「………っ!」
 頭にかかっていた霧が晴れ、ハッと我に返ったが、一瞬状況が把握出来ずに呆然としてしまう。それでも朧げに残る記憶と特有のだるさ、そして目の前で気を失っているザックスを見て、自分が何をしていたのかを知った。
「俺…は…っ!」
 あの路地裏でセフィロスに感じた嫉妬をジェノバ細胞によって増幅されたからといって、自分がしたことは許されることではない。
 気を失った彼に残る涙の跡が痛々しい。思わずそれを拭おうと手を伸ばして―― 自分にはその資格はないと頬に触れる寸前で手を引っ込めようとした。
 しかし。
 突然その腕を掴まれ、無理矢理引き寄せられて彼の頬に触るしかなくなってしまった。
「ザックス…?」
 見れば、先程まで瞑られていた目が開かれ、真っ直ぐな光を宿した蒼穹色の瞳がこちらへ向けられていた。
「…俺に触る資格がないとか何とか考えてたんだろ?」
「………」
 図星を突かれて返す言葉に困っていると、目の前の優しい顔が苦笑を浮かべた。
「何で…あんなことした癖に今更俺に触るのを躊躇うんだよ」
「………」
「…あ、わりぃ。今のなし。…さっきのアンジールがいつものアンタじゃないって分かってて聞いたから。アンタが答えられなくても仕方ないよな」
「え?」
「前に『頭に霧がかかったようになる』って言ってたから。その状態だったんだろ?」
「……だからといって、許されるわけではない」
「でも…でもさ、アンタの意思でやったわけじゃないんだろ?」
 ジェノバ細胞で増幅されたとはいえ、嫉妬もザックスへの征服欲も全て己の中にあったものだ。自分の意思ではない、と言い切ることは出来ない。
「………」
 黙り込んでしまうと、今度はムッとしたような顔になった。
「ったく! そうやって何でも自分で抱え込んじゃうのがアンタの悪い癖だよな! 少しは分けてくれればいいのにって…思うのに。そりゃ、1stになりたての俺じゃ役には立たないかもしれないけど…」
 腕を握ったままのザックスの手に力がこもる。まるで引き止めるかのように、…縋り付くかのように。
「でもさ、さっきみたいになって…そのことで傷付いて後悔してるアンタは…俺、もう見たくない」
 傷つけられた側だというのに、一生懸命言葉を探して傷つけた側を癒そうとしてくれる。そんな彼だからこそ、尚更自分のしたことを許せなくなるというのに。
 それでも――
「…すまなかった、ザックス」
 そう言葉にして抱きしめれば。
「…大丈夫。俺はちゃんと許すから。だからアンタも…自分をあんまり責めんなよ」
 赦しの言葉と共に腕が背中に回る。
「…あ、そうだ。今更だけどさ、その体中の傷、ちゃんと手当しろよな」
「あぁ…」
 暖かなそれはまるで泣く子をあやすかのように優しく、背中を撫でてくれていた。
 ―――ずっと。


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