兄妹遊戯2




イルは静かな島だ。
手を止めて耳を澄ませば木々のざわめく音や鳥の声が飛び込んでくる。
我が家に帰ってくるのは随分久しぶりだった。
船の上と変わらぬはずの潮の香りさえ懐かしい気がする。
そういえば丈の長い女物の衣服に袖を通したのも久しぶりだ。
エプロンをつけて台所に立っている姿はただの村娘にみえないこともない。
それが妙に楽しかった。
まだシゲンが島を出る前の、穏やかな時間。
大切な思い出が蘇る。
「おい、ジュリア。何か手伝う事あるか?」
「え…?」
子供の頃と、そっくりそのまま。
ひょいと顔を出してきたシゲンに目を丸くする。
ちょうど思い出に耽っていたところだったから、一瞬、夢かと思ってしまった。
包丁を持ったまま固まっているジュリアに、シゲンがにやりと笑う。
「懐かしかっただろ?」
「…もう、シゲン兄さんったら…驚いたじゃない」
軽く頬を膨らませて拗ねてみせたが、目は笑っているのであまり意味はなかった。
「そりゃ悪かったな。お前の後姿を見たらつい、な。昔を思い出した」
「ふふっ…私が料理してるといつも横から手伝ってくれたわよね」
2人で共有した時間。
それをシゲンも思い出してくれていることが嬉しかった。
「お前に1人で料理させるのは危なっかしかったからな…まあ、それは今もあまり変わらねえか」
愉快そうに笑うシゲンにジュリアは顔をしかめた。
自分の料理の腕がお世辞にも上手いとはいえないことを自覚いるだけにおもしろくない。
「悪かったわね!もうっ…!」
気分を害してしまったジュリアはシゲンから顔を背けると野菜との格闘を再開した。
後ろからは忍び笑いがきこえてくる。
(何がそんなにおかしいのよ…っ!)
むかむかしながら作業を続ける。
でもどこかこんな状況を楽しんでいる自分がいることにも気づいていた。
怒っているはずなのに、楽しい。
いつのまにかシゲンは笑うのを止めていた。
何故だかわからないけれど、じっとこちらを見ている。
「…なに?」
しばらく無視してやろう、とか思っていたのについ振り返ってたずねてしまう。
「お前、島に残るか?」
何を言い出すんだろう。
ジュリアは耳を疑った。
自分が剣士として生きていくと決意したのはつい先刻のこと。
彼だってそれを知っているはずだった。
なのに今更そんなことを言うなんて。
「いくら兄さんでも怒るわよ」
声が怒気をはらむのはどうしようもなかった。
切りかけの野菜も何も放り出して義兄の方へ向き直る。
燃えるような目で睨んでくるジュリアにシゲンは困った顔をした。
「すまねえ…悪かった、忘れろ」
「…まあ、兄さんだから許してあげないこともないけど…いきなりどうしたのよ?」
返事はない。
眉間に微かな皺。
めずらしく言葉に詰まっているようだった。
「シゲン?」
名前を呼んで催促すると、彼はようやく口を開いた。
「お前があんまり嬉しそうだったからな…そういう服のほうが似合ってる気もしたしよ」
「…あたし、そんなに嬉しそうだった?」
「ああ、見てておもしろいくらいな。怒ってたときだって楽しそうだったぜ?」
それであんなに笑っていたのかと納得する。
ジュリアの心中などすっかりお見通しだったようだ。
やはり敵わないなと思った。
でもシゲンは1つ肝心なことをわかっていない。
「嬉しかったのは、懐かしかったからよ」
まだ、2人の世界がこの島だけで完結していた頃。
お互いだけが全てのような子供時代。
けれど今は。
かけがいのないものが増えてしまった…シゲンにも、ジュリアにも。
あの頃に戻りたいわけじゃない。
もう戻れないとわかっているから懐かしいだけだ。
「子供の頃、いつも側にいてくれたわよね…ありがとう」
「なに今更他人行儀なこといってんだ、当たり前だろ。礼をいわれるようなことじゃねえよ」
軽く額を小突かれた。
「だって…でもやっぱり、嬉しかったんだもの」
「ふっ…お前が望むんならこれからだって側にいてやるさ」
目の前がくらくらした。
あっさりととんでもないことを言ってくれる。
大した意識もなく、こんなセリフをさらりと言えてしまうから厄介だ。
(期待しちゃうじゃないの…っ!)
側にいて欲しいと、そう思っているのは今も同じ。
けれど、それは兄としての彼ではない。
「なんなら昔みたいに一緒に寝てやってもいいぜ?」
「…シゲン!あたしだってもう子供じゃないのよっ!?」
子供の頃とは違う。一緒に、なんて眠れるわけがない。
こちらの気持ちお構いなしにも程がある。
恥ずかしいのと子ども扱いされて悔しいので顔が真っ赤になった。
心臓が早鐘を打つ、なんてものではない。
今にも破れてしまいそうだ。
料理に集中して気を紛らわそうとしたが所詮無理な相談だった。
心ここにあらずで砂糖と塩を取り違えそうになった。
…もしかしたら、間違えたかもしれない。
(シゲンのせいなんだから…っ!)
たぶん、今日の夕食はとんでもないことになるだろう。

子供じゃない、とジュリアは言う。
そんなことはとっくの昔に知っている。
だが、彼女はある事実に気づいていない。
昔と違うのはお互い様だということに。
「俺だって子供じゃないんだがな…」
シゲンの漏らした呟きはジュリアには耳には届かない。
兄妹ごっこを卒業するにはもう少し時間が必要なようだった。






こりないやつですね。
前作の評判が良かったからって何もUを書かなくても。
でもノリ的に近いものがあったし、何よりタイトル考えるのが面倒だったので(爆)
振り回されるジュリアですが、実はシゲンのほうが振り回されてるのかもしれません…。
…辛抱強いなあ、兄さん。って、私のせいか。
ちなみにこの話の間、ほかの連中は船に残ってるってことで。
だってイル島、あれだけの人数が泊まれる場所なさそうなんだもん…
ホームズがめずらしく気を遣って家族水入らずにしてあげたんです、ええ!
実はこの話にはまだ続きがあります(笑)
ただ、もしかすると裏になるかもしれません…

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