ぬくもりが降る。
 額に、頬に…唇に。
 うとうととまどろむ意識の向こうで感じたよく知るそれに、フェイは嬉しそうな笑みを浮かべた。
 それに気付いたのか、ぬくもりの持ち主が纏う空気もやわらかいものになる。けれどその甘い雰囲気とは裏腹に、口づけは深く激しくなっていく。
「ん…ぁ…んっ」
 眠気に未だ支配されている身体でははっきりとした反応は返せない。それでも拒みたくなくて懸命に舌を伸ばせば、舌先に甘く歯を立てられた。微かな痛みは熱を生み、目覚めきらない身体を熱くさせる。
「んんっ…は、ぁ…っ」
 心地よいまどろみと激しい求めにそのまま身を委ねてしまいそうになったけれど、すっと胸元を辿っていった指のやけにはっきりとした感触にハッと目を見開いた。
「ようやくお目覚めですか、フェイ」
 そこには予想した通りの人物の、予想した通りの笑顔。やさしげな、それでいて少し意地悪そうな笑みを間近に見たフェイは、状況も忘れてふわりと微笑んだ。
「…おかえり、先生」
「えぇ、ただいま、フェイ。…それにしても、こんな所で寝ていたら風邪を引きますよ」
 しかもこんな格好で、と言われて自分の身体を見下ろした途端、眠気が一気に吹き飛んでしまった。
 ソファに寝そべっているフェイは上半身裸だった。髪を結っている紐も床に落ち、黒く艶やかな髪が広がっている。
「な…っ、え…!?」
 慌てて身体を起こそうとしたけれど、だらしなく開いた脚の間にいるシタンに押さえられ、身動きがとれない。シタンもソファの上にのし上がり、フェイの顔の両脇に手をついて妖艶な笑みを浮かべた。
「言っておきますが、私が脱がせたわけではありませんよ。私がここへ戻ってきたときにはすでに貴方はこの格好で寝ていたんです」
 そう言われて記憶を辿ってみる。
 今日は囚人用宿舎の医務室の様子を見てくると言って出て行ったシタンを見送ったあとは、ずっとこのキングの部屋で過ごしていた。ハマーも情報収集のために街を駆け巡っているし、キングとなってからは皆一様にフェイを恐れ敬って近付いてこなくなったため話し相手もいなかった。
 することもなく、シャワーで汗を流した後はこの大きなソファで横になって雑誌を読んでいた。バトリングの専門的知識から必勝法まで網羅したそれを読んでいるうちに睡魔に襲われて――その後の記憶は今に直接つながっている。
「…だってこのソファ、Aランクのベッドより寝心地がいいんだ」
「なるほど、流石はキングの部屋といったところですか。調度品も一流のものを置いているのでしょう」
「それにすることもなかったし…先生の帰りをここで待ってたらいつの間にか寝ちゃった…のかな」
「…私を待っていてくれたんですか?」
 素直にこくんと頷けば、シタンの笑みが深くなった。
「それはそれは…ありがとうございます。でも、貴方も不用心ですね」
「…え?」
「こんなに悩ましい格好で寝ていたら、誰かに襲われても文句は言えませんよ」
 襲おうとするほどの殺気になら寝ていても気付けるはずだと反論しようとしたけれど、シタンの指がつっと首筋から胸元へと滑っていく感触に身体を震わせ声を掠れさせてしまう。
「ぁ……っ」
「キングの寝首をかこうとする人ももちろんいるとは思いますが…この場合の私が言いたいことは…分かりますね?」
 探り当てられた胸元の突起をきゅっと摘みあげられた途端、びくりと身体が跳ね上がる。先程のキスでつけられた快楽の熾火が燃え上り、身体のそこかしこを焦がしていくようだ。
 すっと身体を倒して首筋をきつく吸い、紅い痕を残していくシタンの胸をフェイは懸命に押し返そうとした。
「そんなこと…考えるのは…っ、せんせ…だけ、だっ…って!」
 力いっぱい押しているのにびくともしないシタンの後頭部を睨み付けると、彼は顔を上げて苦く笑った。
「そうとは限りませんよ。貴方も自分の魅力をちゃんと自覚した方がいいんじゃないですか」
「魅力って…そんなの…っ」
「もう、黙って」
 なおも言い募ろうとする唇をシタンのそれで塞がれる。
 絡んだ唾液が銀の糸を引くくらいに深く激しい口づけに意識がとけていく。
「…ぁ、は…っ、せ、せんせ…、や…だ…」
「何がです?」
「ここじゃ…や…っ」
 下から誰かが上がってくれば、ソファで絡み合っている自分たちはすぐに見つかってしまう。せめて隣の部屋のベッドにと思ったのだが、その願いは聞き流されてしまった。
「もう待てませんよ。すぐにでも貴方が欲しい。なにせ…」

 ここにいるのは、実際に貴方の悩ましい姿に欲情したひとりの男ですから。

 その囁きはフェイ自身の嬌声に掻き消され、彼の耳に届くことはなかった。


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