再会


会いたい。
会わなくちゃいけない。
そう感じたのは、確かめたいことがあったから。


ゾンビの歓迎を蹴散らし、ようやくたどり着いた城砦で彼を見かけた。
ずっと会いたいと願っていたのに。
いざとなると近づけない。
村で待っていろと言われたのに勝手に出てきた罪悪感もある。
けれどこの躊躇いはそんなことのせいじゃなくて。
(…にい、さん…?)
違和感が、あったのだ。
彼を見間違えるはずはない。
そう思う反面、不安になる自分がいる。
離れていた時間が彼を別人に見せるのだろうか。
グラナダでの防衛戦は激しかったと聞く。
落ち延びてくるのだって命がけだったに違いない。
きっと他にも色々なことがあったはずだ。
会えなかった時間の出来事が見えない壁を作っているような気がする。
金髪の青年の横に立つ、長身の男。
誰よりも近しいはずのその人が、見知らぬ他人のようだった。
「何を固まっている」
立ち尽くしていたジュリアに声をかけたものがいた。
「…ヴェガ…」
グラムの森での出会い以来、彼はよく自分の側にいる。
側にいる、というより見張っているというのが正確なのだろうけど。
どうやら今もずっと見られていたらしい。あまり気持ちのいいものではなかった。
「別に…なんでもないわ」
「とてもそうは見えんがな」
不躾なほど淡々とした口調に苛立ちを覚えた。
感情の読み取れない無機質な目も嫌だ。
自分でもよくわからない戸惑いの原因すら彼には見透かされそうで恐くなる。
これ以上この場にはいたくない。
「あなたには関係ないでしょ!」
そう吐き捨てて、逃げるようにその場を後にした。


燃えるような赤い髪を見たとき、自分の目を疑った。
最後に会ったのは1年以上前になる。
記憶の中の妹より大人びたのは当然だったし、多少の色香を帯びたのも道理だ。
そんなことで見間違うような相手ではない。
どうしてこんなところに彼女がいるのかが問題だった。
(…待っとけと言ったはずなんだがな)
グラナダの救援についてくると言い張るジュリアをなんとか宥め透かし、島に残らせた。
必ず戻るから、それまで島で待っていろ、ヨーダの側を離れるなと。
そう言ったはずだ。
渋々ながら彼女もそれに同意した。
だから安心していられたというのに…。
これは少し叱ってやらねばなるまい。
シゲンはそう決めて視線を外した。
自分がホームズと行動している事などわかっているはずだ。
どうせそのうちジュリアの方から飛びついてくるに違いない。
そう思ってリュナンたちと話していたのだが、いつまでも近づいてくる気配はない。
それどころか視界に入る範囲から彼女の姿が消えてしまっていた。
こうなると気になってしょうがない。まさかこちらに気づかなかったわけでもあるまいに。
「どうした、シゲン?」
外へ出て行こうとするとホームズが怪訝そうな顔をした。
「ちょっと気になることがあってな」
「あぁ、そういや赤いのがいないな」
にやにや笑っているところを見ると、彼もまた気づいていたらしい。
こういうときだけは目端が利く。
「逃げられるとは、お前もとうとう嫌われたか?」
そんなはずはないとわかっているからの軽口だった。
額面どおりに受け取って腹を立てるようではホームズとは付き合っていけない。
「ふっ…だいぶ帰れなかったからな。拗ねてるのは確かだろうよ」
「まったくあいつときたら。いくつになっても変わりゃしねえぜ」
子供の頃、駄々をこねては自分たちを振り回した。
そのことを思い出したのか、ホームズが咽喉を鳴らした。
「お前だって似たようなもんだろ。少しは俺の身にもなれ」
シゲンにしてみれば昔から変わらないのはホームズも同じである。
勝手気ままに行動してくれるからフォローするのも一苦労だ。
「なーに兄貴風吹かしてやがる、むかつく野郎だぜ…とっとと探してこいよ」
ホームズが右手をひらつかせて追い出す仕草をする。
それから何気なさを装ってこう続けた。
「見つけたらこっちに引っ張ってこい。俺に挨拶もなしとはいい根性だぜ」
要するに早くジュリアに会いたいらしい。やはり素直ではない。
まあ素直なホームズというのもかなり不気味だが。
とりあえず砦の中を探してそれから周辺を見て回るか。
そう思って少し歩いたところで黒ずくめの男と出くわした。
見たことのない男だったが、物腰からかなりの剣士であることは容易に見て取れた。
今、この砦にはリュナン配下の兵士たちも多い。
だから見知らぬ剣士がいてもそう不審がることでもないのだがどうもひっかかる。
彼はこちらを検分するように眺めている。
警戒心がもたげるのは当然だった。
「俺に何か用か?探しものの途中なんでな、手短に頼むぜ」
多少険を含んだ口調で問えば、思いがけない答えが返ってきた。
「…あの女なら岬の方へ行ったようだが」
男の言う「あの女」が誰かくらい察しはつく。
「なんだと?」
だが初対面のこの男に何故そんなことを教えられねばならないのか。
「兄がいると言っていた。それは貴様の事なのだろう?」
兄妹とはいえ、自分とジュリアが似ているとは言い難い。
元々血がつながっているわけではないから当然といえば当然だ。
なのにこの男はどういう理由からかひと目でそれを見分けた。
(どういう知り合いなんだか…)
あまりいい予感はしなかった。
こんな男がジュリアの知り合いであることじたい奇妙だったし、自分のことまで知っている。
果たしてどういう経緯でそういう会話までいきついたのか。
「確かにあいつは俺の妹だが、何故わかった」
「同じ剣士の匂いがする…それだけだ」
どうもこの男は絶対的に言葉が足りない。
「そうかよ」
「そろそろ日が暮れる。早く行ってやれ」
抑揚のない口調だ。
人を思いやるセリフなどとても似合わないような。
その口からジュリアを気遣うような言葉が紡がれた。
それが癪に障る。
果たして2人にはどんな繋がりがあるというのか。
これはしっかり問いたださねばとシゲンは顔をしかめた。


