あなたの『妹』に会ってきたわ。とても愉快な子だったわ……」
「……そうか」
男は静かに笑った。
「あなたが、以前のゾーアの魔剣士でない事がよく判った。
あなたが変わってしまったんじゃなく、元に戻ったと言うべきね」
「俺は最初から変わったつもりはないが」
男は顔を上向き加減にシエラを見やって、手を組んで考え込む。
「それは気付いていないだけ。あの子と一緒にいるあなたを是非、拝みたいものだわ」
「見てもつまらねえよ。普通の兄妹よろしく接してるからな、俺は」
「悪趣味ね」
「まあな。これでも結構、良い『兄さん』を演じてるんだぜ」
くつくつと喉で笑う男。
シエラはその形の良い眉をしかめた。
「……なのに、あの子には何も話してないのね、私達の事。可哀想だわ」
「過去を話す必要はない」
間髪入れる返答にシエラは思わず苦笑する。
「……苦労するわね、あの子。とても聞きたがってた」
「ジュリアは知らなくていい事だ」
「傷つけたくないのでしょう?」
「……ああ」

傍にいるだけで暖かい気持ちになるのは、その心が純真無垢だから。
剣士には珍しいタイプだと思う。向いてないんだ、本当は。
幼い頃から変わらない、可愛い妹。
あいつの笑顔は俺にとっての癒しだ。
その柔い心を自分が……自分だけが護ってやりたいと思う。
大切な妹。
……否、自分が、唯一愛する……『女』

思い出す。あの頃、シゲンが語っていた大切なものの存在を。
そうね……彼女は確かに人の気持ちを明るくさせる……。

「私、あの子の事が好きだわ」

シエラが言ったセリフは少しだけシゲンを驚かせた。
その本心を伺うようにこちらを見ている。
シエラは軽く睨んだ。
「なあに?その顔。あなたの事ばかりを見てると思ったら大間違いよ」
「……ふっ。奇遇だな。俺もそうだ」
シエラはその答えにクスリと艶やかに笑うと、不敵に言い放った。
「……あなたのは、ちょっと質が違うでしょう?」
シゲンは肩をすくめて苦笑する。
「……ホームズに紹介してやる。ほら、さっさと行くぜ」

彼のはぐらかし癖は以前と同じく健在のようだ。
シエラは「そういう所は相変わらずなのね」と、やり返した事に満足し 声を立てずに笑う。
そうして、シゲンの後を追った。






*あとがき*
シゲン×ジュリアで、シゲン←シエラを狙ってみました。あえてこのカップルを選んだのは どんなにシゲジュリラバーズであっても、やはりシゲシエは避けて通れないからです(笑)
彼女はシゲンの過去には必要な人だと思うので。シエラはまだシゲンの事を思ってますね。おそらく。<しかし…毒吐き応酬な二人…(笑)
シゲンも……まぁ、男ですから。自分を思ってくれる女をそう無下にもできないでしょうし。
……っていうか、優しくないシゲンはちょっとヤダ(笑)浮気は許しませんけど。
私の中での3人の位置付けはこんな感じなのです。
余所様と比べて如何なモノでしょうか?<聞くな

ん〜…でもやっぱりシゲジュリが好きな私としては、 自分で書いててもちょっと辛かったのでした。テヘ。

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