Million Kiss


グラナダ私掠船アシカ号は、夜の海を静かに航海していた。
空は一面満点の星で、それはまるで紺碧色のマントにちりばめられたスパンコールのよう。
「はぁ……すごい……落ちてきそう……」
ジュリアは甲板に寝転んでその星達を眺めていた。
船室では、未来のリーヴェ国王夫妻の前途を祝して、賑やかな宴が催されてる最中だ。
ジュリアもさっきまではその場を楽しんでいたが、急に夜風に当たりたくなった。
少し酒に酔ってしまったらしい。
だから一人でここに居る。
周りは波の音だけしか聞こえない。
船の揺れが身体を一緒に揺らすと、その浮遊感が宇宙を漂う塵のようで、 この世で一人ぼっちになってしまったような感覚が襲う。
ジュリアは空に向かって両手を伸ばし、手を広げたり、掴んだりしてみた。
変わらず星は瞬いて、天上は静かに闇を包んでいる。
波の音が急に大きくなったような気がした。

「何やってんだ、ジュリア」
その様子を見ていたシゲンは、可笑しそうに声をかけた。
ジュリアは瞬間、はっとした様子を見せ、半身を起こしかけたが、 それがシゲンだと分かると、安心したようにまた寝そべって微笑った。
「……星を見てたの。すごく綺麗だなぁ……って。
何だかこのまま見てたら、吸い込まれて闇に溶けてしまいそうだなぁと思ったの……。
だから、それが怖くなって両手を伸ばしてみたわ。
目に見えるものが、自分の手だったら、安心できるでしょ?」
「…………」
「でも……空は高くて遠いわね。
あの星も……掴めそうなのに、触る事すらできないの。
何かに捉まっていないと、自分が自分でなくなってしまいそう……」
「……お前を探しに来たんだ」
シゲンはジュリアの言う事をまるで無視するかのように、ここに来た理由を言った。
ジュリアはぼーっとした調子で続ける。
「……ふーん……そうなの……。 私、本当は賑やかな場所って苦手。
……あそこは華やかすぎて、息が詰まりそうになる」
「……ああ。そうだな」
「……でもね……かといって、独りは嫌なの。これって我が侭だって分かってるから……。
……だから、一人で我慢していたのに」
ふっ……何を今更。
あのグラナダでの夜を憶えていないのか?
そう聞きたかった。
あの時から、自分の中の「ジュリア」という存在が、今までと大きく変わってしまった。
……あれはお前の「答え」だと、そう思っていたんだがな。
ジュリアはまだ自分の手を見つめている。
白い腕が闇色に映えて、くっきり浮かび上がる様子が妙に生めかしい。
天に向かって伸ばされた腕を、シゲンは掴んで引き起こした。

「きゃっ!?」
「一番いい方法はこれだろうよ。
自分の手を見るより、人の身体を傍に感じた方が、まだ孤独じゃないと分かる」
勢い余ってシゲンの胸に飛び込む形になったが、掴んだ腕は離されない。
「う……ん。そうね……この方が安心ね……」
しばらくそのまま二人は黙ってしまった。
ジュリアの心臓の音が自分の胸にも伝わってくる。
浅黒い指が、白く柔らかい肌に食込んで、その感触が思ってもみない眩暈を引き起こす。
甘い甘い魅力的な砂糖菓子のようなその身体。いい匂いがする。

……暖かい。
もっと触れたい。
もっと感じてみたい。
ジュリアというその存在を。

シゲンはジュリアの右頬をそおっとなでるように触れてみた。
見つめる翡翠色の瞳が潤む。
この顔を見てしまったら、もう止められそうもない。
しかし、自身の考えを反らすかのように、今まで気になっていた質問をぶつけてみた。
「ジュリア……あの時、お前はどうして俺の名を呼んだ?
あのまま兄妹のフリを続けていく事……俺は出来たんだぜ?」
辛そうにシゲンが呟く。

(だが、お前自身がそれを破った事に気付いていないのか?)