気づいたら岬にきていた。
押し寄せる波の音が耳に心地よい。
島育ちのジュリアにとって、それは一番安心できる優しい音だった。
どれだけぼーっと海を眺めていただろう。
それほど長い時間ではなかったかもしれない。
「ジュリア、ここにいたのか…」
どくん、と心臓が跳ね上がる。
よく知っている声。聞きなれた声。
なのに…知らない人のよう。
「シゲン兄さん…」
そう声に出してみても違和感を感じる。
こちらに歩み寄ってくる姿は記憶の中の兄そのものなのに、どうしてそう思ってしまうのか。
「しかし、お前まで島を出ていたとはしらなかったな。おやじがよく承知したものだ」
低い声。男の人の声だと思った。
それだけでも落ち着かないのにシゲンはどこか不機嫌だった。
声に刺がある。やはり勝手に島を出てきたことを怒っているのだろうか。
動揺しているのを悟られないように取り繕いながら言い訳を口にする。
「反対はされたわよ。兄さんたちがグラナダ防衛の手助けに出陣したときだって私は島に残された。
だけどもう子供じゃないんだし私もイルの剣士としての腕を試したかったの」
それは半分本当で、半分嘘。
自分の腕を試してみたかったのは本当だけれど、それはあくまでついででしかない。
…会いたかったのだ、彼に。
「で、リュナン公子の傭兵か。まさか俺たちの後を追ってきたのじゃあるまいな」
「ち、違うわよ!公子に会ったのは偶然よ。
私を罠にはめた奴がラゼリアにいるからそいつに借りを返したくて公子軍に合流しただけよ!」
図星を指され慌てていたジュリアは自分の失言に気づかない。
シゲンの顔が微かに曇った。
「じゃ、どうしてこんなところにいるんだ?」
意地の悪い問いかけだ。
こちらが答えに詰まる事なんて承知の上で訊いてくる。
やはり今日は機嫌が良くないようだ。
イスラ島へ行くと言ったのはリュナン公子だ。
傭兵のジュリアはその指示に従うだけ。
そんなことわかっているはずなのに。
もちろん公子と行動していればシゲンに会えると期待していなかったといえば嘘になる。
彼がホームズ率いるシーライオンと懇意であることくらい知っていた。
ラゼリアに行くだけならばヴェガとでも一緒に単独行動した方がずっと早いに違いない。
分かっていたのに、そうしなかった。
「そ、そんなこと…私に聞かないでよ!」
つい絶叫してしまったジュリアにシゲンが苦笑する。
「まあ、そういうことにしといてやるさ。で?罠ってどういうことだ?」
(…や、やば…っ!)
言わなくても良い事を言ってしまった。
ジュリアは自分の迂闊さを呪った。
「約束破って島を抜け出した挙句、どんな間抜けをやらかしたんだ?」
顔は笑っているが、目は笑っていない。
ジュリアにとって最も不吉な兆候である。
どうやら彼の機嫌は悪い、どころではなく最悪なようだ。
「た、たいしたことじゃ…」
「しかもラゼリアだと?あそこがどういう状況か、分かっていたのか?」
「それは…っ」
カナンの猛攻を受け陥落したラゼリアでは残党狩りが激しかった。
ガーゼル教が台頭し、圧政が続いている。
ゾーア人であるとはいえ、反ガーゼル派のヨーダを父にもつジュリアは
もし素性がバレでもしたらどんな扱いを受けるか分からない。
シゲンが怒るのも無理からぬことだった。
「世間知らずのくせに無茶しやがって…下手したら死んでるぜ」
だが、こう一方的に厳しい言葉ばかりを並べ立てられては気も滅入ってしまう。
「…久しぶり、なのに…」
ずっと会いたかった。
なのに彼はなかなか帰ってこなくて。
居ても立ってもいられなくなった。
イルを飛び出したはいいものの、初めての外界では右も左もわからない。
なかなか巡り逢うことができず、とうとうウェルトまで流れてきた。
そしてやっと再会できたのに。
「もうちょっと…よろこんでくれたって…」
会いたかったのは自分だけなのかと不安になる。
不条理な感情に戸惑ってはいても、再会できた喜びは間違いなく真実だ。
本当は見かけた瞬間にでも飛びついていきたかった。
いつもそうしてもらっていたように、受け止めて髪を撫でてもらいたかった。
「淋しかったのも会いたかったのもあたしだけなんだわ…っ!」
こちらの気持ちなんて考えてくれないシゲンに、つい拗ねたくもなる。
不機嫌な顔を睨みつけながらジュリアは泣きたい気分だった。


