司馬光『資治通鑑』 巻180より
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初,文獻皇后既崩,宣華夫人陳氏、容華夫人察氏皆有寵。
陳氏,陳高宗之女;蔡氏,丹楊人也。
隋の文帝は妻の独孤皇后が亡くなってから、陳氏である宣華夫人と蔡氏である
容華夫人を寵愛した。宣華夫人は南朝陳の第四代皇帝である高宗の娘であり、
容華夫人は丹楊の出身である。
(独孤皇后は鮮卑系騎馬民族の家系の出で、文帝に一夫一婦を誓わせるなど
性格のきつい女性でした。その皇后が亡くなった後に文帝が寵愛した女性は、
独孤皇后とは正反対、六朝貴族文化の流れをくむ華南出身のしっとり美人の
二人。しかも一人は自らが滅ぼした南朝陳のお姫様というロマン)
上寢疾於仁壽宮,尚書左僕射楊素、兵部尚書柳述、黄門侍郎元巖皆入閣侍疾,
召皇太子入居大寶殿。
文帝が病気のため仁寿宮で寝込むと、尚書左僕射の楊素、兵部尚書の柳述、
黄門侍朗の元厳は宮中に上がり、文帝の病床に侍した。また文帝は皇太子で
ある煬帝を召して、大宝殿に待機させた。
太子慮上有不諱,須預防擬,手自為書,封出問素;素條録事状以報太子。
宮人誤送上所,上覽而大恚。
煬帝は文帝が亡くなった後あらかじめ備えておくべきことについて思い巡らせ、
自分で手紙を書いて、楊素に宛てて聞いた。楊素はその返事を箇条書きに
したためて答えた。だが、宮廷に仕える女官が誤ってそれを文帝のところに送り、
何が書いてあったのか、文帝はその中身を見て激怒した。
陳夫人平旦出更衣,為太子所逼,拒之,得免,歸於上所;上怪其神色有異,問其故。
夜明けごろ、宣華夫人は便所に行き、煬帝に襲われそうになった。宣華夫人は
煬帝を拒んで危ういところをまぬがれて、文帝の寝所に帰った。
文帝は宣華夫人の様子が尋常でないのを不思議に思って、その理由を聞いた。
(親父が死んだら親父の女は俺のものな騎馬民族の血から、くたばりかけた
親父のすぐ横で、女を襲う鬼畜煬帝。一方、義理ではあっても親子は親子、
母子相姦を回避すべく必死に抵抗する儒教な宣華夫人)
夫人●然曰:「太子無禮!」 (●=ゲン。さんずいに玄)
宣華夫人は涙をはらはらとこぼし、「太子が無礼なことをしました!」と訴えた。
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.| :メヽ.', `ozZ} izN。ハ::{ >太子無礼!
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上恚,抵床曰:「畜生何足付大事!獨孤誤我!」
文帝は怒り、寝床を叩いて「畜生! どうしてあいつに大事を任せられようか。いや、
任せられない。独孤皇后が我を誤らせたのだ!」と叫んだ。
(煬帝は次男で立太子出来たのは、長男が独孤皇后によって廃嫡されたため)
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乃呼柳述、元巖曰:「召我兒!」述等將呼太子,上曰:「勇也。」
述、巖出閣為敕書。
そして、文帝は柳述と元厳に「我が子を呼べ」と言いつけた。柳述らが煬帝を
呼ぼうとすると、文帝は「勇を呼ぶのだ」と命じた。(勇は廃嫡された長男の名)
柳述と元厳は寝所を去って、そのための勅書を作成した。
楊素聞之,以白太子,矯詔執述、巖,系大理獄;
追東宮兵士帖上台宿衛,門禁出入,並取宇文述、郭衍節度;
令右庶子張衡入寢殿侍疾,盡遣後宮出就別室;俄而上崩。
故中外頗有異論。
楊素はこれを聞いて煬帝に報告し、勅書と偽って柳述と元厳を捕らえさせ、監獄に
繋いだ。太子の兵士使い文帝の寝所を囲ませて出入りを禁止し、宇文述と郭衍に
指図させ、右庶子の張衡を宮殿に入らせて、文帝の病床に侍らせ、後宮の女たちを
別室に追い払った。そうしてまもなく文帝は崩御したのだった。
だから張衡は文帝を弑逆したのではないかと思われる。
陳夫人與後宮聞變,相顧戰慄失色。●後,太子遣使者繼小金合, (●=ホ。日へんに甫)
帖紙於際,親署封字,以賜夫人。夫人見之,惶懼,以為鴆毒,不敢發。
宣華夫人と後宮の女たちは変事を聞き、お互いの顔を見合って戦慄し、顔色を失った。
日暮れごろ、煬帝は使者を使わし、黄金製のふたのある小さな入れ物で、合わせ目に
煬帝自身が自ら書いた「封」の字のある紙を貼ったものを、宣華夫人に賜った。
宣華夫人はこれを見て、おそれおののき、自殺用の鴆毒(鴆の羽根を酒に浸して
出来る毒)だと思い、開けられなかった。
使者促之,乃發,合中有同心結數枚,宮人鹹。,相謂曰:「得免死矣!」
陳氏恚而卻坐,不肯致謝;諸宮人共逼之,乃拜使者。
使者が宣華夫人を促して、やっとこれを開けると、中にはラブレターが数枚入って
いたので、仕える女官たちは喜んで、「これは死を免れたのだ!」と言い合った。
宣華夫人は怒って引き下がって座り、感謝の気持ちを示さなかったので、女官たちが
こぞって宣華夫人に迫り、使者に頭を下げさせた。
其夜,太子蒸焉。
その夜、煬帝は宣華夫人とした。
(『資治通鑑』はその名の通り、政治のための資料的教科書的な第一級の史料で、
中身は皇帝がどうしたとか事件が起こったとか、そういう真面目な歴史書です。
なので「太子蒸焉」には、国語辞典をめくっていて「性交」や「おっぱい」みたいな
語句を見つけてしまった時のような、そんな輝きがあるのでした)
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