もう逃げられない感情が、この顰められた眉に現われている。
ジュリアは頬に添えられたシゲンの手を、自分の両手で包んでそっと呟いた。
「……私……自分の心に嘘はつけない。
兄さんに再会して判った。私は『シゲン』に一人の女の子として見て欲しかったの。
ずっと……これからも……離れないで傍に居て欲しかったから……」
ジュリアの瞳から大粒の涙がこぼれ出す。
「私……もう待つのは嫌!ずっと寂しかったんだもの!!」

ああ……そうか。
お前も気付いていて……ずっと、そのフリをしていたんだな。
それがお前の「答え」なのか……。
ふっ……とシゲンは微笑うと両手でジュリアの顔を覆った。
柔らかい丸みのある頬の感触が心地良い。
ジュリアはシゲンの手の中で力を抜いた。
それが切っ掛けの合図となったのはお互いの知る所だろう。
額に、瞼に、頬に、耳に、シゲンは軽いキスを落として行く。
流れた涙は舌先ですくって飲み干した。
「……シゲ……んっ!」
ジュリアが嫌がってないのが判ると、さらに深く、何度も、何度も、 それは確かめ合うように繰り返される。
愛していた。ずっと。お前だけを。
関をきった水のように、互いを思っていた気持ちは、止めど無くあふれ出して。
離れた互いの口からは、流れる銀糸がその余韻を残し、闇に消える。
このまま勢いに任せたらどんなに楽だろう。
最後にシゲンはジュリアの白い首筋を強く吸い上げた。

「……!っ」
「……それは今日の証拠だ。2〜3日は消えない。この続きは船を下りてからだ。
流石にホームズやリュナン達が一緒に居る船の中では……な」
「……」
「不満か?」
「……不満だわ。だって、これって2〜3日で消えるのでしょう?
そんなの……時が経ったら忘れるのと同じだもの」
赤く咲いた花弁を何度も触りながら、ジュリアは紅潮した顔をシゲンの方へ向ける。
「……私は……内からの痛みが欲しい」
挑むような真剣な眼差し。
「バーカ」
シゲンは苦笑しながらジュリアの頭をくしゃくしゃと優しく掻き雑ぜた。
「もー……また子供扱いして……シゲンったら全然判ってないのね」
ジュリアはそう言うとぷぅっと頬を膨らませた。

シゲンはまいったな……と心の中でそう呟く。
全然判っていないのはお前だ……ジュリア。
お前は俺の自制心を粉々にするつもりなのか?
俺がここで止めるのは、お前の為じゃない。
きっと……手に入れたら溺れてしまう。
もう歯止めは外されてしまったんだからな……。

シゲンは少し考えて、ジュリアの気持ちを慰めるように言った。
「ふっ……。
消えたら、またつけてやるから来い。ずっとお前は俺のものだという証を」
「……ふふ。約束ね。大好きよ……シゲン」

恋人達はそのまま身体を寄せ合って、夜明け前の静かな海を眺めていた。
グラナダ私掠船アシカ号は滑るように海を走る。






*あとがき*
…終わったー。取り敢えず終わった。
……何だか、書いてて訳わからなくなってきましたけど。 色事は恥ずかしいですな…げふげふ(苦笑)関係ないけど、アシカ号ってのも何とかして…(吐血)
今回のテーマは一応、初夜(爆)…兄…我慢しすぎですか?でもストイックな彼も素敵vvとか思うんですけど(死)
あ!今まで書いた小説との関連性は全然考えてないので(オイ) これはこれで、独立したお話しだと思って下った方が良いかも。

えーと一応これは、EDの後の出航した後の話というつもり…なんですが、 グラナダイベントとも関連性を持たせてます。
あの後の二人の関係って実は微妙ですよね?
次のMAP30では、父公認で「許す!」と言ってるのと変わらないのに(笑)
兄は妙な自制心を働かせて(笑)思いをカルラに馳せますので……。
まぁ…EDでは兄曰く、『他人じゃない二人』に何時の間にかなっておるんですが(爆)
本当…何時の間に…(苦笑)

ま、宜しいんじゃないんでしょうか?って感じなんですが(笑)

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