参る。本当に参る。
会いたくなかったわけがない。うれしくなかったわけがない。
だが1度抱きしめてしまえば怒る気も萎えることなんてわかりきっていた。
だから我慢していたのだ。
わざと厳しい口調で自分を律しながら。
きちんと叱っておかねばこの妹はまた何をしでかすかわからない。
そう思ったからあえてきつい態度をとった。
もちろん、本当に怒っていたのもあったけれど。
なのにこんな風に詰られてはこれ以上誤魔化すのは無理だった。
細い腕を力任せにつかんで引き寄せる。
「痛…っ」
ジュリアが顔をしかめたが、気にしなかった。
「そんなわけねぇだろ」
戦いのなか鍛えられた腕で思い切り抱きしめれば、彼女は苦しそうな声を上げた。
「ちょ…兄さ…ん、くるし…っ」
「久しぶりだからな、少しくらい我慢しろ」
「…!」
ジュリアは身をよじって逃れようとしたが、それを許す気はなかった。
体格差は歴然としている。
押さえ込むのは簡単だった。
抵抗を諦めたのか、やがて彼女からシゲンの背に腕を回してきた。
「ちょっと、怖かったの」
僅かに力を緩め、躊躇いがちに囁く妹の髪を撫でた。
慣れ親しんだやわらかい感触を楽しみながら、戯れに自分の指に絡めてみる。
「何が?」
「色々よ…このまま会えないんじゃないかって思ったこともあったし」
「お前がおとなしく島で待ってれば必ず会えたさ」
「でも…それじゃ、もっとずっと先のことだったでしょ?」
「そんなに待てないって?」
「何よ、兄さんは平気だっていうの?」
腕の中の妹が不満そうに唇を尖らせる。
ふいに口付けたい衝動にかられたが、そういうわけにもいかない。
かわりにその頬に軽いキスを落とす。
「早く会えるにこした事はないな」
奇妙な間があった。
ジュリアが大きな目を見開いてこちらを見上げている。
その瞳には自分だけが映っていた。
「…ジュリア?」
名前を呼んだが、彼女の耳には届かなかったようだ。
「…そっか…」
うわ言のような呟きのあと、彼女は花が綻ぶように微笑んだ。


抱きしめられたとき、胸が詰まった。
それは息苦しさのせいなんかではなくて、全身を駆け巡った甘い疼きのせい。
心臓が早鐘を打った。
カラカラの咽喉からすべり出る言葉は自分で驚くほど滑らかだった。
こんなに動揺しているのに、どうして自然に振舞うことができるのか。
少しクセのある青い髪が頬をくすぐり、続いてやってきたやわらかい感触に全ての糸が解けた。
違和感を感じたのはシゲンが変わった訳じゃない。
自分が気づいてしまったせいだ。
シゲンの傍にいたかった。
島にはヨーダも仲の良い友人もいたけれど、それだけでは足りなかった。
他の誰かでは駄目。
慰めにはなっても代わりにはならない。
彼でなければ嫌だった。
そんな自分に気づいて島を飛び出した。
何故そう思ってしまうのか確かめたい。
そのためにもシゲンに会いたかった。
顔を見て、安心して、混乱して、うれしくて、泣きたくなって。
ぐちゃぐちゃの感情の正体がようやく見えた。
(好き…なんだわ…)
兄だと思っていた。思い込もうとしていた。
仲の良い兄妹。
その関係はとても楽だったから。
無条件で甘えることの許される絶対の絆。
それを手放したくなくて、ずっと妹でいたかった。
でも気づいてしまったから、後には引けない。
動き始めた感情は留まることをしないだろう。
その証拠にこの心の片隅に芽生えてしまった欲がある。
昨日まではひと目でも会えればいいと思っていた。それだけだと信じていた。
なのに今はこのまま離れたくないと思っている。
きっと明日にはもっと別のことを願うだろう。
「やっと会えたんだもの…置いていかないでね?」
顔をうずめた胸から聞こえる心臓の音。
ほっと安堵のため息を漏らす。
近くでこの音を聞いていたい。遠くで待つのはもう嫌だ。
「おまえが嫌がっても連れて行くさ。目を離すと何をするかわかったもんじゃないからな」
喜ぶべきか、怒るべきか。
ジュリアの心理は複雑だった。
「親父に任せときゃ安心だと思ってたがとんだ間違いだったぜ」
「それでこっちがどれだけ心配してるのかも知らずにこんなところに居たのね」
「馬鹿、こっちだって大変だったんだ。それに俺だって心配してなかったわけじゃないぜ?」
「安心してたって言ったじゃない」
「身の安全に関してはな。それ以外は不安だらけだった」
意地の悪い微笑みを浮かべるシゲンにおそるおそるきいてみる。
あまり良い予感はしなかったが。
「…具体的には?」
「相変わらず料理は下手なのかとか包丁で指切っちゃいねえかとか…」
「何よそれ!失礼しちゃうわ!」
そんなことをこちらの心配と同列に扱わないで欲しい。
「あと、悪い虫がついていねえかだな」
これは憤慨するジュリアを宥めるのに充分な効果を持っていた。
「…気になる?」
「可愛い妹だからな、当然だろ」
あっさりと言い切られた言葉にちくりと胸が痛んだ。
彼にとっての自分はやっぱり妹でしかない。
「で、あの黒い男はなんだ?」
「え…?」
「黒づくめの剣士だ。さっきすれ違ったんだが…妙に訳知りでな」
それで思いつく人物は1人しかいない。
「ヴェガのこと…?」
「そんな名前なのか?どこかで聞き覚えのある名だが」
「あって当たり前よ。シュラムの死神…知ってるでしょ?」
「…まじかよ」
シゲンが天を仰ぐ。
「なんでお前がそんなヤバイ男と知り合いなんだ?」
どうして自分は言わなくてもいいことをべらべらと喋ってしまうのか。
ジュリアは眩暈すら覚えた。
黙っていれば知られずに済んだはずのことなのに。
「…さっきの罠とでも関係あるのか?」
どうしてこんなに勘が良いのか。
血の気が引くとはこういうことを言うのだろう。
腰に回っていたシゲンの腕に力が込められた。
この様子では白状するまで離してくれそうもない。
ヘビに睨まれたカエルの気分というやつだった。
結局全ての抵抗は無駄に終わり、ジュリアは事の経緯を洗いざらい白状させられた。
「…首に縄でもつけておくか…」
話をきいたシゲンの第一声はこれだった。
その目を見る限り、全くの冗談というわけでもなさそうだ。
「世話の焼ける妹だぜ」
呆れを隠そうともしない彼に淡い微笑みを返す。
今はまだ妹でも構わない。
傍にいられればそれでいい。
…明日のことは、わからないけれど。
いつか限界が訪れる事などわかりきっている。
けれど、そのときまでは。
せいぜい妹のふりを続けてやろうと、そう思った。






リュナンの登場シーンが消え、ヴェガ登場(笑)
そして彼はやはり匂いで人を判断する模様(爆笑)
あんたは犬か!
てゆーか、私、実はヴェガジュリも好きなのか?
やっぱ強盗な彼にはお世話になったからな。情が湧いたというか。
いや〜、冒頭は原本とかなり変わりましたね。
いかがでしょう???
何本かSSを書いてイメージが固定してきたのでこうなりました。
2人とも結構いい年してそのベタベタ加減。
兄さんにとっては地獄の我慢大会。
いっや〜、ドリームはいりまくりですね。
半分意図的なシゲンはともかく、ジュリアのほうの自覚のなさ!
…兄妹仲が良いにも限度があります。
うちの彼女はそういう認識がないようです。
でも人前だとあんまりベタつかないあたり、多少の理性はあるのか?
今回はちょっと切ない系狙ってみました。色々すれ違いまくってます。
でも所詮ちはやの書くお話ですからね〜。
切なさもたかがしれてます。たまにはしっとりしたのも書いてみたい…

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